三十話 似合わないことはするもんじゃない

 チャラ男は彩藤さいとうさんたちに任せ、俺はヤツのお姉さんと二人で街中のカフェに来て彼女と色々話をしていた。

 といってもとにかく彼女を楽しませることに専念してるけどね。


 ちなみにどうして彼女があの場所に来ていたのかと言うと、あのクソ野郎の事を彩藤さんらに探してもらっていた時、彩藤さんからヤツの家庭事情を聞いたのである。

 そこで思ったのだ…奴の弱点ってもしかして…と…。まぁそりゃ狙うよね。

 それならお姉さんを堕として、それをヤツが知ったらどうなるか…そう思ったのだ。

 まぁさっきのでヤツはだいぶ精神にキてたっぽいけどね、追い討ちはまだまだこれからだ。


 とはいえ、彼女は普通に良い人なのだがたらし込むのは好きじゃないんだよなぁ…。

 でもお姉さんは今のバイト先でもやっていけるように自信を持たせたい。

 加えて大学でも頑張って欲しいし、何より俺に少しでも好意を持って欲しいんだよね。

 そうすれば事実はどうあれ奴を勘違いさせられるだろ?バカだし。



「今日はありがとうございました…晴政さんに色々と良くしてもらって…」


「俺がやりたかったんで、気にしないで下さいって」


 今は彼女の家の前だ。

 先程家まで送ってきたのだが、もうちょっとしたらヤツが帰ってくるように彩藤さん達にも示し合わせているので、少しだけ時間稼ぎだ。


「…私、もうちょっと頑張ってみます。でももし、もし辛かったら頼ってもいいですか…?」


 彼女はおそるおそる聞いてくるが、もちろん答えなど決まっている。


「もちろん良いですよ、俺でよければいくらでも相談なり愚痴なり聞きますし、気軽に連絡してください」


 彼女の頭をそっと撫でながら言うと、彼女は顔を赤くして俯いた。

 そんな彼女を抱き締める。


「ひゃっ!あぁっ、晴政さん…」


 何も言わずにいると彼女はゆっくり腕を背中に回してきた。……もうそろそろだな。



 向こうからあのクソチャラ男がやってくるのが見える。

 俺たちの様子を見てショックを受けていることが見て取れる。


「…すいません、いきなり困りますよね」


「いっいえ!その…嬉しかったですから…」


 そう言って離れるとお姉さんは満更でもなさそうで顔を赤くして呟いた。

 ちょっと待って可愛すぎなんだけどこっちが堕ちてしまう。いかんいかん…。


「それじゃ、また会いましょ」


「はいっ!ありがとうございました!」


 そう言って頭を下げる彼女に背を向け、チャラ男がいる方向とは逆向きに歩き出す。

 彼女が小さく手を振っているので、俺も振り返しながら帰路に着いた。

 呆然と立ち尽くすことしか出来ないヤツを思い出し、口角が上がるのを抑えることが出来なかった。



「ただいま」


「おかえり晴政…って大丈夫?顔色が悪いわよ?」


「ん?あぁ大丈夫だよ」


 おそらく慣れないことをしたからだろう。

 俺はヤツを苦しめる為にお姉さんと仲良くなろうとしている。…まるでお姉さんの心を弄んでるような気持ちになるな…。


 好意を向けさせたからには、そのことの責任を取らなきゃならない。

 ちゃんとあの人の気持ちに向き合わないとな…。


 そんなことを考えていた俺は、てしまっていた。


 あっ!風呂は入っときたかったなぁ…。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 あぁ…なんてこった、姉ちゃんが…姉ちゃんが栄渡の野郎に…惚れちまってる…。


「ね…姉ちゃん…」


「ん?なぁに?」


 頬を朱に染め、妙に嬉しそうな姉ちゃんを見る度に胸が締め付けられる。

 …他のやつならまだ気にならなかったのかもしれない。

だけど相手は…アイツなんだ、嫌すぎる。


「あっアイツに酷いことされなかったか?」


「うぅん全然!すっごく良い人だったよ!あんたも晴政さんに許してもらえたんだから、ちゃんと感謝しなきゃいけないよ?」


 おそるおそる聞いてみると、姉ちゃんは凄く嬉しそうに答えた。


 なんだよ…昨日まであんなにおどおどしてた癖して…。

 栄渡に何されたのかは知らないが、姉ちゃんは人が変わったように明るくなってしまった。

 姉ちゃんは美人だから、変な男に引っかからないように俺がしっかりしないといけないと思って今までやってきた、それがこんな有様だ。


「俺…もう寝るよ…」


「そうなの?早いね、おやすみ!」


 すこぶる機嫌が良い姉ちゃんを見ているのが辛くなって、俺は自分の部屋に逃げ込んだ。


 これ以上起きていたら気が狂いそうになるからと思い、俺は布団に入って目を閉じた。


 あまりの苦しさに、眠りについたのは空が白んできてからのことだった…。

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