二十九話 クズにだってなってやる

「それで、私はどうすれば良いですか…?」


 いつぞやか俺に因縁をつけてきた挙句、この間もクソ親父と結託して俺を襲ってきたクソ野郎…その姉が、おそるおそる問いかけてくる。


「別にどうってのも無いですけどね、ただこう言っちゃあれですが、お姉さんが苦労してるのに弟があれじゃあ大変だな…と思いまして」


「えっと…うぅ…」


 俺の言葉に彼女はばつの悪そうにしているが、別に彼女を責めようってんじゃない。


「お姉さんも苦労してるでしょ?バイトも大学も上手くいってないとのことですし…」


「それは、そうですね…」


「だからコイツにも、もっと危機感を持って欲しいんですよ。状況を知って欲しいというか、ちゃんと言い聞かせてもらいたいと言いますか」


「うぅ…はい…」


 これは困ったな、完全に萎縮してしまっている。そりゃそーか。


「…あーっと、だから…なにかあったら相談乗りますし愚痴とかも聞きますよ。なんなら今聞きましょうか?」


「「え…」」


 姉弟でハモんな。俺は今、お姉さんの方に話してるんだっての。


「まぁここではあれですし、その辺りでちょっと…」


「え、でも…」


「まぁまぁいいからいいから」


 俺はそう言って彼女の手を引き、二人きりで話せる所に移動する。


 ちなみにヤツは皆で目を光らせているのでロクに声すら発せない。というか声出せばしばかれるのがわかってるだろうしな。

 手を伸ばすことしか出来ないヤツを無視して俺は彼女と二人きりでお喋りだ。



 しばらく俺たち適当な所で座り、俺は彼女の悩みやら愚痴やらを引き出して、十数分と経つ頃にはすっかり警戒も解けていた。いやチョロっ!


「だいぶスッキリしました?」


「はいっ!なんかごめんなさい、愚痴ばかりで…」


 そういった一言が出てくるということは、彼女も色々と悩んでいるのだろう。

 話を聞いていても人間関係の感覚が掴めず苦労しているそうだし、もう少し自信を持たせれば上手くいくだろう。

 それにもっと雑でもいいんだよ、この人は細かいところまで気にしすぎだ…まぁ親御さんが亡くなったというのも大きいのだろう。


「俺で良ければいくらでも聞きますよ…さて、そろそろ行きますか?」


「あっ…そうですね」


 そう言って俺は立ち上がり、彼女に手を差し出す。


「えっ…あ、ありがとうございます!」


 彼女はその手をそっと握り立ち上がる…が俺はその手を離さない。それに彼女は困惑している。


「えっと…このままでも良いですか?もちろん嫌なら断ってもらっても良いですけど…」


「いえっ!私も…このままが良いです…」


 意外と満更でもなさそうで、彼女は顔を赤くしてそう答えた。


 その状態でみんなの前に行くと、皆笑っていた。

 ヤツはというと思い切り目を剥いてギリリと歯を食いしばっていた。マジ草生える。


「おいおい、随分と仲良くなってんじゃん」


「うっせ、からかうなよツヨシ」


「まぁマサくんは優しいからなぁ…そうなるのも分かるっすよ」


 皆してニヤニヤしやがって…全くもう。

 お姉さんは照れてるし、調子狂うっての。


「ねっ、姉ちゃん…」


 狼狽するチャラ男を置いといて、俺たちは話を進める。


「なぁツヨシ、この人色々大変だみたいだし、なんかあったら俺らでサポートしてやろうよ」


「え?まぁマサの頼みなら良いけどよ…」


 彼らにも協力してもらって、お姉さんを抱き込もう。仲良くなったところをバカに見せ付けてやればいい。


「えぇ…そんなに迷惑をかけるわけには…」


「まぁまぁ、これも何かの縁ですし仲良くしていきましょう」


 俺はそう言って彼女の手の握る力を少しだけ強める。ギュッとね。


「あっ…」


 すると彼女は俺の目を見て、顔を赤くし固まった。少し目が据わっているような…。


「よろしくお願いします…」


 さっきまで緊張していた彼女は落ち着いたように俺に告げた。なんか雰囲気が…。


「あぁ…姉ちゃん…」


 あれ?チャラ男はあっさりやられたっぽい。

 涙ボロボロだわ。けどこれで終わりと思ってもらっちゃ困る。じっくりじわじわと心を追い詰めていくからな。


「まぁ取り敢えずそんなとこか…まぁお姉さんも困るだろうし、あんまソイツを虐めないでやってくれよ」


 クソチャラ男を多少なりとも庇うことでお姉さんに恩を売っておこうと思う。


「私の弟が本当に酷いことをしました…それなのに私にここまで優しくしてくれて…ありがとうございます!それと、本当にごめんなさい!」


 お姉さんは精一杯の謝罪をしている。

 そもそも彼女からここまで謝られる筋合いなどないのだ、気にしないで欲しい。

 とはいえやはり身内が起こした失礼だから、他人事ではないのだろうな。


「そんな謝らないでくださいよ、こっちが困っちゃいますし…あっ、それじゃあこの後食事というか、カフェでも行きませんか?」


 取り敢えずお姉さんとは仲良くなっておきたいので、ここで友好関係を深めよう!


「えっ…でも…」


「せっかくの縁ですし、もしお姉さんが嫌じゃなければですけど…どうですか?」


 完全にナンパである。

 ちなみに俺はナンパなどしたことが無い!つまり初ナンパだが…それがコレってなんか異質じゃね?


「でも私、お金ないですしその…申し訳ないので…」


「なんだ、そんな事なら良いですよ。それくらい払わせてください、お願いします」


「わっ、分かりました…」


 あっ、この子押せばイケるタイプだわ。

 ここまで来たら俺は彼女と良い関係になってチャラ男の脳を破壊してやる。

 その為にならクズにだってなってやるよ!



 …でもお姉さんは大事にしますよ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る