二十六話 目が覚めない彼

 ハル君が発見されて三日が経過した。

 発見された時、ハル君の姿は酷い事になっていてあまりのことに泣き崩れてしまった。

 全身に大怪我を負っており体調も極めて悪い。

 衛生状況も劣悪だったようで酷い汚れようだった。


 観納みのうさんが彼の姿を見た時、私のせいだと言って激昂していた。実際その通りだと思う。



 ハル君が私にバイトを紹介してくれたことで頑張ろうと思えることを見つけた。

 彼の顔に泥を塗らないように仕事を頑張って、彼の役に立って…。

 あれだけの事をしてまだ諦めのつかない自分に嫌悪感を感じるくらいには、ほんの少しだけでも視野が広くなったと思う。


 ハル君には沢山の恩があって、まだ償いすらできていない。

 私が行った悪事が今になって牙を剥くなんて、そんなこと夢にも思っていなかった。


 彼の手をぎゅっと握りしめると、少しだけ低い体温が彼の容態を示していた。

 医者は峠を越えたと言っていたけど、まだ目を覚まさないハル君に、私は何ができたのかと…何ができるのかと涙を零し、彼の目覚めを待ち続けた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 学校が終わり、私は今日も晴政はるまさのお見舞いに来た。といっても未だ目覚めないけど。


 あの女と晴政のクソ親父が彼を陥れた挙句傷だらけにした事、そのことでアイツらに報復が終わったというのに、まさかあのクソ親父があんな極まったことをするなんて…。


 彩藤さんは遅くなったことを謝っていたけど、悪いのは彼ではなくクソ親父と裏木だ、むしろ晴政の傍でずっと支えてくれたことに感謝どころか、何もできない私は申し訳なくなるほどだ。



 もし…もし私がもっと早く晴政に正直になれていたら、こんな事にもあんな事にもならなかったと思うとやるせない気持ちになる。


 ある日、私は友達に晴政との関係を聞かれた時に教室で、しかも晴政がいると言うのに大きな声で彼とは何の関係も無いと嘘をついてしまった。

 馬鹿な私はウジウジとしてるうちに裏木と晴政が付き合ってしまい、枯れるほど涙を流したことを覚えてる。

 ひとしきり泣いた私の胸中に出てきた気持ちは、せめて彼の幸せを願うこと。

 恋は行動を起こして始まるものなのに、それをしなかった私に付き合う権利なんて無いから、せめて行動を起こした二人を陰ながら祝福する事だけが私のできる事だと自身に言い聞かせて諦めた。


 それなのに裏木は私の気持ちだけでなく、あまつさえ晴政の好意までも踏み躙った。

 だから私は信頼できる友人に晴政の言い分を話して、協力してもらった。まぁ彩藤さんたちの手際には敵わなかったけどね。


 結果として最低な裏木は自爆して、クソ親父は自分で尻尾を出した。

 晴政の反撃が終わって、今度は間違えないと精一杯のアプローチを始めた。きっと振り向いて貰えるようにって…それなのに…。


 病室に入ると裏木が晴政の手を握り締めていた。

 今更晴政を想っているだなんて姿を晒すコイツにふつふつと怒りが湧いてくる。


 こんな奴に手を差し伸べるなんて…晴政も甘い人。だけどそんな優しい晴政も好きで…どうしてこんなに優しい人が傷付かなければいけないのかと悲しくなる。


「相変わらずね、裏木」


 その憎たらしい背中に話しかけると、裏木は肩を震わせ、顔だけこちらを向けた。


「観納さん…私は…」


「なにも言わないで、アンタの言い訳とか聞きたくないから。どいて」


 私は彼女の言葉を遮り、晴政の傍に立つ。

 そっと彼の頬に手を添えると、伝わってくるのは顔を覆うガーゼの感触。

 愛する晴政に私ができる事は無く、本当に私が彼を好きになる権利はあるのかと涙が溢れる。


 もし彼が目覚めるのなら、この命だって惜しくない程に、私は気づけば晴政を心の底から愛していた。


 一体いつまで、晴政の目覚めを待てばいいのだろう…。

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