クラスの陽キャ美少女に二次創作夢小説を書くようお願いされています
しぎ
一 わたしをいちゃいちゃ要員にしてください
名前負けと陽キャと夢小説
『はじめまして。突然で申し訳ないのですが、わたしとリュウとのいちゃいちゃ短編を書いていただけないでしょうか』
スマホ画面に映し出されたその文面を見た途端、俺は冗談じゃなく麦茶を吹き出した。
「うわっ、きたねえ」
「何だよお前、さては母親似のスケベイラストでも見つけたか?」
「ちげえよ。誰が昼休み中の教室でそんなもの見るんだ」
軽口を叩くクラスメイトに適当な返事をして、俺は軽く深呼吸。
もう一度麦茶を飲む。
そして手元のスマホに浮かび上がっている文字列を凝視する。
うん、間違いない。
俺は今、自分の小説の読者から、二次創作夢小説を書いてほしいとせがまれている。
「じゃあなんなんだよ。あっ、母親じゃなくて先輩とか?」
「あるな、としたら天文部の部長か。あの美人はスケベ映えするぞ」
「だからそんなんじゃねえって。大事なメールだから、ちょっとちゃんと返事してくる」
これ以上ちゃちゃを入れられたくない俺は、逃げるように教室を飛び出す。
中庭に面した廊下の窓から上半身を乗り出して、昼練する吹奏楽部の音色をBGM代わりに、メッセージの続きを読んでいく。
「まじかー……」
読み終えて思わず出た声が、初夏の青空に消えていった。
受験勉強の息抜きに、と始めたWeb小説にのめり込んで1年。こんなメッセージを受け取ることになるなんて。
『ありがとうございます。お気持ちはとても嬉しいのですが、自分の方も色々事情がありますので、少し返事を考えさせていただけますか』
これはちゃんと考えよう、そう思ってとりあえずこう返信した。
送信ボタンを押すと、1年B組――俺のクラスの教室の中から聞き覚えのある受信通知音がしたように聞こえた。
***
俺――
午後は体育、バスケだ。体育館を半分に区切って男女分かれるスタイル。
運動音痴の俺にとっては、いつも一刻も早く終わってほしい時間だが、今日はそれに輪をかけて心が落ち着かない。
ありがたいことに、小説に対してレビューコメントを頂いたことはそれなりにある。
メッセージでがっつりとした感想を頂いたこともある。
ファンアートを頂いたときは、嬉しくて小躍りしそうになるのを必死に抑えて授業を聞いていたっけ。
でも、二次創作を書いてほしいと言われるのは初めてだ。
しかもいわゆる夢小説というやつである。
確か夢小説って、俺が小学校に入るぐらいの頃にはもうすっかり見かけなくなった、一昔前の流行り物じゃなかったか?
というか夢小説って元ネタを書いてる作者本人に要求するものなの?
聞いたこともねえ。
――いや、待てよ。
1日で何十万、何百万PVが当たり前につくような、新作が即ランキング1桁に載るような、そんな神レベルの作家たちにとっては、これも当たり前のことなのだろうか?
そういう人たちの元には、書籍化の打診とかだけじゃなく、夢小説を書いてほしいみたいなお願いも毎日数え切れないほど来ているのだろうか?
ちなみに俺の今までの最高は1日500PVぐらい。それも外れ値的な伸び方で、200PVぐらい行けばかなり良い方だ。そんな俺に、つよつよ作家の常識がわかるはずもない。
ではそのつよつよ作家たちは、こんなお願いが来たらどうするんだ……?
「
しまった、思考で頭がいっぱいだった。
気付いた瞬間にはこちらに向かって飛んできたバスケットボールを、避けたり捕ったりするほどの反射神経なんて俺には無い。
「ぐはっ」
無意識のうちにやられ役みたいな声が出て、俺は腹を襲ったボールの衝撃でその場にしゃがみ込む。
「おい、
「あっ、平気です……」
体育教師になんとか返事して俺は立ち上がり、呼吸を落ち着けながらコートの外まで出て座り込んだ。
すると、クラスメイトが近寄ってくる。
「龍みたいな身体の曲げ方してたぞ、さすがだな」
「何がさすがだよ」
全く、名前でからかうのはやめてほしいものだ。
改めて、竜というのが俺の下の名前である。何を思って両親がこの名前をつけたかは知らんが、高校1年の6月現在、少なくとも竜のようには育っていない。やせてるし、体力もない。スポーツテストの成績も下から数えたほうがかなり早い。
自分がそんなんだから、めちゃくちゃ強い転生チート主人公にリュウなんて名前をつけてるのだ。弱い自分に対する憂さ晴らしの意味も込めて。
「まあ、名は体を表すって言うし?」
「あれは絶対に嘘だろ。俺なんかより、
俺たちの視線の向こうでは、一人の女子がそれはもう見事なフォームのジャンプシュートを決めている。
今も、コートの中央から1人でドリブルしていって、相手チームのディフェンスをあっという間に抜き去る素早い動きを見せ、しなやかな腕のスナップを利かせてボールをリングに放り込んだ。
素人目にもわかる、無駄のない動き。わずかに揺れるポニーテール。
「あれでバスケ部じゃないってんだからやべえよな」
「まあ、助っ人頼まれてるらしいけど。この前はバレー部にも呼ばれてたってのも聞いたな」
菊川さんは帰宅部だが、その能力を買われて運動部から引っ張りだこである。
運動部なんて1ミリも入る気がわかなかった俺とは大違いだ。
「もう、舞由にはかなわないよ」
「ねえ、今度のバドミントン部の試合も助っ人お願いして良い?」
「あー来週はごめん、空手の大会なの」
タオルで汗を拭きながらにっこりと微笑む菊川さん。
顔もいいし、活発で喋り好き。
まさしく陽キャ。オタク気質な俺の、正反対に位置する人間だ。
「まじで、俺が『竜』なんて名前なの恥ずかしいもん。菊川さんとか見てると」
「まあ確かに、竜って名前だけ聞いたら絶対何かしら強いやつ出てくるよな……」
「わかる。少なくとも体育は苦手科目じゃない」
いや、わかってるけどそれを人から言われるのは気分よろしくない。
体育苦手だけど。
***
「さて、と……」
帰宅して、俺はスマホにメッセージが来てるか確認する。
――ああ、やっぱり来てた。
あんな二次創作夢小説の依頼文なんて書いてきた(ハンドルネーム)まいひなさんから、さっそく返信が来ている。
俺はその返信を開く前に、今日のお昼に来たあの長文メッセージを思い返す。
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