魔の3日目とは


 365日、どんな仕事になろうと、どんな場所であろうと、指示されれば赴くまで。

 国際的な諜報機関にいる以上、それは覚悟の上だ。


 しかし、イテツとタロウにはどうしても避けたい日がある。

 魔の3日目、と彼らが呼ぶ10月3日。何が何でもこの日だけはダメだ、全てが最悪の結果になる。

 しかし仕事はそんな事情を考慮してくれない。




「……なるほど、了解した」

 イテツは短く答え、通話を終わらせる。日本支部として活動する仲間、アヤメからの電話だった。彼女をリーダーとし、その両脇をイテツとタロウが固めるのが現在の構成である。

 そのアヤメから、緊急で指定場所に向かってほしいという指示が出される。そして人質になっているタロウを救い出してくれ、というものだった。彼がテロリスト相手に人質解放の交渉に行ったのは知っていたが、何故かその当人が今度は人質になったようだ。これまでとは異なり、相手からの明確な要求が無いことを考慮すると、タロウから情報を聞き出して始末する線が濃厚になる。

 一刻も早くタロウの元に辿り着かねばならない。まずは彼の無事を確認することが最優先だ。その状況次第であとの算段を考えよう、とイテツは思う。


(……あぁ、無事でいてくれ)


 何度も危険な目に遭ってもなんとか切り抜けてきたが、今日は嫌な予感しかししない。いつもなら冷静でいられても、心臓が早鐘を鳴らすがごとく脈打っている。


(……今日は魔の3日目だ、きっといつも以上に困難な状況に陥ってると思わなくては……)


 イテツはアヤメの指示した場所へと急ぐ。拘束されていた人質たちは既に解放されていることはわかっている。テロリストたちの拠点とされている廃墟に慎重に侵入した。事前の情報で人質が拘束されている部屋についてもわかっている。恐らくタロウもその部屋に違いない。

 コンクリート造りの廃墟を進むと、窓部分に鉄格子がはめられた異質の部屋が現れる。そっと覗くと案の定、椅子に拘束されているタロウがいた。俯いたまま、動く様子はない。そして見張りか尋問か、2人がタロウの前にいる。1人は椅子に座り、もう1人はその少し後ろに立っていた。

(……まずはあの2人を外に出すか……)

 イテツはその部屋から離れると建物の裏に向かう。持ち込んだ簡易的な時限爆弾を等間隔に設置し、連鎖的に爆破するよう設定してから再びタロウの拘束されている部屋まで戻った。その向かいの部屋に隠れ、騒ぎが起きるのを身を潜めて待つ。

 爆発音が響き、にわかに建物内が騒がしくなる。部屋の扉は開いたが、彼の狙いの通りにはならず、顔を出した1人が周囲を見渡しただけでそれは再び閉まってしまった。

 イテツはため息をつき、強行手段に出る。堂々とその部屋の前に立ち、ドアをノックする。ドアは迷いなく開き、顔を出した男がイテツが誰かと認識する前に目元に衝撃を受けて仰け反った。鋭い抜手が男の涙腺を刺激し、視界を奪われたところで部屋の外に投げ飛ばされる。

 騒ぎに振り返り、立ち上がりかけたもう1人の男を制し、その首に腕を回すと絞め技をかける。絶妙な力加減で締められ、意識を手放した男をそのまま椅子に拘束しておく。

 振り返ってタロウに駆け寄ると、彼は腕に点滴の針が刺さっていた。急ぎそれを抜き、俯いたタロウの頬を叩きながら名前を呼ぶ。

「……あ、テツ……?」

「……タロさん、起きたか? 動けそう?」

「……あぁ、どうだろう……」

 会話はできるものの、動けそうな様子ではない。

「……うっ……すまねぇ……こんな、こんな醜態……」

 俯き肩を震わせ、タロウはボロボロと大粒の涙を落とす。イテツが大丈夫だ、と声をかけても聞こえていないようだ。投薬されていた点滴は自白剤の類いなのだろう、どうも情緒が定まっていない。ふらりと立ち上がったが力も入らず、立てても歩くのがやっとだ。

 イテツがアヤメに連絡を入れていると、廊下のほうが騒がしくなってくる。部屋の外ではドアを叩く音も響き始めた。イテツは援軍が来るまで籠城戦を覚悟する。

「……これ以上、最悪な事態にならないと願うよ」


 もう既に状況最悪だけど、という言葉は飲み込んだ。

 通話を終わらせ、覚悟を決める。やはり魔の3日目は最悪の事態を持ち込んできた。しかしそれを切り抜けて来られたのはお互いがいるからだ。そうでなければこんな状況では、早々に命を落としている。


「今日は、おれが盾になるよ」

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