第五話 命の価値⑤
「ふざけやがって! それでも医者か! とんだヤブだぜ!」
やがて、シビレを切らした辰三はそう言い捨てると診療所を出て行った。
「いやはや、どうなることかと思ったわ………」
お梅に支えられながら事の成り行きを見ていたお志野が、安堵の声を漏らした。
「まったくです………」
と、戸の脇に身を隠すようにしながら中の様子をうかがっていた高盛が入ってきた。
「さくらさん、あなたという人は………見ていてヒヤヒヤしましたよ………」
高盛は感心したような、また見惚れているような、それでいて肝を冷やしたような顔でさくらを眺めた。
「呉服屋さんや、あんた、見ていたのなら、さくらさんを助けてあげればよかったのに」
「そのつもりでしたが、今日はちょっと、腰の具合がよくなかったので………」
「そりゃあ、頼もしいことで」
それを聞くと、常連客たちはクスクス笑った。
「さあ、さくらさん、私のことは気にせず、みなさんを元気にしてあげてください」
多くの客に見透かされているとも知らず、高盛はいつものように快活にそう言った。
そして、その声を白髪まじりの一人の男と、その娘らしき少女が聞いていた。
どちらも質素ながら整った身なりで、その佇まいから、どこか高貴な身分の者である雰囲気を漂わせていた。
二人は高盛と同じように、戸口でここまでの一部始終を見ていたのだったが、やおら立ち去っていった。
高盛はその後ろ姿を見ながら、どこかで会ったことがあるような気がしていたが、思い出せなかった。
「心之介さま、またお加代さんをお願いできますか?」
「分かりました」
心之介がさくらからの呼びかけにそう応じて処置室から出てくると、お加代が言った。
「悪いが、少し待っていてもらえないかい? ちょっくら、近くで用事をすませてきたいので」
「いいですよ、では、お待ちしています」
心之介はそう答えて、戸口までお加代を見送った。
そして、高盛は、心之介の腰の刀と木刀を見てまた嫌な顔をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます