第10話 口論
遠くから歩いて来る集団が目に入る。
先頭にはよく知っている人がいる。明らかにこちらに向かって歩いてきていた。
「ねえ、あの子たち、こっちに来てませんか?」
「だね」
もう少しでクレープを食べ終わると言うところで会いたくない人に会ってしまった。
しかも偶然ではなく、向こうからこちらに来ている。
なぜ来るのだろう。あんなに嫌っているのに。
向かってきていることに遼太郎達も気付き、こちらを見る。
大丈夫だという意味を込めて俺は頷いた。
やがて、その集団は俺たちの目の前にやってきた。
俺は先頭にいる彼女を見る。
もう逸らさない。もう卑屈にはならない。隣に、すぐ近くに俺を認めてくれた、好きだと言ってくれた人達が居るから。
「どうしたんだ。ちひろ」
「…あなた、ここで何やってるの?」
「見たとおりだ。クレープ食べてるんだよ」
「なんでそんなことしてるの? しかもそんな女と」
そんな女? 今、こいつ浜松さんを見ながらそう言ったのか?
「関係ないだろ。俺たちの自由だ」
「は? 私が聞いてるんだから答えなさいよ」
「何でだ? 何でちひろから聞かれたら答えなきゃならない?」
「っ」
俺がそう言って、語気を強めて言うと、ちひろは黙り込む。
いつも俺は彼女に反抗したことはなかった。喧嘩になったときも最終的には俺が謝っていた。付き合っている時も、別れた後も俺とちひろの力関係は変わらなかった。でも、今はもう違う。俺は俺を下だと思わない。
「は? いいから答えなさいよ。ちひろが聞いてんでしょ?」
ちひろが黙っていると、派手な見た目をした女子生徒がちひろを庇うように前に出た。
なんだこの人は。
「そうだぞ。話しかけてやってるんだ。お前も話せよ」
そう言って男子生徒も出てきた。
話してやっている? こっちは話してくれなんて頼んでいない。むしろ話しかけてきて欲しくないくらいだ。
「話かけてきたのはそっちだろ」
「はあ?」
「お前、調子のってんのか?」
機嫌を損ねたように二人は俺に向かって言葉を吐いた。
「のってないよ。むしろ調子は落ち込んでいるね」
「は? 意味わかんない」
「やっぱ調子のってんだろ」
二人はさらに機嫌を悪くする。
その時。
「…その女。あんたの何なの?」
二人に庇われる様に後ろに居たちひろがそう言った。
「友達だよ」
「友達? あんたに友達なんて居たの? しかも女子の??」
鼻で笑う様に彼女は言った。
「なんだよ」
「いい? あんたは私より下なの。あんたは私と付き合えていたことを誇りに思って、私にすがりつくべきなの。そんな女と現を抜かすんじゃなく、私ともう一度付き合うために努力すべきなのよ」
「……何を言ってるんだお前は」
意味が分からない。振ったくせに、もう一度付き合うために努力すべき? なんでそんなことしなくちゃいけないんだ。
「…私と別れて嬉しそうに他の女といちゃついてんじゃないわよ!」
「っ!」
限界が来たのか、突如ちひろは声を荒げた。
その様子に俺も、ちひろの周りにいた二人も驚いている。ただ、浜松さんだけは静かにちひろを見ていた。
「なんなのよ! あなたは私より下でしょう!? クラスの端で喋ってるような陰キャでしょう!? なんでそんなあんたが私と別れて楽しそうにしてんのよ!」
声を荒げている。ヒステリックになってしまっている。
俺は驚いて聞くことしか出来なかった。
でも。
「うるさいわね」
浜松さんだけが、ちひろに向かって言葉を投げかけていた。
「はあ!?」
「その大声を出すのやめてくれない? ひどく不愉快だから」
「なによ! 陰キャのくせに! そんな顔のくせに私に意見してんじゃないわよ!」
声からして、浜松さんは怒っている。俺のためか、ちひろがうるさいからかは分からないが、怒っていた。
「そんなに容姿が大事?」
「はあ!?」
「そんなに他人を下に見たいのかしら」
「あんたは私より下じゃない! あんたも! こいつも!」
ちひろはそう言って俺を指さす。
「いいえ? あなたの方が下よ」
「どこがよ!」
「その幼稚な精神がよ」
「っ! はあ!?」
「まずそのヒステリックに叫ぶのをやめて。人なんだから言葉を使ってちょうだい」
「馬鹿にしてんの!?」
さらに彼女は激高する。周りの取り巻き達も今までこんなちひろは見たことがないと言った感じで驚いている。
「あなたは、聞く話によれば中学校入学当初は人見知りだったみたいじゃない」
「なんで知ってっ!! あんたね!」
彼女はこちらをにらみつける。でも、俺はそんな話を浜松さんにした覚えはない。誰から聞いたのだろうか。
「違うわ。私が自分で手に入れた情報よ」
「誰がっ!」
「そんなことはどうでも良いでしょう。あなたはとにかく人見知りで今みたいに話せるような人じゃなかった。見た目も今みたいに綺麗にしていない。そのせいで自分が下だと思うことが多かったんじゃない?」
「っ」
「その思い込みは肥大化し、自分より下を見つけることにした。そうやって一度は安心を得た。でもそれは一時的な物で、次は下の人に抜かされることへの恐怖を覚えた。だからあなたは上に行けるように努力した。人当たりも、容姿も改善し、みんなから褒め称えられるように」
「ち、ちが」
ちひろは動揺したように口を開くが、浜松さんは言葉を重ねるようにして続ける。
「そうしてあなたは、美しくなり、人当たりもよくなり、人気者になった。これが高校に入った時でしょうね。それで止まっておけば良かったのに。あなたは人を見下す様になってしまった。自分が上にたったと思ったからね。そして、自分より下の彼氏と付き合っているのが恥ずかしくなった。最悪なことに周りにいた人達もそう言う類いの人間で、誰も違うと言う人はいなかった」
「……」
「だからあなたは彼を振った。でも彼は楽しそうにしている。あなたはそれが気に入らないのよ」
「……そうよ。さっきからそう言ってるじゃない!」
「ええ。聞いているわ。その上で言うわ。やっぱりあなたは彼より下よ。上下で人を判断するならね」
「どこがよ! こんな奴のどこが私より上なのよ!」
「そういう所よ。人を自分より上か下かでしか見れない。判断できない。そういう所がいけないのよ」
浜松さんは持論を言う。俺にも言った言葉だ。人には上下はない。それは人によって判断基準が違うから。人によって違う。だからないのと一緒だと。
でも、それじゃちひろは納得しないだろう。彼女は自分が上だと思っているから。自分の判断基準を疑っていない。だから、分からせるためには彼女の判断基準の中で彼女より上に立つ必要がある。
彼女の人の上下を判断する基準。それは。
「容姿があなたの判断基準なら、私はあなたより上よ」
「は、はあ? あんたのどこがよっ!」
浜松さんはおもむろに眼鏡を外す。
そして前髪をおもむろに掻き上げた。
そこには、休日見たときと同じ美女が居た。
「なっ」
「え、めちゃかわ」
「まじかよ…」
目の前の3人は驚きで固まってしまう。
「どうかしら。あなたの判断基準にたったわよ。これでも下かしら?」
自信満々に浜松さんはそう言った。彼女は彼女の判断基準で生きている。だからぶれない。自信が満ちあふれている。誰に何と言われようと、彼女には響かないのだ。
「っ」
「私は自分の容姿が優れていることを知っている。でもそれと同時に容姿が全てじゃないことも知ってる。人には性格がある。悪い人もいればいい人もいる。そして私の判断基準は性格。普段は上下なんて考えないけどあえて上下をつけるなら、他人を見下して悦に浸って、気に入らないことがあれば喚く。そんな性格のあなたより、小野寺君の方が上よ」
「っ……」
ちひろは黙り込んでしまう。
今までは容姿が上だから何を言っても響かなかった。何を言われても自分が上だと信じていた。でも、浜松さんが素顔を明かしたことでそれが壊れてしまったのだ。浜松さんは正直、芸能人顔負けの容姿だ。さすがにちひろでも敵わないと悟ったのだろう。そしてその上での性格の話。だいぶ響いているはずだ。
「………」
沈黙が流れる。
やがて、ちひろは何も言わずに来た方向へと歩き始めた。慌てて後の三人もそれに続く。
こうしてちひろ達は去って行った。
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