第13話 異世界の仕事

「今日はお前達に紹介したい人物がいる」


 クリスチャンの言葉に反応して、俺に注目が集まる。


「トモヤくん自己紹介をしてもらってもいい?」


 急に言われて俺はパニックになっていた。


 さすがにこういうのは事前に言っておいてほしかったな。


「あっ、えーっと本日職場見学をさせていただくトモヤと申します。よろしくお願いいたします」


 騎士団の人達は俺の自己紹介にポカーンとしていた。


 何か間違ったことでも言ったのだろうか。


「お前達拍手はどうしたんだ?」


 圧を放った一言にブラック企業にいるパワハラ上司がチラついた。


 騎士団って思ったよりも上下関係が厳しいのだろう。


 すぐに拍手が聞こえてきたが、チラホラと疑問に思っている人もいた。


「あのー、団長少しいいですか?」


 イカツイ男が申し訳なさそうに手を挙げた。


 どこから見てもクリスチャンよりこの男の方が怖いのにな。


「ホビーなんだ?」


「トモヤ様はおいくつなんですか? 職場見学をするにも年齢的に成人に満たないと思うんですが……」


 この世界でも成人は前世と同じ20歳からのため、今の俺は20歳にも見えないってことか。


 前世でも童顔ではあったが、流石にそんなに若く見られたことはなかった。


 身長が低いのも関係しているのだろう。


 ホビーの話に年齢を知っている二人はクスクスと笑っていた。


「あの……僕からいいですか?」


 手を上げるとクリスチャンは頷いた。


「ホビーさんでしたっけ? 俺は今年で25歳なのでもう成人してますよ」


「……」


 年齢を伝えると空気が……いや、騎士団の人達が固まっていた。


「ははは、そういうことだから今日一日トモヤをよろしく頼む」


 クリスチャンの声で騎士団の人達は我に戻り朝礼は終了となった。



「さっきの団員達の反応面白かったわね」


「やっぱりそんなに俺って若く見えるんですか?」


「そうだね。体格的には10歳辺りに見えるからね」


 俺はクリスチャンの話に驚いてしまった。


 そりゃー騎士団の人達も俺の年齢を聞いて固まってしまう。


 芸能界でも稀にずっと子供に見える女優さんが存在していたが、自分がそんな扱いになってしまうとは思いもしなかった。


「とりあえず初めにどういう建物か簡単に説明していくね」


「わかりました」


 騎士団の本部は基本的に団長および副団長の部屋が用意されており、他はさっきまでいた訓練場と食堂、更衣室や浴室も設置してあった。


 基本的なものは全て騎士団本部にあるらしい。


「トモヤくんに今必要なところは多分ここになるのかな?」


 最後に入った部屋は沢山の本と机が置いてある部屋だった。


「図書館……? 資料を管理するところで合ってますか?」


「正解!」


「でも、この部屋だけ整理されてないですね……」


 俺の言葉に二人は顔を背けた。


 きっと整理整頓が苦手なんだろう。


 周囲は本や紙が沢山置いてあるため、とにかく部屋の中が散らかっていた。


 基本的に騎士団が男の集団だから部屋が汚いのはわかるが、この部屋だけは管理されていないのだろう。


「ああ、騎士達は頭を使うのが苦手なやつが多くてね……。特にうちの騎士団はこういう作業が苦手なんだ」


 ああ、これは俺にどうにかしてほしいという魂胆が見えてきた。


 俺の存在価値を見せろということなんだろうか。


「資料を見て知識を増やしながら整理してもらえたらなーっと……」


 クリスチャンはチラッとこちらを見ていた。


 チラッと見ている姿はどこかロベルトに被っていた。


 やはり親子で似たようなところがあるようだ。


「俺もさすがに仕事をしないといけないのでやりますよ」


 一人暮らしをしていたから掃除も普段からやっていた。


 資料を見ながら知識を増やし、部屋の掃除をすることにした。


「トモヤくんありがとう! 基本的にさっき言った団長室にいるか訓練場で指導しているから何かあったらそっちに来てね」


「あとは……12時になったら昼食だからさっき行った食堂に来てもらってもいいかな」


 どうやら騎士団では昼食が用意されているようだ。


「じゃあ、お願いします」


 部屋に時計がなかったため、懐中時計を渡された。


 二人はすぐに部屋を後にした。


 俺が嫌になる前に退散して行ったってとこか。


「よし、片付けていくか!」


 俺は大量に積み上げられた資料の前に立ち、気合いを入れてから作業を始めた。


 とりあえず机に積み重なっている物を動かし、資料を確認するスペースを作った。


 資料もファイリングとかされているわけでもなく、ただ単に紙が積み重なっているだけだ。


「これって俺が見ても大丈夫なのかな……」


 俺はまず積み重なっている資料に目を通した。


 内容は騎士団の金銭にまつわる帳簿や魔物の討伐関係などを中心に様々なものがある。


 それにしても日付もバラバラで、何がどこにあるのかもさっぱりわからない。


「これって思ったよりも大変じゃないか?」


 管理ができてなさすぎてため息が止まらない。


 インターネットで管理されていた時代から来た身としては、アナログな手法でやることになるとは思いもしなかった。


 まずは関連資料毎でまとめることにした。


 金銭関係、魔物関係、町の管理、騎士団内関係、その他と仕分けをすると捗りそうだ。


 その中でも目についたのは金銭関係による資料だった。


 毎月収支と支出は書いてはあるが、流しながら見ても合計がズレていた。


 元々経理の仕事をしていたため、国家資格は持ってないものの簿記の資格は一級まで持っている。


「俺の仕事がここにあったとはね……」


 近くに置いてあった紙とペンを持ち、ズレていると思われるところをまとめて書いていく。


 ほとんど何にお金が使われているのかハッキリしないものが多く、実際の費用と使われている値段が1桁違うほどズレている。


「これって報告するべきなのか……」


 もしこの帳簿をつけている人が公爵家の人達であれば、お世話になっているのもあり、見逃さないといけないのかもしれない。


 裏金問題ってこの世界だと命にも関わりそうだしな。


「とりあえず昼食時に確認してみるか」


 簡単に見て間違っている物を取り出すと、何か一定の法則に気づいた。


「下にある文字って名前……?」


 紙の下の方に名前が小さく書いてあった。


 その中でもいつも間違えているのは二人の人物だった。



「昼食の時間だわ」


「わぁ!?」


 突然肩を叩かれた俺は椅子から飛び上がった。


 帳簿の管理に集中していたため、クラウドの声が聞こえていなかった。


「あっ、すみません。全然片付いてないですよね……」


 片付けたのは関連同士でまとめて木の箱に入れただけだった。


「別に簡単な仕事だからいいわよ」


 仕事の遅さで注意されると思っていたが、クラウドは何も思っていないようだ。


「ここは雑用……あっ、仕事をミスした人達が担当してるからね」


 資料の管理は懲戒処分の一環として行なっているようだ。


 騎士団にいて騎士としての仕事ができないってことは、処罰されているような感覚に近いのだろう。


「そういえばクラウドさんは何の用で……」


「あっ、そうそう昼食の時間になっても来なかったから呼びに来たのよ」


 預かった懐中時計を取り出すと時計の針は12時を過ぎ、13時近くになっていた。


 そういえば、異世界も地球と同じ24時間で1日となっている。


「これは魔物討伐の表?」


 クラウドは紙に書いてある表を見て、何か考えていた。


 試算表は計算上のミスがないかを確認するのに便利な表の書き方だ。


 それで計算がずれていれば、知らない間にお金が沢山出て行ったことになる。


「少し聞きたいことがあったので昼食を食べながらでも大丈夫ですか?」


「ならそうしましょう」


 食堂に向かうとまだ騎士団の人達は食事を食べていた。


 それにしても俺が入ってきた瞬間にみんなで注目するのはやめてほしいものだ。


 特にさっき手を挙げたイカツイ見た目のホビーがこちらをずっと見ている。


「俺って何かしましたか……?」


「可愛い子には悪い虫がつくから仕方ないのよ」


 そう言ってクラウドが周囲を見渡すと、さっきまで向いていた視線は無くなっていた。


 それでもホビーはこちらを見ていた。


「ホビーさんがずっと見てますね」


「あはは、ホビーはあの見た目だけど可愛い物が好きだからね。きっとあなたのことが気になっているのよ」


 どうやらホビーさんは見た目に反して可愛いゆるふわのものが好きらしい。


 俺のどこにゆるふわ要素があるのか、俺には全くわからない。


 ゆるくもなくふわふわ感はない。


 どちらかといえばヒョロヒョロのガリガリ感だ。


「でも視線が減ったので食べやすいですね」


「それならよかったね」


 突然後ろからクリスチャンが声をかけてきた。


 どうやら席を取って俺が来るのを待っていたらしい。


 食堂は定食屋みたいに自分の好きなものを好きなだけ取る仕組みになっていた。


「お肉中心なんですね」


 どこを見てもあるのは肉ばかりだ。


「騎士は体が大事だからね。トモヤくんには辛かったかな?」


「いや、俺もお肉大好物なので嬉しいですよ」


 お皿に沢山のお肉を乗せて席についた。


「いただきます」


 屋敷で食べるお肉が脂肪分が多い柔らかい肉だとしたら、騎士団は歯応え良い赤み肉って感じだ。


 一生懸命お肉を食べていると、目の前にいる公爵家の二人は笑っていた。


「チャンキーマウスみたいね」


「チャンキーマウス?」


 小さい体で沢山の食べ物を詰めてコロコロしている魔物が存在するらしい。


 きっとイメージとしてはハムスターのような感じなんだろう。


 その後も話が弾み、ある程度周囲に人がいなくなった。


 俺は食堂に人がいなくなるのを待っていた。


「これを見てもらってもいいですか?」


 さっきまで作っていた紙を取り出して、クリスチャンに渡す。


「これはどういうことかしら?」


 クリスチャンの圧が食堂のテーブルをミシミシと鳴らしていた。

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