第5話 忠臣は忠告する

学園都市ヴェローナの高級ホテルスィートの一角で、

猫の使い魔のノワールは、皇女リリアと身支度をしていた。


「リリア様、今日はやっぱり舞踏会に出席するの?

参加なんかしないと思っていたのに。」


と、気まぐれな皇女様に話しかける。


さっきまで「行く」とか言っていたのに、

やっぱり「行かない」ということはこれまでも日常茶飯事であった。

今回も、どうせそんなことだろうと高をくくっていたのである。


「気が変わったのよ。今回はドレスは赤が良いかしらね。

さっきは黒でしたから、赤にしましょうね。」


と、黒いドレスを自分のきれいな肢体に合わせる。


「ひょっとするとあの王子にホントに会いに行くの?」


「そうだとすると何か悪いのかしら。」


「都合は良くはないと思いますよ。

でもなんでよりによってアッシュ王子なんですかねぇ、

ひょっとするとホントにリリア様は相手が『フロストヴァルドの』王子でも関係ないってこと?」


「そんなの関係ないわ。」


とあっさりとリリアは言った。


フロストバルド王国とサンフォーレ皇国は長年の係争の後、

現在は停戦条約を結ぶのみの、係争の中にあった。

緩衝国として、その間にあるエリドール公国をもってして、

なんとかその均衡を保っている状態で、

一触即発の状態がもう30年以上継続している。


そんな敵国の王子と外国で一緒にいるだけで、

奇異にみられるのは当然である。


「いやいや、世間はまた違う目で見ると思うよ。

なぜどうして敵国の子女で一緒にいるのって。」


「そんなの、私は全然気にしませんわ。」


「リリアが気にしなくっても、他の人が気にするよ。

何かあっても、ここは本国じゃないから、

今まで通り国内で使ってた「箝口令」とか、「記憶操作」とか、

表立ってできないんですよ。」


「これまで通り、ばれるはずもありませんわ。

そんなに問題なら、魔法でもかけて人目に付かなければいいのですわ。」


魔法について自信満々なリリアには、


「何を言っても無駄か」


と思い始め、

ノワールは論点を変えることにした。


「そうだといいんだけどね、

それと、あの、言いにくいんだけどさ、

アッシュ君は見た目は10歳とか12歳くらいに見えるんだよね。」


「そうよね、なんてかわいらしい。」


「リリア様は14歳とかサバ読んでるけどホントは今年16歳だからね。

なんか、どうみても

「弟とおねいさん」にしか見えないよ。」


「弟とお姉さんでも良いではないですか。

仲の良い姉弟もいるものですよ。」


リリアは、全く悪びれる様子もなく、

むしろ嬉しそうに微笑む。


ノワールは内心でため息をついた。

この皇女様は、一度こうと決めたら誰が何を言っても聞かないことを、

彼女はよく知っていた。


「いやいやリリア様、かなり年が離れているように見えるし、

下手すると、サンフォーレの皇女が

「幼児趣味」だって言われかねないよ。」


リリアはむきになって答える。


「別に、言わせておけばいいではないですか。

サンフォーレの古典においてもこの年代の恋愛小説なんて「5万」とありますし、

それこそ「無教養」とか「芸術音痴」と笑われるだけですわ。

そんな古典や神話を全て「禁書」にしてからそんな発言をしてほしいわ。

そんなの、とんでもなく馬鹿げているでしょう?」


ため息をつきながら、ノワールはこの方向ではだめなことを理解し、

今度は変化球を投げる。


「でも、そんな噂がたったら、きっともうお嫁に行けなくなるよ?」


リリアは、ノワールの言葉に一瞬だけ動きを止めたが、

すぐにまたドレスの裾を翻し始めた。


「別に行く必要はありませんわ。

それに私、あの王国を継ぐつもりもちっともありませんの。

私は魔法を極め、そして世界中を旅してまわりたいものですわ。

狭い場所で、じっと身を潜めているのは、もう金輪際ごめんですの。」


ノワールはこれ以上何を言っても無駄なことを悟り、口をつぐんだ。

この皇女様は、行くところまでいかないと、やはり理解できないらしい。


「自分は助言はしました。あとは知りませんよ。」


とノワールは心の中で独り言を言った。


ただ、この皇女様を守るため、

またはどんな結末を迎えるのかを見届けるためには、

自分はそばにいなければいけないのだということだけはノワールは理解した。

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