職場の鬼上司は私推し

日下部える

第1話 みるくみく、200万人突破!

濁流のようにコメントが流れそのひとつひとつを拾いスパチャにお礼をする。

コメントの流れに目が回りそうだったが、それすら今の御厨には心地よく、達成感が全身に満ちていた。

画面のなかでくるくると表情を変える少女は愛らしい瞳をぱちくりと瞬かせ軽快なトークを続けている。その声は間違いなく御厨のものだった。



「配信始めた頃って何話していいかわかんなくてけっこうトーク回せなかったりしてたよねー、あぁ、そうそう。アスカさんは初期から知ってるよね、うん。天気の話とかしてた。今思うと爆笑。なに、今日は私が住んでるところは晴れましたって……。こうネタになる話とかできなくてさー」



コメントを返しながら発言主の名前とアイコンを目で追っていく。何度もコメントをくれる人はだいたい覚えた。全てがすべて、好意的なものばかりではないけれど、みるくみくに取って大事なファンからの反応だ。


最初の頃は右も左もわからず他の配信者の動画をみていても何一つピンと来なかった。結局今のみるくみくを作り上げたのは御厨と未熟な自分を応援してくれるファンのお陰だと思っている。

だからみるくみくはファンを大事にするvチューバーとしての信頼が厚かった。



「アレどうだった?耐久オールストライク取れるまで帰れません配信!楽しいっていうか、もう後半記憶がない!だって私ほぼ初心者なんだよ?いきなりボーリング場行ってフルスコア目指せってさぁ、正気?って思うじゃん?Xでネタ募集した私が悪かった。うん、そうだね、ファンのみんなをナメてたよ、明らかにネタってわかるネタをぶら下げておいたら食いついてくれるってさぁ!もう絶対やらないから!」



それなら料理企画とか、桃鉄配信とか、果てには一週間コーディネートバトルとか、出てくる出てくる。使えそうなネタを手帳に書き込んで配信のネタにするのだ。

ファンもコメントであげるとみるくみくが採用してくれる可能性があるとわかっていてやっている。どんな突拍子もないネタでもみるくみくがおもしろくできると思えば無茶な企画でも体を張ってくれるのがみるくみくなのだ。



「ネタ提供ありがとー、おもしろそうだったらマジでやるからね!採用されたら喜んで!え、デートコーデバトル?誰とバトルするのよ、私孤高の個人勢だからね」



「じゃあ最後に日頃の感謝を込めて私のファンクラブ、みるくらぶ会員限定で今夜限定待受と記念グッズの案内を送ります!この日のために一ヶ月かけて描いたデザインを超優秀デザイナーさんが可愛く仕上げてくれました。9割はデザイナーさんの仕事です!スマホの待受はみるくちゃんに決まりだよ!それじゃあ、よく寝るんだよー!」



==========


カメラのオフを確認して配信用のソフトを止めた。それからファンクラブ用のメッセージを送る。みるくみくは個人の配信者なので配信以外の作業も全て本人がやっていた。



動画編集やSNSの更新に至るまで自分でこなしながらここまで到達するのは並大抵の努力ではなかったし、何もかもがわからなくて何度挫折しそうになったかわからない。そのたびどこかの事務所に入ろうかと思ったこともあるし、実際に何度か誘いを受けたこともある。


だけど御厨はこの自由気ままな個人配信を気に入っていた。


所属になれば横の繋がりでコラボやファンの獲得は容易だが、そのぶん配信内容の制限や依頼といった煩わしさが出てくる。

コツコツ数字を重ねてきたみるくみくにとってはこの自由さと引き換えにしてまで所属になるメリットはあまり考えられなかったのだ。




「はぁーしかし……ついに200万!私もここまで頑張った!!」



元々vチューバーをはじめたきっかけは有名インスタグラマーの同僚に彼氏を奪われたことだった。自分が地味で目立たないモブ顔の自覚はあったし、インターネットに顔を晒す勇気はなくて選んだのがvチューバーだったのだ。


だけど今となってはきっかけなんかどうでもよくなっていて、別れた男を見返してやりたいというよりファンを喜ばせたい気持ちのほうが強かった。

別れた男と彼氏を奪った女の悔しがる顔よりも自分を応援してくれるファンたちを笑わせたい。少しでもみるくみくと出会ったことで人生が明るくなってほしい。

それだけだった。




だけどやはり200万という達成感はには感慨深いものがある。


天井に向かって拳を突き上げ御厨はチャンネル登録者数の数字をみて頬を緩めた。大手に所属する同業者たちに嫉妬したことは一度や二度ではない。自分が数ヶ月以上かけて積み上げた登録者数を一日で超えられたり、似たような企画をマネされバズるなんてザラにある世界だ。



それでも御厨は己のスタイルを変えずコツコツとファンの信頼を獲得しここまで登ってきた。

比べるものではないけれど、それは御厨にとってもみるくみくにとっても欠けがえのない実績だった。



「いやぁ、順調順調!これからもよろしくね、みく」



画面に映るアバターに向かって微笑んだ。銀に近い白髪、愛らしく垂れ下がった目元は青と銀のオッドアイ。白い髪には星の髪飾り。牛乳瓶の小物がキーアイテム。


年齢は女子大生くらいだろうか、アバターだけあって成人していると読み取れる程度の年齢だった。ミルクの川に住んでいるほんわかした女の子がみるくみくのコンセプトでデザイナーは忠実にデザインを起こしてくれた。


こんな可愛らしいビジュアルの女の子から繰り出されるキレの鋭いトークのギャップがファンにウケている。



御厨として口数が多いほうではないが、みるくみくならどれだけでもトークを広げられる。御厨もこんなみるくみくが大好きだったし、ここまで一緒に走ってきた相棒であり自分のもうひとつの姿だと思っている。



パソコンの通知欄に溢れんばかりのメッセージが届いていた。全て同業者の友人からみるくみくへ宛てたお祝いメッセージだ。



『みるくちゃん200万人おめでとう!大人気vTuberじゃん!』

「大人気ってそりゃセンセイのほうじゃん、でもありがと」


『ぼくなんか弱小だけどこれらも仲良くしてねw』

「私なんかよりフォロワーも登録者数も多いのになに言ってるのよ」


『みるくちゃんの魅力ならもっと上目指せるよ!』

「こういうのだよ、先輩がたからのお祝いって!」



届いたメッセージについニヤニヤと笑いながら丁寧に返信を作っていく。

みるくみくは相手が誰であろうと雑に扱うことはなかった。横の繋がりがモノを言うこの業界、どんなところで繋がるかわからない以上礼儀は大切だという考えもあるが、それ以上に自分へ向けたメッセージはなんであろうと嬉しいのである。



「よし!これで全部かな」



メッセージを再度確認して返信忘れがないか注意深く見直してようやくパソコンの電源を落とした。

時計の針は深夜を大きく過ぎているが不思議と疲労感はなかった。



全てが順風満帆、みるくみくの躍進はこれからも続くだろう。


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