忙しい人のための「すべてはハベル」

フジキヒデキ

第1話


──あらすじ──


 上島拓斗は、親友の青木正広が、友人を殺害し、その後、不可解な「治療」によって超人的な力を発揮し、チンピラたちを殺害するという事件に巻き込まれる。

 青木は顔に大火傷を負い、別人として生きることを決意するが、その顔はなぜか拓斗そっくりに「変身」していた。青木が恋心を抱く広瀬涼子が、じつは拓斗に恋している、と信じているがゆえの「変身願望」が、青木の上に具現化したかららしい。

 拓斗は、青木の願いを叶えるため、広瀬に近づいて恋人関係になるが、冒頭の事件に関係する不良の集団に捕まり、青木は死亡、拓斗や広瀬も重大な傷を負う。


 一方、拓斗は、青木の「変身」にかかわる巨大製薬会社を調べはじめている。やがて事件を追うジャーナリスト・藤原「先輩」の力なども借り、すべての事件の裏に「クロベ」が関与していることを知る。

 クロベは、人体実験によって「ソロモン」と呼ばれる超人的な能力を持つ存在を生み出していた。青木はソロモンの力によって暴走し、広瀬もまた「バトシェバ」と呼ばれる存在に感染してしまうのだった。


 藤原はクロベの不正を暴こうとするが、常盤順子率いるクロベの刺客に捕らえられ、拷問を受ける。藤原は、拓斗にクロベの情報を託し、自らは爆弾を仕掛けてクロベの工場を爆破、組織の壊滅を図る。

 広瀬に寄生した「バトシェバ」は、最終的に宿主の身体を離れ、もとのサンプルである腸骨へと戻っていく。


 事件後、拓斗は「先輩」の遺志を継ぎ、クロベの罪を暴く決意をする。

 彼は青木の墓を訪れ、骨壺の中の青木の遺骨に、事件の顛末を語りかける。

 すべての出来事は、「ハベル」という言葉に集約される。




──主要登場人物──


上島拓斗(うえしま・たくと)

●本作の主人公。頭が良く、皮肉屋な性格。

●幼少期にキリスト教の影響を受けているが、現在は破門(自己申告)されている。

●チャラい口先男の不良少年ではあるが、友情に厚い一面も持つ。

●危険な状況に巻き込まれながらも、親友・青木のために奔走する。

●広瀬には恋愛感情を抱いていないが、青木のために恋人関係になる。

●事件後、藤原とともに巨大組織クロベの陰謀に立ち向かうことになる。


青木正広(あおき・まさひろ)

●拓斗の親友。

●広瀬に恋心を抱いている。

●ある事件をきっかけに、常人離れた能力を持つようになる。

●その能力ゆえに、拓斗や広瀬と共に危険な状況に巻き込まれていく。


広瀬涼子(ひろせ・りょうこ)

●拓斗の同級生。

●優等生で、学校の文化祭ではカフェの運営にも携わっている。

●青木に想いを寄せられているが、本人は拓斗に歪んだ愛情を抱いている。

●拓斗と青木が起こした事件に巻き込まれ、その後、不可解な能力を発現させる。


藤原秀秋(ふじわら・ひであき)

●拓斗の先輩。

●高校を中退し海外へ、現在はジャーナリストとして活動している。

●クローバ・ファーマの不正を暴こうとしており、拓斗を巻き込んでいく。

●冷静沈着で、拓斗からは「悪魔のジャーナリスト」と評されている。

●過去に川村と共に危険な活動をしていた経験を持つ。

●クローバ・ファーマの陰謀を暴くため、自らを犠牲にする覚悟を決めている。


常盤順子(ときわ・じゅんこ)

●クローバ・ファーマの秘書課長。

●山之内に心酔しており、彼の計画に忠実に従おうとする。

●冷酷な一面を持ち、目的のためには手段を選ばない。


山之内久光(やまのうち・ひさみつ)

●クローバ・ファーマの研究所長。

●野心家で、世界を支配することを企んでいる。

●常盤を利用し、自らの計画を進めようとする。


その他

●工藤: 拓斗の同級生。薬物に依存している。

●福子: 拓斗の母親。拓斗に対して尊大で無関心な態度をとる。

●川村: 藤原の知人で、元自衛隊員。海外での実戦経験がある。

●大塚: クローバ・ファーマの研究室長。


 これらの登場人物たちは、それぞれ異なる立場や思想を持ちながらも、複雑に関係し合っています。彼らの行動や選択を通して、作品は「正義」や「エゴ」、「愛」といった普遍的なテーマを描いていると言えるでしょう。




──現代社会における「正義」の在り方と、人間の「エゴ」の対比──


 ソースから読み取れる本作の深い意図として、現代社会における「正義」の曖昧さ、そして複雑化する人間関係の中で生まれる「エゴ」の脆さと危うさを浮き彫りにすることが挙げられます。


 拓斗は、親友や先輩との関係の中で葛藤しながらも、最終的には自らの意志で行動を選択しています。

 彼の行動は、一般的な「正義」の観点から見ると、逸脱しているように見える部分もあります。しかし、彼の行動原理は、必ずしも「悪」として断罪できるものではなく、むしろ人間の本能的な「エゴ」や「生存本能」といった側面を浮き彫りにしているとも言えます。


 一方、巨大組織クロベは、表向きは医療の発展を掲げながら、その裏では非人道的な実験を繰り返しています。

 彼らにとって「正義」とは、自らの利益や野望を達成するための道具でしかなく、その行動は、まさに「エゴ」の最たるものと言えるでしょう。


 このように本作は、拓斗という「個人」と、クロベという「組織」を対比構造として描くことで、「正義」の多面性や、「エゴ」の複雑さを浮かび上がらせています。




──「愛」と「欲望」の表裏一体性、そしてその行き着く先──


 青木は、広瀬への強い「愛」ゆえに、暴走とも取れる行動に出ます。

 彼の行動は、純粋な「愛」から生まれたものであると同時に、自己中心的な「欲望」に支配された結果とも言えます。


 一方、広瀬は拓斗に対して歪んだ「愛」を抱き、彼を自分のものだけにしようとします。

 彼女の行動は、一般的な恋愛感情の範疇を超えており、ある種の「執着」や「狂気」にも似た側面を見せています。


 また、常盤は山之内に対して、異常なまでの「忠誠心」を抱いています。それは、単なる上司と部下という関係を超えた、ある種の「愛」にも似た感情と言えるでしょう。

 しかし、その感情は同時に、山之内の計画に盲目的に従ってしまうという、危険な側面も孕んでいます。


 本作は、このようにさまざまな形の「愛」と「欲望」を通して、人間の心の奥底に潜む、抗いがたい衝動を描いていると考えられます。




──人間の「進化」に対する問いかけ──


 クローバ・ファーマ(クロベ)が秘密裏に進めていた「ソロモン」「バトシェバ」計画は、人間の能力を飛躍的に向上させることを目的としていました。

 しかし、その実験は数々の悲劇を生み出し、最終的には「制御不能」な事態を招いてしまいます。これは、人間の「進化」に対する警鐘、あるいは「進化」とは一体何なのかという根源的な問いを投げかけているとも言えます。


 これらの要素は、複雑に絡み合いながらも、人間存在の本質、そして私たちが生きる世界の真実を問う、深いテーマ性を本作に与えています。

 また本作は、人間の心の奥底に潜む闇と、抗えない運命の力について深く考えさせます。登場人物たちは、それぞれの事情を抱え、愛憎が渦巻く中で過酷な運命に翻弄されていきます。


●抗えない力に対する葛藤:

 主人公である拓斗は、親友の青木、そして彼を取り巻く事件を通して、抗えない運命の力に翻弄されます。彼自身の理性や倫理観では理解できない出来事の数々は、読者にも、人間存在の根源的な問いを突きつけます。


●善悪の境界線:

 本作に登場する人物たちは、一様に善悪の境界線が曖昧です。友情や愛情、正義感といった純粋な感情が、皮肉にも悲劇を生み出す様子は、人間の心の複雑さを浮き彫りにします。


●愛の形の模索:

 拓斗と青木、広瀬の三人の関係は、一般的な恋愛感情とは異なる歪んだ愛の形を描いています。読者は、彼らの関係を通して、真の愛情とは何か、自己犠牲の果てに何があるのかを考えさせられます。


●システムと個人の対峙:

 巨大組織クロベを舞台に、個人の無力さと巨大なシステムとの戦いが描かれます。正義を貫くことの難しさ、真実を追求することの危険性、そして組織の論理に飲み込まれていく人間の弱さなどが、リアルに描かれています。


 これらの要素を通して、読者は、単なるエンターテイメントを超えた、深い読後感を味わうことができるでしょう。

 人間という存在の深淵を覗き込むような、重厚なテーマが、本作を読むことの大きな意義と言えるでしょう。




──本作を批判的な文脈から論じる──


 本作は、人間の心の奥底に潜む暴力性や狂気を描き出す一方、その表現方法や物語の展開において、批判的な視点を持つ必要性も孕んでいます。


●ステレオタイプ的な登場人物設定:

 本作に登場する女性キャラクター、特に広瀬や常盤は、男性キャラクターである拓斗や藤原の行動や思考に大きな影響を与える存在として描かれていますが、彼女たちの内面描写は比較的ステレオタイプ的な傾向が見受けられます。

 広瀬は盲目的な愛情に突き動かされ、常盤は冷酷なエリートとして描かれるなど、登場人物の行動原理が単純化されているきらいがあります。


●過剰な暴力描写:

 本作では、凄惨な暴力描写が頻出します。特に、青木や広瀬が巻き込まれる事件の描写は、残酷さを強調する表現が多く、読者に不快感を与える可能性も孕んでいます。

 暴力が物語の推進力として機能している一方で、それが過剰に描かれていることで、作品全体のテーマが矮小化されているという批判も考えられます。


●倫理観の欠如:

 主人公である拓斗を含め、登場人物たちの多くは、倫理的に問題のある行動をとることがあります。例えば、拓斗は広瀬への恋愛感情を利用して青木を操ろうとしたり、藤原は目的のためには手段を選ばない行動をとることがあります。

 このような登場人物たちの行動は、読者に倫理的な葛藤を突きつける一方で、作品全体としてはモラルハザードを引き起こす可能性も秘めていると言えるでしょう。


●救いのなさ:

 本作は、一貫して暗い雰囲気が漂い、救いのない結末を迎えます。登場人物たちは、それぞれの運命に翻弄され、希望を見出すことができません。

 このような救いのなさは、読者に人間の弱さや残酷さを突きつける一方で、後味の悪さだけが残る結果となっているとも言えます。


 以上の点から、本作は人間の心の闇や抗えない運命を描いた作品として評価される一方で、その表現方法や倫理観、物語の展開には批判的な意見も存在すると言えるでしょう。



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忙しい人のための「すべてはハベル」 フジキヒデキ @hide3ta

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