第199話 そこに俺の幸せが考慮されてない件について
うっすらと予想していたものの、
そこに追い打ちをかけるのがパイモン流だ。
「リバース、付き合ってみたらどうかね? それでトリカブトは満たされるし、宵闇ヤミとヴァルキリーも安心する。皆が幸せになれるじゃないか」
「そこに俺の幸せが考慮されてない件について」
徹が久遠に視線を向ければ、久遠は無言でサムズアップした。
(俺にできることは何もない。頑張ってくれ)
下手に何か言えば自分に飛び火するのは火を見るよりも明らかだから、久遠は徹に自分で解決してくれとサインを出したのだ。
そうなることは容易に想像できたから、徹もそこまで落胆していない。
だからこそ、徹は強引に話題を元に戻す。
「オホン、それはそれとして、今の戦況はどんな感じなんだ? 俺達も戦って特務零課も戦ってる。他のUDSプレイヤーも戦ってるんだろ?」
「露骨に話題を変える焦りの感情、美味である。まあ、あまり虐めても閉じ籠られても困るから、流れに乗ってあげよう。これを見てくれ」
パイモンがリモコンを操作すれば、会議室のモニターに日本地図と各地の映像が映し出される。
「映像が映し出されているのは、現在も戦闘が行われているエリアだ。そこ以外では戦闘は終わっており、今のところ獄先派に制圧されたところはない。概ね防衛戦としては順調だ。まあ、これはプレイヤー達が奮戦しているのもそうだが、タナトス達が地獄で獄先派の研究所を破壊してくれたことも大きく影響しているがね」
研究所が重要な拠点であることは理解しているが、それが防衛戦における親人派の善戦とどう繋がるのか確証がないため、久遠はパイモンに訊ねる。
「研究所を俺達が落としたから、獄先派が他の重要な拠点の防衛に戦力を割いたってことか?」
「良い読みだね。その通り。地獄には当然のことながら、獄先派にとって重要な拠点がいくつかある。研究所が破壊されたことで、流石のアリトンも戦力の配分について慎重になったようだ。そのおかげで、敵の援軍は出ないし地獄に引き返した者までいる。そういった意味で研究所を落としたことは、敵の等価天秤を壊す以上の価値があった」
「そうか。それで、今起きてる戦闘でヘルプした方が良いところはあるのか?」
「本当に劣勢な戦場はないから、鬼童丸達を派遣するつもりはない。占領されそうな場合は別だが、この程度の戦闘なら自己解決してくれなければ力を与えた意味がない」
一見スパルタなように見えるかもしれないが、現時点で日本各地に現れた獄先派の悪魔やアンデッドモンスター達は実力も数も序の口であり、この程度で苦戦して泣きつくようでは今後起こり得る戦いで生き残れない。
それゆえ、パイモンは久遠達を派遣すれば被害は減らせるかもしれないが、敢えて派遣すると言わなかった。
その時、地震が起きて会議室が揺れる。
「ふむ、キレたアリトンがこちらに来たか。すまないが、我は少し出て来る。モニターでやり取りを見ておいてくれたまえ」
パイモンはそう言って姿を消し、それと同時に会議室のモニターがデーモンズソフトの正面を映し出す。
その数秒後、パイモンとアリトンが対峙した状態で画面に現れる。
『パイモン、相変わらず貴様はふざけたスタイルだな』
『アリトン、相変わらず君は心に余裕がないと見える』
(煽り合いならパイモンに分がありそうだ)
ジャブ程度のやり取りではあるものの、モニターから流れる音声を聞いて久遠はそのように判断した。
実際、額に青筋が浮かび上がるぐらいにはアリトンがイラついている。
『貴様、本気で余とやり合う気か?』
『
『フン、昔から余と貴様は向いている方向が違うと思っていたが、今回の表と裏の戦いで貴様を許す気はなくなった』
『何を今更。元々許す気なんてなかっただろう? 信賞必罰どころか信賞必殺な君のことだ。許すなんて有り得ないし、そもそも君は誰が相手でも下に見る。そのスタンスが我は嫌いでね』
パイモンとて悪魔が上位の存在であるということは、スペックの問題から否定できない事実だと思っている。
そうだとしても、人間には悪魔の思いつかないような食事や娯楽を生み出す才能があることから、身体的なスペックでは勝っていても何かを生み出すポテンシャルという観点では人間の方が悪魔より上だと思っているのだ。
したがって、パイモンはデーモンズソフトを興して娯楽を通じて人間と手の取り合える世界を目指す訳である。
『そこだけは奇遇だな。余も貴様のことは嫌いだ。使えるオリエンスも貴様の孫弟子を気に入ったようで余に付き従わない。本当にどいつもこいつも使えない』
『不快な気配で目が覚めたわ。誰があんな自己中に従うかって話よ。妾は妾の気に入った玩具で遊ぶのが好きなの。邪魔しないでほしいわね』
オリエンスはアリトンが現世に出現したことで目が覚めたようだが、今の話を聞いて不快感を露わにした。
(玩具扱いは止めてくれたはずだったよな?)
『あれはその方がアリトンの嫌がる顔を見れると思ってのことよ。妾は今でも鬼童丸を玩具だと思ってるんだからね? 別に評価を改めたとかじゃないんだからね?』
(そんなツンデレ要らんわ)
久遠のツッコミはもっともである。
誰だって進んで自ら悪魔の玩具であり続けたいだなんて思わないだろう。
オリエンスと頭の中で会話していると、桔梗が何かを感じ取ってクンクンと久遠の匂いを嗅ぎ始める。
「久遠の中から雌悪魔が悪さしてる臭いを感じ取ったわ」
『この女、ここまで鬼童丸のことばかり考えてる頭は常時状態異常としか言いようがないわ』
(ヤンデレもまあ、状態異常と言えば状態異常なんだろうか?)
久遠の中でヤンデレはジャンルだと思っていたから、オリエンスに状態異常と言われてその発想はなかったと感心した。
それはさておき、パイモンとアリトンの話し合いも平行線のままだった。
『使える使えないだけで物事を考えていると長い悪魔の生が退屈じゃないかね?』
『長い生を有意義に過ごすには、余に従わぬ異分子を取り除くのが先決だ。ゆえに余が現世を支配して地獄も現世も余の思い通りに進める。余が青と言えばそれ以外の色も青なのだ』
(これぞ暴君だな。アビスドライグなんて【
「拙者は忠臣でござるが」
「そうだな。アビスドライグは忠臣だよ」
久遠の考えていることがアビスドライグに漏れており、アビスドライグは自分が暴君ではなく忠臣だと言うのでその通りだと久遠はその頭を撫でる。
『その暴論を演説したくてここに来たのかい? 用が済んだら帰ってくれて構わないよ』
『用はあるさ。貴様を殺すという用がな!』
数え切れない程の薄い水の刃を展開し、アリトンはそれら全てをパイモンに放つ。
しかし、パイモンを守るように風の結界が出現し、アリトンの攻撃は全てそれに阻まれた。
『量産型ハゲイモンに憑依した程度の実力で、我を殺せると思ってるのなら考えを改めた方が良い』
パイモンが指パッチンしながらそう言えば、天から強風がアリトンを叩きつけるように吹いてその体を地面に押し付けた。
強風で地面にたたきつけられたアリトンの体が凍えていき、完全に凍えたところでアリトンの体がアマイモン=レプリカに変化した。
どうやらアリトンはまだ隠し持っていたアマイモン=レプリカに憑依し、パイモンを殺しに来ていたようだ。
『アリトンの気配が消えたわね。妾は寝るわ』
強敵の気配が感じ取れなくなったため、オリエンスは安心して眠りについた。
それからすぐに、パイモンがアマイモン=レプリカの冷凍標本を持って会議室に戻って来た。
「やれやれ。アリトンには困ったものだね」
「それはそうなんだけど、アマイモン=レプリカの冷凍標本をここに持って来るなよ」
「そんなこと言わないでほしいな。我はこれを持ち帰った時の鬼童丸達の微妙な顔が見たかったのだから」
「なんて奴だ…」
その後、パイモンはアマイモン=レプリカの冷凍標本をデーモンズソフトの社員に運ばせてから、久遠達と共に全国各地の状況の確認を行った。
アリトンが憑依を解除するのと同時に攻め込んでいた者達が地獄に引き上げたので、全国規模で行われた防衛戦は親人派の勝利で終わった。
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