第188話 ツッコミ待ちか?

 埼玉県加須市は久遠が担当すると決めたから、久遠達は大量に降って来たアンデッドモンスター達の処理を始める。


 群馬県や栃木県に降ったアンデッドモンスターはワイトやマミー、リビングポーンだったが、久遠が目にしているアンデッドモンスターはルーインドとスッカラン、デスナイトとLv40~50の範囲である。


 どうして埼玉県だけ群馬県と栃木県に比べて侵攻に力を入れているのかとツッコみたくなったが、久遠は人の多い県に戦力を割くのは当然の判断だと考え直してツッコむ気が失せた。


「サクサク狩っていくぞ」


「かしこまりました」


「任せて~」


「わかりました」


「合点でござる」


 手当たり次第ルーインドとスッカラン、デスナイトを狩っていくドラクール達は余裕そうだ。


 UDSでは自身の領地である冥開に組み込まれた埼玉県加須市で戦っているというのは、久遠にとってなんとなくデジャヴっぽい感覚だった。


 あっという間に雑魚モブアンデッドモンスターの大群は片付いたのだが、その奥にいた線の細い悪魔を見て久遠達は気を引き締める。


 まだ残暑の日本において、その悪魔の周りだけ雹が降っているのは異常だからだ。


 悪魔は風邪をひいているのか鼻水を垂らしており、見た感じ体調が悪そうである。


「お前が乗り込んで来たアンデッドモンスター達のリーダーか?」


「ズルル、いかにも。我が名はフルーレティ。寒いのは苦手だ」


「ツッコミ待ちか?」


「雹が降るのは体質なのだ。こればかりはどうにもならんのよ」


 (難儀な奴だ。自分でコントロールできないとは)


 フルーレティの言い分を聞いて久遠は苦笑する。


「おとなしく投降するなら戦わなくて済む。俺達と戦うか?」


「戦うとも。戦わずに逃げたなんてバレたら、アリトン直々に殺されるからね」


「パイモンに匿ってもらうという選択肢もあるんじゃないか?」


「…悪魔は力が全てだからね。我を親人派に引き渡したかったら我と戦え」


 一瞬戦いを回避できそうだったけれど、フルーレティは戦う選択をした。


 (ヨモミチボシとアビスドライグのレベル上げを優先するか)


 フルーレティが強敵だった場合はドラクールとリビングフォールンも戦わせるが、そうでなければヨモミチボシとアビスドライグをLv100にするため2体だけで戦わせるつもりだ。


 (アビスドライグは【暴君重力タイラントグラビティ】を使え。ヨモミチボシは【飢餓眼ハンガーアイ】)


 声に出さずに念じて指示を出せば、アビスドライグとヨモミチボシが指示通りに動く。


 デバフと重力3倍に加え、飢餓状態になってさらに能力値が1割下がれば、フルーレティの病状が悪化したような顔になる。


「ゴホッ」


 フルーレティは血を吐くと同時に、フルーレティの周囲で降っていた雹の範囲が広くなり、降る勢いも強くなっていく。


「ヨモミチボシ、【念力サイコキネシス】で雹をフルーレティにぶつけろ」


「やってみましょう」


 久遠の指示に従ってヨモミチボシが【念力サイコキネシス】を使えば、雹がフルーレティに当たってダメージが入る。


 一つひとつのダメージは小さいが、カスダメも積もれば山になるのだ。


 HPが半分を切った時、フルーレティの体に変化が生じる。


 体格ががっしりした男型悪魔に変わり、顔つきも出会った当初と比べて元気になる。


「やっと温まって来たぜ! さっきはよくも舐めた態度を取ってくれたな!」


 【極限正拳マキシマムストレート】を放つフルーレティだったが、アビスドライグの【磁霊化マグネストアウト】が発動してフルーレティの攻撃は擦り抜ける。


 (これなら遠慮はいらないな。アビスドライグ、【紫電一閃フラッシュドライブ】だ)


 フルーレティの攻撃を擦り抜けたアビスドライグに久遠が命令すれば、即座に後ろを振り返って【紫電一閃フラッシュドライブ】を放つ。


 まだ【暴君重力タイラントグラビティ】と【飢餓眼ハンガーアイ】の効果が残っているせいで、フルーレティは大ダメージを負った。


「スロースタートが過ぎたな、フルーレティ。ヨモミチボシ、【憎悪砲ヘイトバースト】」


「撃ちます」


 宣言したヨモミチボシが溜め込んだ憎悪をエネルギーにして、レーザービームのように射出する。


 オーバーキルの威力で放たれた【憎悪砲ヘイトバースト】が命中すれば、当然のことながらフルーレティは力尽きたと考えるだろう。


 ところが、フルーレティはギリギリのところで踏み止まって立っていた。


「我はただでは死なんぞ!」


 フルーレティは【絶対凍呪アブソリュートフリーズ】を放つ。


 このアビリティは自身の死と引き換えに自身の半径5kmを凍らせる呪いだ。


「ドラクール、【憤怒領域ラースフィールド】で守れ!」


「はい!」


 【憤怒領域ラースフィールド】は任意の領域に結界を展開し、それを害する何かが触れたら憤怒の炎で燃やす効果がある。


 今はドラクールの力がUDSと同じだけ発揮できるから、同時に使える数に制限はない。


 【憤怒領域ラースフィールド】に【絶対凍呪アブソリュートフリーズ】が触れた途端、凍り付いた場所が憤怒の炎で燃えて融かされた。


 フルーレティの呪いがドラクールの力で相殺されて落ち着いたところで、パイモンの声が久遠の耳に届く。


『アビスドライグがLv92からLv98に成長しました』


『アビスドライグの【雷付与サンダーエンチャント】が【放電ディスチャージ】に上書きされました』


『ヨモミチボシがLv94からLv100に成長しました』


『ヨモミチボシの【忘却水流オブリビオンストリーム】と【憎悪砲ヘイトバースト】が【憎悪禊流ヘイトストリーム】に統合されました』


『ヨモミチボシが【座標交換シャッフル】を会得しました』


 (惜しい。あと2つ足りなかったか)


 アビスドライグはLv98で止まってしまったが、ヨモミチボシはLv100に到達した。


 レベルのことは事実を受け入れるしかないので、久遠はアビスドライグとヨモミチボシの新たに会得したアビリティを確認する。


 アビスドライグの【放電ディスチャージ】はMPを電気に変換して放出するアビリティであり、攻撃に使うこともできれば電気の供給にも使える。


 ヨモミチボシの【憎悪禊流ヘイトストリーム】は【憎源変換ヘイトイズエネルギー】で蓄積した憎悪をビームとして放出する点では【憎悪砲ヘイトバースト】と変わらない。


 しかし、【忘却水流オブリビオン】の要素が加わることで、【憎悪禊流ヘイトストリーム】を喰らった者が何をしようとしているか忘れて呆然とする効果が加わった。


 更に【座標交換シャッフル】まで会得したから、ヨモミチボシのアビリティの癖がより一層強くなったと言えよう。


 埼玉県の方に入る敵はいなくなったと思ったが、空を見ても地獄の門は消えていない。


 (まだ何かが出て来るのか?)


 そう思った瞬間、久遠の考えがフラグになったのか、久遠達の正面に顔の整った刺々しい衣装の女型悪魔が降り立った。


 その直後にスマートグラスを通して寧々の声が聞こえる。


『こちら寧々。敵が見当たらなくなったから合流するよ』


「了解。こっちはまだ終わってないから、手伝ってもらうことになるかも」


『うん! すぐ行く!』


 すぐにスマートグラスを切り、久遠は目の前の悪魔から視線を外さない。


「侵略の様子を見に来たら、貴方達のせいで全然ダメダメな進捗ね。名前を訊かせてほしいわ」


「名を訊く前にそちらから名乗れ」


「フン、噂に違わず生意気なのね、鬼童丸」


 鬼童丸の名前は地獄に轟いている。


 というよりも、アリトンから明確に敵と認定された久遠を知らないなんて獄先派の悪魔としてアウトとみなされ、アリトンに処分されることだろう。


「俺のことを知ってるなら無駄なことをするなよ。時間が勿体ないだろ?」


「…許せない! このオノスケリス様を見てそのリアクションはなんなの!? そこは私の美貌に見惚れて言うことを聞くところでしょ!?」


「お前如きと比べるのも悪いが、俺の従魔達の方が美人だぞ」


「なんですって!?」


 久遠の言葉にオノスケリスは激怒し、ドラクール達は久遠に褒められて喜んだ。


 ストレートに褒められたこともあり、いつもなら騒がしくリアクションするリビングフォールンですら不意打ちで褒められて嬉しいけど何も言えずにいる。


 それでも、久遠の身が危険であることを思い出し、4体ともすぐに気を引き締める。


「死になさい!」


「させません!」


 頭に血が上ったオノスケリスは【螺旋突風スパイラルガスト】を発射するが、ドラクールが前に出て【憤怒竜ラースドラゴン】の効果で魔法系アビリティを吸収した。


 その直後に【透明近衛インビジブルガード】を発動してオノスケリスに衝突させれば、オノスケリスがバランスを崩して膝をつく。


「ドラクール、助かったぞ」


 (アビスドライグは【暴君重力タイラントグラビティ】で、リビングフォールンの【栄光舞踏グロリアダンス】、ヨモミチボシは【飢餓眼ハンガーアイ】だ)


 久遠が声に出して指示をしていないから、オノスケリスは何をされるのかわからず身構える。


 3体のアビリティが見事に作用し、オノスケリスは自身の体調が絶不調に陥ったことで恐怖を抱いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る