第172話 逃がさないDEATH
ブリッジを出てその最寄り駅に到着した時、久遠は違和感を覚えていた。
(人身事故で電車が遅延? このタイミングで?)
飛び降り自殺に決まったタイミングなんて関係ないが、外を出歩く人が減ったこの状況で飛び降り自殺が起きたということに久遠は疑問を抱いたのだ。
『マスター、悪魔がこちらを見ています。駅のホームの天井付近です』
久遠が天井の方に視線を向ければ、天井の梁に乗っている悪魔の姿があった。
アリオクのような脳筋な外見とは異なり、ヒョロヒョロで継ぎ接ぎだらけの見た目である。
その悪魔はホームにいる人間を観察し、ターゲットとなる相手に何か仕掛ける。
「うっ」
ターゲットは仕事に疲れていそうな会社員であり、これから帰宅というよりは今から帰社するような印象である。
(ドラクール、あの悪魔を仕留められるか?)
『お任せ下さい』
【
これで済むはずだったのだが悪魔の声が響く。
「痛い! とでもいうと思ったか?」
本来聞こえないはずの声が聞こえ、久遠は首を傾げた。
悪魔の首は継ぎ接ぎの体に吸い寄せられてくっ付き、元通りになった。
「見 つ け た」
悪魔は久遠の方を見てニタァっと笑い、人目を気にせずホームまで急降下して来た。
「きゃあぁぁぁ、化け物よ!」
「なんだこれは!?」
「逃げろぉぉぉ!」
駅のホームにいた者達は階段に向かって逃げ出すが、それを見逃す優しさをこの悪魔はもっていないらしい。
「逃がさないDEATH」
悪魔が指パッチンした瞬間、ホームの階段を茨が覆ってその先に進めなくする。
「なんだってんだよぉ!」
「どうせ電車が止まってるんだ! 線路から逃げれば良い!」
「逃がさないDEATH」
再び悪魔が指パッチンしたら、茨が全ての逃げ道を塞いで駅のホームから逃げられないようになった。
逃げ場を失ってキレる者達を見て、悪魔はニチャアっと先程よりも意地悪な笑みを浮かべる。
「デスデスデス。お前等にはこのチョーショ様の前で殺し合いをしてもらうDEATH」
「何言ってんだお前ェ!」
「ふざけんじゃないわよ!」
「クソッ、電波がないから警察を呼べないじゃないか!」
ホームに閉じ込められた者達がチョーショに抗議している中、久遠は寧々と視線を合わせる。
どうするのかと目で訊ねる寧々に対し、久遠は首を振って動かずに一度様子を見ると伝えた。
この場で堂々とドラクール達に戦わせれば、同じ場に居合わせた者の誰かに撮影されてしまい、それが投稿されてニュースで取り上げられるのは間違いない。
そうなると今後生活しにくくなるので、久遠は様子を見る選択をしたのだ。
(特務零課の応援が来るのが先か、デーモンズソフトの応援が来るのが先か)
特務零課が暴れてくれればその隙に姿を隠せるし、デーモンズソフトが結界を張ってくれれればドラクール達に攻撃できる。
チョーショは騒ぐ者達を見て指パッチンする。
その直後にホームの天井から大量の茨が降りて来て、久遠と寧々を除く者達が茨に拘束されて天井から吊るされた。
久遠と寧々が茨に拘束されなかったのは、【
無事だった2人を見て、チョーショは悪そうな笑みを浮かべる。
「やっと見つけたDEATH。お前達を倒して名を上げるDEATH」
「一体何を言ってるんだ?」
「よくわからないね」
久遠も寧々も惚けておき、チョーショから情報を引き出せるようにする。
「お前達を倒せば獄先派の高い地位で迎えられるのDEATH」
「獄先派? 何それ?」
「知らないよね」
「馬鹿なことを言うんじゃありません! 先程チョーショの首を刎ねたのはお前達のはずDEATH!」
チョーショはポーカーフェイスな久遠達の反応に騙されて焦る。
動揺しているチョーショを見て、久遠は仕掛けるなら今だと判断する。
(ドラクール、駅を壊さないようにチョーショを倒せるか? 継ぎ接ぎがくっつくらしいから、跡形もなく消す感じで頼む)
『お任せ下さい』
【
いくら継ぎ接ぎボディで切断系の攻撃に強かろうと、全身への攻撃で体を消し飛ばされれば元通りに復活できたりしない。
チョーショの体が消し飛んだことにより、駅を覆っていた茨が消える。
利用客を縛り上げていた茨も消えてしまい、利用客はホームに自由落下していく。
高い所から落下しているため、地面に叩きつけられたら死人が出かねない。
【
助かった者達は命が助かったことに感謝して駅が騒がしくなり、久遠達はその隙に駅から出ていく。
建物の陰まで移動したら、久遠はドラクールに訊ねる。
(ドラクール、【
『運べなくはないですが、マスター達を透明にできないので誰かに姿を見られるかもしれません』
(どうしたものか。人身事故の影響でこの辺のタクシーもバスも混んでるし…)
その時、地獄の門が開いてデビーラが中から姿を見せる。
「鬼童丸とヴァルキリー、こっちよ」
「デビーラ? 助かる」
地獄経由で家までショートカットすることで、久遠達は30分ブリッジで残業してから帰ったケースと同じぐらいの時間帯で帰宅できた。
マンションの202号室の玄関に地獄の門が開き、久遠と寧々は玄関に足を踏み入れる。
「ここ、私の家の玄関じゃん」
「そりゃそうよ。鬼童丸の家に門を開いたら、ヴァルキリーと宵闇ヤミが喧嘩し始めるもの。そうならないように配慮したの。私、忙しいからもう帰るね」
「忙しいところありがとう。助かったよ」
デビーラは久遠の言葉に手を振って応じ、地獄の門を閉じてデーモンズソフトへと戻っていった。
久遠が玄関のドアを開けて隣の部屋に帰ろうとすると、寧々が久遠の手を掴む。
「待って」
「ん?」
「ちょっとお茶でも飲んで行かない?」
帰りがけにチョーショのせいで事件に巻き込まれたから、寧々としては不安な気持ちを抱いていて少しでも長く久遠と一緒にいたかったから引き留めた。
寧々がそう言ってからすぐに、久遠のスマホにコネクトのコールが入る。
コールして来たのが桔梗だったから、久遠は申し訳なさそうに断る。
「ごめん。桔梗さんから電話が来たから帰るわ。また明日な」
「…そう。じゃあ、明日の昼休みは私の気になるお店に付き合ってね」
桔梗と喧嘩して久遠に迷惑をかけるのは悪いと思い、寧々は無理に久遠を引き留めず、その代わりに明日の昼は自分の用事に付き合ってほしいと告げたのである。
久遠も寧々が配慮してくれたのだと察し、寧々に我慢ばかりさせる訳にはいかないと思って頷く。
「わかった。付き合うよ。それじゃ」
久遠はコールに応じず202号室から出て帰宅する。
立ち止まって通話するよりも、家がすぐそこだから早く帰った方が良いと思ってのことだ。
「ただいま、桔梗さん」
「久遠、お帰り! ニュースを見て心配してたんだよ! チャットで連絡しても全然返事くれないし!」
「ごめん。チョーショって悪魔に帰り際に襲われてね。俺も寧々さんもスマホを見る余裕がなかったんだ」
「やっぱり襲われてたんだ…。久遠、もう在宅勤務にしようよ。久遠は在宅勤務できるんでしょ?」
桔梗は久遠ファーストの考え方だから、久遠が寧々と一緒に行動する取り決めより久遠の安全の方が大事なのだ。
自分を大切に思ってもらえることは嬉しく思っているけれど、久遠は寧々をブリッジに誘った手前、自分の身可愛さに自分だけ在宅勤務をする訳にはいかないから首を横に振る。
「俺と寧々さんが危険な目に遭ったって訳じゃないし、人目を気にしなければそもそもさっさと帰って来れたんだ。もしも俺のためを思って動いてくれるなら、デーモンズソフトに俺達が気兼ねなく戦えるように一緒に要請してくれ」
「…わかった」
久遠がそう言うならば、本当に危険ではないのだろうと理解していたので、桔梗は久遠の言うことにひとまず頷いた。
その後、食事や風呂等を済ませてから久遠はUDSにログインした。
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