第14章 Rental Tower Conquest

第131話 マスターは愛憎の渦中におられるのですね

 月曜日の朝、鬼童丸が玄関を出たすぐ後に隣の部屋から寧々が出て来る。


「おはよう、久遠。偶然だね。一緒に行こうよ」


「おはよう、寧々さん。そうだな」


 ここで別々に行こうと断るのも変だから、久遠は寧々と並んで歩く。


 その時、久遠の頭にドラクール達の声が響く。


『マスター、後ろからドアを少しだけ開けて宵闇ヤミがこちらを見ております』


『ヤバいね。あれは帰って来たらマスターを監禁する人の目をしてる。ヴァルキリーもヴァルキリーで、マスターと一緒に通勤するのを宵闇ヤミに見せつけてるんだ』


『マスターは愛憎の渦中におられるのですね。まさか朝からこれだけの憎悪ヘイトをいただけるとは思ってもいませんでした』


 (朝からなんてやり合いをしてるんだか…。ヨモミチボシの食事にならなかったら、俺の胃が大変なことになってたぞ)


 久遠はそう思いつつ、ヨモミチボシの存在に感謝する。


 というのは、暴食を司るヨモミチボシは【憎源変換ヘイトイズエネルギー】で味方に向けられた憎悪ヘイトを吸収できるから、久遠がヨモミチボシと共にいて桔梗と寧々を味方だと認識できていれば、桔梗と寧々がお互いに向けた憎悪ヘイトはヨモミチボシのエネルギーに変換される。


 その変換の過程で発せられる憎悪ヘイトを暴食を司るヨモミチボシが喰らえば、久遠の感じるピリピリした空気が落ち着くので胃が楽になるという訳だ。


 ヤンデレな桔梗とヤンデレに寄りつつある寧々に挟まれる久遠からすれば、ヨモミチボシの存在は戦力とは別の点で頼りになるのである。


 最寄駅から電車に乗ったら、ヨモミチボシは通勤時の人の多さに驚いていた。


『人がぎゅうぎゅう詰めで狭い所にいれば、憎悪ヘイトがどんどん湧きますね。憎悪ヘイトが尽きないのは私にとって優しい世界ですよ』


 (その発想はなかったわ)


 ドラクールやリビングフォールンは通勤ラッシュの洗礼を受け、久遠のことを押すなと怒ったり人が多過ぎると不満を告げたが、ヨモミチボシ的には全然ありなようで久遠はそれを新鮮に感じた。


 会社ブリッジに到着して営業第一課の朝礼に参加した後は、寧々が研修動画の効果測定としてWebテストを受け、久遠は寧々がそれを解き終えた後に解説を行う。


 自分に振られた仕事も終えて丁度良いタイミングで昼休みを迎えられたから、久遠は寧々と共に昼食を取りにリフレッシュルームに向かう。


 その時、甲が2人に声をかけて来る。


「鬼灯さん、戦場さん、私もお昼をご一緒して良いですか? 今日はお弁当なんです」


「勿論です」


「はい。一緒に食べましょう」


 甲は寧々がこれから配属されるBチームのリーダーだから、久遠としては甲と寧々が交流する機会はあればあるだけ良いと思っている。


 寧々もこれから甲にお世話になるので、甲と話せる機会があることはプラスに捉えていた。


 リフレッシュルームで3人が座れるテーブルを見つけ、久遠達はそこに座る。


 仕事の話もしたが、3人の共通の話題と言えばUDSだ。


「話は変わりますけど、今週の水曜日はレンタルタワー攻略戦がありますよね。準備の方はどうですか?」


「ミニゲームで試した感じでは問題ないです。スケジュールはばっちり組んでありますから、定時で上がって万全の状態で挑めると思いますよ」


「私も今度は鬼灯さんに勝つべく調整してますよ。当日はまだ研修期間ですから、定時上がりで余裕を持って本番に挑めます」


「なるほど、そうなると私の参戦が一番危ぶまれますね。飛山から受け入れOKの話をいただけましたので、明後日の午後はインターン生受け入れの打ち合わせに行く予定なんです」


 先週は久遠と甲が株式会社飛山を訪問し、久遠の同級生である眞鍋と眞鍋の上司に対してインターン生の受け入れ提案をして来た。


 甲は今日の朝礼後に眞鍋から受け入れOKの連絡を貰い、実際にインターン生を受け入れるにあたっての打ち合わせをすることになったのだが、それが水曜日の午後からということだ。


 今度は甲だけが株式会社飛山に行く訳だが、打ち合わせの進捗次第で帰社後の業務量も変わって来るから、残業にならないように調整しないと甲はレンタルタワー攻略戦への参戦が怪しくなる。


 レンタルタワー攻略戦は水曜午後9時からであり、タワーの攻略時間で競うことになっている。


「私の業務が早く片付いた場合は甲さんの業務も手伝いますので、飛山での打ち合わせを頑張って下さい」


「わかりました。ありがとうございます。ところで、検証班で喋る従魔について1つ議論してることがありまして、鬼灯さんと戦場さんの意見を伺いたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」


 (喋る従魔か。デビーラが研究してるって言ってたけど、大罪武装を持つ7体の従魔以外に出て来るんだろうか?)


『私達以外にも喋る者が現れるのならば、それが味方なのかどうかという観点で気になりますね』


『味方なら良いけど敵対したら厄介だよね~』


『私にも妹分か弟分が現れるのでしょうか。楽しみです』


 ドラクールとリビングフォールンは警戒しており、ヨモミチボシは自分が大罪武装を持つ従魔としては最後に喋れるようになったから、自分の下に誰か来てほしいと末っ子のような意見を口にした。


 久遠や寧々と違い、甲は大罪武装を持つ従魔が現世に具現化できることを知らないから、その重大さをいまいち理解できていない。


 正確には久遠と桔梗、寧々、徹以外のプレイヤー全員が、現世に具現化できる従魔の重要性を知らない。


「喋る従魔に関する議論ですか。気にならないと言えば嘘になりますね」


「大罪武装以外で何か候補となるものがあるんですか?」


「検証班では虚飾と憂鬱を司る武装が現れるのではと考えております」


「八つの枢要罪ですね」


「流石は鬼灯さんです。七つの大罪と関連のある要素で考えれば、虚飾と憂鬱が挙げられるのではと検証班で仮説を立てております」


 甲がこの話を久遠と寧々にしたのはジョブホッパーから頼まれたからではなく、自身の判断によるものだ。


 仮に久遠達が喋る従魔を独占しようとしているならば、甲も検証班で立てた仮説について触れなかっただろう。


 しかし、喋る従魔のマスターは複数人いることから、久遠も寧々も独占しようと考えていないと思って甲は2人に意見を伺った訳だ。


 (虚飾と憂鬱についてはタナトスに聞いてみるか。<鏖殺侯爵(冥開)>になった今なら、その辺について聞けることも増えたかもしれないし)


 自分の意見を求められているなら述べるつもりはあるが、答えはデーモンズソフトが握っているので久遠は帰ってログインした時にタナトスから話を聞くことに決めた。


「絶対にそうだとは言い切れませんけど、可能性はあると思いますよ。デーモンズソフトがUDSで七つの大罪をモチーフとした仕掛けを用意した以上、八つの枢要罪にその仕掛けを派生しないとは言えません」


「そうですね。他のゲームとかでも七つの大罪に八つの枢要罪の要素が合流するケースもあったと思いますし」


「ちなみに、鬼灯さんは宵闇ヤミさんからその辺りって聞いてたりしないですよね?」


「あの人は何も聞かされてないみたいですよ。どうもデーモンズソフトはヤミの素のリアクションを求めてるようですから、専属VTuberになったとしてもあまり情報を開示されていないと聞いてます」


 これは本当のことで、悪魔がそこそこ働いているデーモンズソフトではドッキリや不意打ちのような悪戯をプレイヤーに仕掛けたいと考えている者が少なくなく、それはデーモンズソフトの専属VTuberになった宵闇ヤミも例外ではない。


 むしろ、専属VTuberという玩具を手に入れたからこそデーモンズソフトは更に悪戯を仕掛けようとしているのではないかとすら久遠は考えている。


 トップが久遠達の三角関係を見て楽しむパイモンなので、その可能性は否定できまい。


 昼休憩の時間がそろそろ終わるため、久遠達はリフレッシュルームを出て自身の席に戻った。


 午後もやるべき仕事をてきぱきと済ませ、久遠は本日分の研修を終えた寧々と一緒に退勤した。


 久遠が帰宅すると、桔梗がハグで出迎える。


「お帰り、久遠。久遠がいなくて寂しかったよ」


 (どんどんエスカレートするんだが)


 桔梗のスキンシップがカップルのそれになっており、断ると今朝の一件もあってヤンデレスイッチを押しかねないから久遠はとりあえず桔梗の気が済むまで好きにさせた。


『宵闇ヤミのヴァルキリーに対する憎悪ヘイトを感知しました。マスターからヴァルキリーの臭いを嗅ぎ取ったようですね。美味です』


 (ヨモミチボシ、マジでお前の肝は据わってるよ)


 久遠はヨモミチボシの声が聞こえて苦笑するしかなかった。

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