第109話 見せてやっても構わないが、我の知らない知識を所望する
翌日の水曜日の朝、
「おはよう、寧々さん」
「おはよう、久遠君。今朝のニュース見た? 茨城県の女性の変死の話」
「見た。あれは寧々さんの知り合いでもあるぞ。大暴投デッドボールフェスタを覚えてる? 亡くなったのはあの大会で決勝に残ったムリムラだよ」
「えっ…。久遠君、なんでムリムラがあの女性だって知ってるの?」
(驚くのはそこかよ)
知り合いが亡くなったということよりも、久遠がムリムラのリアルを知っていたことに驚くあたり、寧々も段々と桔梗に引っ張られているのかもしれない。
ムリムラの本名は
昨晩、村瀬の部屋から怪しい音が聞こえたということで通報があり、マンションの管理人が警察と共に突入したところ、VRゴーグルを着けた女性の白骨死体が見つかった。
歯の治療痕よりその死体が村瀬であることがわかり、東京の事件との関連性が疑われているというところまで報道されている。
「昨日、俺は宵闇ヤミのコラボ配信中にムリムラから奇襲された。その時にキャラロスト攻撃をムリムラが受けたから、独自の情報筋でムリムラが亡くなった女性だって知ったんだよ」
「ゲームが現実に影響するって昨日までは信じてなかったけど、私も信じるようになったよ」
「従魔が大罪武装を手に入れて喋っただけじゃなくて、ログアウトしたらカードが実体化したからか?」
「うん。やっぱり久遠君もそうなんだね」
自分に起きていることは久遠にも起きているのではと思い、寧々は久遠からその話を振ってもらえるような言い回しをした。
無論、久遠もその言い回しがわざとだとわかっているから、寧々に大罪武装を持つ従魔の話を斬り込んだ。
「寧々さんのどの従魔が大罪武装をゲットした?」
「ネクロノミコンだよ。
「もしかして、ネクロノミコンって人に化けられるアビリティを会得してる?」
「昨日会得したよ。よくわかったね」
話の途中だったが、歩いてブリッジまで来てしまったからこの話は中断するしかなかった。
久遠と寧々が話を再開できたのは昼休みに入ってからだった。
今日は業務の都合でいつもより1時間程昼休みに入るのが遅れたため、リフレッシュルームの席はガラガラだから2人はそこで持参した弁当を食べながら朝の話の続きを行う。
「久遠君はどの従魔が実体化したの?」
「ドラクールとリビングフォールンだ」
「え? 2体も実体化したの? 狡くない?」
「俺に言われても困るって。
誰も周りにおらず、監視カメラにも映らない席に座っていたから、久遠はテーブル下で掌の上にドラクールとリビングフォールンを召喚してからテーブルの上に2体を移動させた。
「わぁ、こうやってみると可愛いね」
「ヴァルキリーですか。マスター、彼女から強い力を感じます」
「ヴァルキリーだ~。マスター、この人からも宵闇ヤミと同じで雌の臭いがする~」
同じ報告という行為だとしても、着眼点が全然違って久遠は苦笑するしかなかった。
その一方、寧々はリビングフォールンの言葉を無視できなかった。
「私を宵闇ヤミと一緒にしないでほしいかな。私はあの自己顕示欲の塊と違って久遠君のことを下心なしに好きなったんだから。
リビングフォールンに反論した後、寧々はこちらも掌サイズのネクロノミコンを召喚した。
「前見た時のままだな。人化するとどうなるんだ?」
「見せてやっても構わないが、我の知らない知識を所望する」
召喚されたネクロノミコンは鬼童丸に対し、自分の人化した姿を見せる代わりに何か自分の知らない情報を教えてほしいと頼んだ。
喋れない頃はわからなかったが、どうやら知識欲の強い従魔らしい。
「ネクロノミコン、久遠君は私の将来の旦那さんなんだよ? そんなお願いをしちゃ駄目」
「むぅ、しかしだな」
「いや、将来の旦那じゃないんだが」
「なぬ?」
ネクロノミコンは寧々に弱いようだ。
ムッとする寧々に困った声を出したが、久遠が寧々の発言を訂正したことでネクロノミコンはそうなのかと疑問に思った。
これは駆け引きだと感じた久遠は、ネクロノミコンに対して更に話をする。
「すまん、社交辞令で訊いただけで実際はそこまで興味がなかったんだ。渋られるようなら無理に見たいとは思わないから」
「そんな言い方をすると寂しいではないか。どれ、人型になってやろう」
そう言ってネクロノミコンは【
ネクロノミコンはドラクールが【
ドラクールはネクロノミコンに敵意がある訳ではないから、ネクロノミコンに優しく声をかける。
「安心して下さい。私はマスターの味方に手を出しません。敵対するなら別ですが」
「なら良いのだが。主人、想い人は本人も従魔もすごい手強いぞ」
「わかってるってば。でも、絶対に私は久遠君に婚姻届のサインを書かせてみせる」
(行きつく先がカップルどころか夫婦なんだが)
そんな風に思った時、リフレッシュルームに他の社員が来たから久遠も寧々もドラクール達を送還して自身に同化させた。
ここでこれ以上ドラクール達の話はできないから、弁当も食べ終わったところで2人は自席に戻った。
午後の仕事が終わり、終業時刻を迎えて久遠が退勤する時に寧々も一緒に退勤する。
そして、ブリッジの最寄り駅で別れる時、寧々は伝え忘れていたことがあってポンと手を打った。
「そうだ、今週の土曜日に引っ越すの」
「へえ、会社の近くに引っ越すのか?」
「まあ、今よりは近くかな」
「どの辺り?」
「久遠君のマンションだよ。202号室に空きがあったから引っ越すことになったの」
(隣の部屋に寧々さんが引っ越して来る…だと…? これは波乱の気配しかしないんだが)
本当に偶然ではあるのだが、久遠と桔梗の住むマンションの部屋にはいくつか空きがあり、久遠の住む201号室の隣である202号室も子供の新学期に合わせて引っ越した家族がいるから、今は空きになっていたのだ。
そこに寧々が引っ越して来るというのだから、久遠としては桔梗と寧々が争う未来しか見えなかった。
『マスター、いざとなれば私がお守りいたしますのでご安心下さい』
(ドラクール、頼りにしてるよ)
『マスター、いざとなったら私が2人の前でマスターとイチャイチャしてマスターは私のものだってアピールするから安心してね』
(リビングフォールン、わざわざ煽るんじゃないよ。なんで火に油を注ぐんだ)
ドラクールの発言をとても頼もしく思う一方、リビングフォールンの発言からは愉悦勢の気配が感じ取れた。
「引っ越しの方はもう段取りばっちり?」
「勿論だよ。宵闇ヤミのせいで身の危険を感じたら、私の部屋にいつでも逃げ込んで来て良いからね」
「そんな時が来ないことを祈ってるよ」
久遠が身の危険を感じているということは、桔梗に監禁されそうになっているとか貞操を狙われているということだから、できればそんな時が来ないでほしいと久遠は思った訳である。
「安心して。定期的に久遠君の安否確認をしに行くから」
「まあ、獄先派のせいで物騒な世の中になって来たし、隣人が事情を理解してくれてるのはありがたいっちゃありがたいか」
「その話もあったね。久遠君、引っ越したら合鍵は渡しておくから何かあったら助けてね。私も助けに行くから」
「そうだな。いざとなったら頼む」
今後地獄から地球への干渉が激しくなることも考えられるので、隣に事情を分かっている人がいるとありがたいのは事実だ。
寧々と別れて久遠が帰宅すると、桔梗が久遠を笑顔で出迎える。
ところが、久遠の匂いを嗅いで桔梗の目からハイライトが消える。
「ねえ、なんで女の臭いがするのかな? かな?」
「落ち着いて。今は研修期間だから寧々さんと居る時間が長いんだ。それで匂いが移っただけだよ」
「久遠さんに群がる悪い虫は排除しないと」
「落ち着け。獄先派がなりふり構わなくなって来たんだ。味方を減らすようなことは止めるんだ」
「…わかった」
桔梗は久遠の言い分を否定できなかったため、この場では頷いておいた。
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