第67話 お前もう船降りろ
翌日の火曜日も久遠は仕事を終えて帰宅し、食事や身支度を済ませてからUDSに鬼童丸としてログインする。
都庁でログインしたのは午後7時40分であり、宵闇ヤミと集合の待ち合わせをしている時間までまだ10分余裕があった。
デイリー生産系クエストを終えて都庁に戻って来たら、フレンドリストで鬼童丸がログインしたとわかっているので宵闇ヤミが嬉しそうに待っていた。
「鬼童丸さん、こんばんは!」
「こんばんは。今日もご馳走様。美味しかったよ。ハートマークは止めてくれたけどLOVEって刻み海苔でデコったね?」
「それは禁止されてなかったもん」
「明日の弁当はそれも止めてほしいな。彼女を匂わせる弁当って本当に噂が立つの早いから。今日は部下だけじゃなくて上司にも彼女できたのかって訊かれたし」
これには宵闇ヤミもニッコリである。
鬼童丸に弁当を作る理由として、同棲するためのアピールであると同時に、外でも鬼童丸に誰も手を出せないように鬼童丸は自分のものだと弁当でアピールしているのだ。
「実は私もお母さんに彼氏ができたのねって喜ばれた」
「彼氏じゃないんだが?」
「今はね。だから、同窓会で会った再会した友達と仲良くなって、今の仕事を手伝ってもらってる代わりにお弁当作ってるって言ったらとても喜んで応援してくれたよ」
(おぉう、さては外堀から埋める気だな)
うっすら予想していたものの、鬼童丸は宵闇ヤミのやり方が予想通りだとわかって苦笑した。
宵闇ヤミの中身である桔梗の母からすれば、桔梗は前の会社で精神的に限界が来ていることを理解しているから、社会復帰の架け橋になっている自分を逃がしてなるものかと思っているに違いない。
その事情を察すれば苦笑しかできないのが正直なところである。
実際のところ、鬼童丸は現時点で7割ぐらいシェアハウスをしても良いと考えている。
自分も料理ができない訳ではないけれど、鬼童丸よりも桔梗の方が料理は上手だから胃袋を掴まれつつあるのだ。
それはそれとして、今日のコラボ配信の流れを簡単におさらいして午後8時の配信開始時刻を迎える。
「こんやみ~。ここ最近お弁当作りにハマってる悪魔系VTuber宵闇ヤミだよ〜。よろしくお願いいたしま~す」
その発言にコメント欄のヤミんちゅが匂わせかと次々に投稿するので、宵闇ヤミはチラチラと鬼童丸の方を見る。
鬼童丸はゲーム中に宵闇ヤミの配信を見ていないため、ヤミんちゅ達がどんなコメントをしているか知らない。
それゆえ、現在のコメント欄ではヤミんちゅが鬼童丸にアピールしてるんだと賑やかになっていることも当然知らない訳だ。
「じゃあ、鬼童丸さんからも挨拶をお願い」
「どうも、フレッシュゴーレムにラストアタックを決めて気分が良い鬼童丸だ。よろしく」
「あれはヤミもラストアタックを決めたかったな~」
「火力を上げろ、火力を。そうすれば次は可能性がある」
ヤミも掃除屋のアンデッドモンスターを使役してみたいから、鬼童丸に羨望の眼差しを向けた。
鬼童丸は接待プレイしなくても良いと言われているから、宵闇ヤミがラストアタックを決められるように現実的なアドバイスをした。
「と言われると思って火力を上げてみたんだ。
宵闇ヤミが召喚したのはアイドル衣装を着たスキュラゾンビだった。
「なるほど、グリキュラとラメントアイドルを
「そうだけど反応が淡泊過ぎ~。もっと驚いてよ~」
「そんなこと言われてもあんまり意外性がないから」
「こんなこともあろうかと思ってもう1体紹介するよ。
用意周到な宵闇ヤミが続いて召喚した従魔は、千の目を体に宿して1つの下半身に3つの上半身を生やした大型重装歩兵のアンデッドモンスターである。
ガラッと印象は変わったものの、
「おぉ、ビジュアルが変わったじゃん。素材はゲイザスとデッドトレントか?」
「ぐぬぬ、これでも驚いてもらえないなんて。でも、正解だよ」
残念ながら鬼童丸に派手なリアクションはしてもらえなかったけど、鬼童丸が自分の考えた
キュラソーもゲイザリオンもLv100が上限のモンスターであり、能力値は確かに大幅に上がった。
これならば宵闇ヤミも本気で掃除屋相手にラストアタックを決められそうである。
「あれ、宵闇さんって昨日の配信で称号変わったんだっけ?」
「変わったよ。<名誉三鷹市長>を獲得したから、<奮闘女男爵(文京・荒川・台東・墨田)>と統合されて<奮闘子爵(文京・荒川・台東・墨田・三鷹)>になったの」
「男爵の時は女男爵だったのに、子爵の時はそのままなんだな」
「だよね。ヤミもそのままなんだって最初にツッコんだよ。さて、今日は調布市に行くんだよね?」
「その通り。調布市はまだ統治されてないからな」
三鷹市まで転移魔法陣で移動した後、鬼童丸達は自動車に変形したフロストヴィークルに乗って調布市に移動した。
調布市には黒いスケルトンが溢れていた。
「ブラックスケルトン?」
「いや、ルーインドだそうだ。よく見ると目の形がブラックスケルトンと違って銀貨になってる」
「うーん、あっ、ほんとだー」
鬼童丸に指摘された部分をよく見たら、確かにルーインドの目が銀貨になっていたので宵闇ヤミもブラックスケルトンとルーインドの違いを理解できた。
「
「
移動中の今、フロストヴィークルと同等かそれ以上で移動できる従魔だけ召喚し、鬼童丸と宵闇ヤミは移動しながら戦闘をするつもりだ。
ルーインドの大群は【
「アビスライダーは【
「ワイローンは【
アビスライダーの【
それでもHPが残ってしまった敵には、グラッジイーターの「【
そうしていく内に通行の邪魔をするルーインドの大群は倒れていくのだが、カードにならずに黒い靄へと変わってしまう。
その靄の集まっていく先を辿って鬼童丸達が来た調布駅前の広場には、幽霊船の船長と呼ぶべき服装の害悪ネクロマンサーがブラックスカルシップに乗って待っていた。
鬼童丸と宵闇ヤミがフロストヴィークルから降りたら、害悪ネクロマンサーが不敵な笑みを浮かべる。
「ようこそ地獄の入り口へ! 俺の船出を祝いに来てくれたんだよなぁ!」
「お前もう船降りろ」
まだ乱戦モードは終わっていなかったから、鬼童丸はセットコマンドでドラピールには【
能力値の差はかなり開いており、ドラピールとアビスライダーの攻撃を喰らえばブラックスカルシップのHPが尽きて黒い靄に変換された。
その靄は害悪ネクロマンサーが握るヘルストーンに吸い込まれ、光り始めたヘルストーンは宙に浮かんで画面がストーリーモードに変わる。
(またヘルストーンを使われた。最近全然まともに回収できないんだが)
そんな風に鬼童丸が考えている間に、宙に浮かび上がったヘルストーンは調布市に残る黒い靄がもっと強力に吸い集めて激しく発光する。
鬼童丸と宵闇ヤミが目を開けるようになった時、ヘルストーンの消失と引き換えに地獄の門が現れた。
開いた地獄の門の中から骨だけになった海賊船の船長がゆっくりと姿を見せた。
そのアンデッドモンスターの名はキャプテンカルマであり、業の深さ故に地獄落ちした後でアンデッドモンスターになってしまった大昔の海賊である。
不安を煽るようなBGMが流れ出し、この場の空気が変わった。
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