八章 その名は愛

ほら 気がついてよ

あなたはいつも 愛の歌 包まれている



 突如として、その場に流れはじめた可憐なる歌声。

 気がつけば虚空のなかに、七色のスポットライトを浴びて唄い、踊る、ひとりの女性のシルエットが浮かびあがっていた。

 シルエットが唄い、踊り、その可憐なるダンスと歌声に乗って、神の鳥と化したヒーロー令嬢Zは宙を乱舞する。

 その身にまとう白い炎。聖なる愛の輝きが病み色の闇を晴らし、腐敗と堕落から生み出された戦闘員たちを打ち消していく。

 朝日がのぼると共に、この世の影という影がその姿を失い、消えていくかのように。

 その輝きを後押しするかのように、シルエットの女性の可憐な歌声が響きわたる。



たとえ 孤独に感じても ほら

まわりを見てよ

小さな鉢植えに植わったタイム パセリ バジル ローズマリー

生命の糧に加わる一匙のスパイス

疲れを癒す一杯のお茶

世界はいつだって まってくれている

生かしてくれている

そう 世界はいつだって 生命にあふれてる

生命の奏でる愛の歌 響いている

もし 傷ついた魂 心ふさいで聞こえないなら

精一杯の力で抱きしめて 口移しで聞かせてあげる

あなたはヒロイン!

令嬢おとめはいつでも世界のセンター

あなたはヒロイン

生命の奏でる愛の歌 包まれている

ほら 心開いて感じとってよ

涙のあふれる幸福感を感じられるよ

ほら 心開いて感じとってよ

わたしがずっと、一緒に聞くから



 可憐なるその歌声をバックに、神の鳥は飛翔をつづける。

 愛の輝きに包まれたその全身から白い炎がほとばしり、世界の腐敗と堕落とを打ち消していく。

 「おのれえっ、ヒーロー令嬢Zぉっ!」

 世界が愛の輝きに塗り替えられるその光景を目の当たりにして、底知れない怒りの声をあげたのは大首領。

 一〇〇の女の上半身が病み色の闇に染まり、ざんばらの長い髪が、その一本いっぽんが生あるヘビのようにぞわぞわと音を立ててもちあがる。

 禍々しい深紅に輝く瞳はまさに鬼火。怒りと共にもちあげられた両腕、その一〇本の指から伸びる爪は正しく怒りと憎悪の化身。大首領の怒りが、憎悪が増すほどに長く伸び、死神の鎌と化してくらく輝く。

 「許さん、ゆるさんぞ、ヒーロー令嬢Z! なぜ、きさまはそれほどに美しい⁉ なぜ、きさまだけが愛の輝きに包まれ、煌めいている⁉ なぜ、我はそうではない⁉ なぜ、我は暗く、濁っている⁉ 許さん、そんな不公平が許せるものかあっ! この手ですべて、打ち砕いてくれるわあっ!」

 極限の怒りが、

 果てしない憎悪が、

 世界をむしばむ毒素となって解き放たれる。

 それはまさに病魔。

 人の心を、

 星の内奥を、

 犯しつくし、腐敗させ、堕落の果てのおぞましい死へと追いやる苦界の賛歌。

 生と死、双方への冒涜。

 生命の循環を貶めるわざわい

 世界に向かって飛びちれば、二度と再びもとに戻ることのない永劫の苦しみに囚われる。そのおぞましき病魔たちを神の鳥の放つ白い炎が追いかけ、燃やしつくし、浄化する。

 それはまさに、病原体を食らう抗体。世界を冒そうとする病魔と、世界を守ろうとする愛の戦いだった。

 大首領の巨体が音を立ててもちあがった。

 激しい動きに無数の傷が大きく開き、大量の血膿がこぼれ落ちる。そのなかからムクムクと表われ出ずる異形の戦闘員たち。その戦闘員たちを焼きはらう愛の炎。

 しかし、焼きはらわれても、焼きはらわれても、戦闘員たちは生まれつづける。そしてまた、戦闘員が生まれても、生まれても、愛の炎はその端から焼き尽くしていく。

 切りも、際限もない、永劫につづくかと思われる戦い。

 そのなかでついに、ヒーロー令嬢Zと大首領は直接にぶつかりあった。

 神の鳥と化したヒーロー令嬢Zは可憐に宙を舞い、大首領はその輝きを自らの闇に呑み込まんと立ちはだかる。

 一〇〇の女の上半身が、いまや身長よりも長く伸びた爪をはやした両腕を掲げ、ヘビの群れのごとくに髪を逆立て、目には鬼火の輝きを宿して襲いかかる。

 ぶつかった。

 ヒーロー令嬢Zの愛の炎と。

 大首領の病み色の闇とが。

 勝敗――。

 それは、最初から明らかだった。

 ――あなたはひとり! でも、わたしには多くの人々の愛がある! あなたがいくら人と人の絆を否定し、壊そうとしても、決して壊されない絆がここにある!

 その思い。

 ヒーロー令嬢Zのその思いが愛の輝きとなって大首領を包みこむ。その力の前には大首領の病み色の闇とて無力。

 太陽がのぼれば、闇は消えるしかない。

 その単純な事実がその場で証明されていた。

 愛の輝きが大首領の全身を包みこみ、白い炎のなかで大首領の巨体が声もなく苦しみ、燃やされていく。

 宇宙最大の魔。

 限りない腐敗と究極の堕落。

 コンヤ・クゥ・ハッキ。

 その大首領。

 最後のときだった。


 …。

 ……。

 ………。

 …………。

 静かだった。

 戦いはすでに終わっていた。

 大首領が愛の輝きに焼き尽くされたとき、その身から生まれた分身である戦闘員たちもそのすべてが消えていた。

 切り札と呼ばれた大仏人・禍哭代かながわ崩壊童ほうかいどうJKの前に倒れ伏し、七人の婚約破人は侍令嬢の刃の前に露と消えた。

 そして、その他三名こと狼軽ろーかるけん三姉妹もまた、混戦のなかでいつの間にか、どこの誰とも知れない相手に殴り倒され、目をまわして昏倒こんとうしている。

 そんななか――。

 病み色の闇が振り払われ、愛の輝きに包まれた聖なる空間と化したその場所に、ひとりの令嬢おとめが倒れていた。

 歳の頃は一六、七。少女らしいしなやかな肢体を純白のウエディングドレスに包んだまま倒れている。

 その顔立ちはあくまでも繊細で、気を失い、両目を閉じている状態であっても愛らしく、美しいことがはっきりとわかった。

 「これは……」

 大仏人・禍哭代かながわを打ち倒し、本来の大きさに戻った崩壊童ほうかいどうJKが大地を揺らしながらやって来た。気を失ったままピクリとも動かない少女をそっと見下ろした。

 「大首領が焼きはらわれたあと、その灰のなかから表われたのよ」

 ヒーロー令嬢Zことそのなかの人、三枝さえぐさかおるがそう告げた。

 その言葉は声質こそ一〇代の少女のものであったけれど、口調の方は三〇代らしい落ちついたおとなのものだった。

 「恐らく、最後に残された大首領の心。その本心」

 「本心。ウエディングドレスに身を包んだこの少女こそが、大首領の望んだ姿。そう言うことか?」

 コクリ、と、かおる崩壊童ほうかいどうJKの言葉にうなずいた。

 かおるが、

 崩壊童ほうかいどうJKが、

 ほたるが、

 愛謝アイシャが、

 金夢キムが、

 望良ノーラが、

 侍令嬢・凜花リンファが、

 輪となって見守るなか――。

 ピクリ。

 と、ウエディングドレス姿の少女の身が動いた。

 目が開いた。

 その顔立ちにふさわしい、くっきりとした愛らしい瞳だった。

 少女は身を起こした。

 とまどったように自分の身を確かめた。

 腕を、

 脚を、

 自らの身を包む純白のウエディングドレスを。

 「……大首領」

 と、かおるは呼びかけた。

 大首領。

 もはや、そう呼ぶのは適切ではないだろう。その場にいたのは、一切の力を失ったひとりの少女に過ぎなかったのだから。

 しかし、いま、この場ではそう呼ぶしかなかった。

 「それがあなたの本心。望んだ姿。そういうことね?」

 「は、ははは……」

 少女は笑い出した。

 うつむき、肩を震わせながら。

 笑いながら涙をこぼしていた。

 「……そうだ。そのとおりだ。これが我の望み。かわいい花嫁となって、結婚して夫とふたり、赤い屋根の小さな家に住んで、イヌを飼い、子どもたちと暮らす。それが、それだけが我の望んだこと。

 はははははっ! わらうがいい! これが、コンヤ・クゥ・ハッキの正体! 裏切られても、うらぎられても、望みを捨てることもできず、いつかきっと、かわいい花嫁になれるときが来る……その思いを隠し、他人の幸福を呪いつづけた惨めな女。それが我だ、大首領だ! わらえ、わらうがいい! 好きなだけわらうがいい!」

 はあーはっはっはっはっ!

 少女自らのわらいの声が、愛の輝きに包まれた空間に響きわたる。

 声と共にあふれるものは涙。

 まぎれもない悲しみの涙。

 泣きながらわらうその姿を、

 かおるが、

 崩壊童ほうかいどうJKが、

 ほたるが、

 愛謝アイシャが、

 金夢キムが、

 望良ノーラが、

 それぞれの表情で黙って見つめている。

 少女の笑い声がやんだ。

 かおるをジッと見つめた。

 大きな目いっぱいに涙を溜めて、唇を噛みしめながら。くやしさに満ちたその表情は、この愛らしい姿の少女にはとうてい似つかわしくないものだった。

 かおるが動いた。

 少女に向かって。

 ウエディングドレスに包まれたその身を抱きしめた。そして――。

 自らの唇を少女の唇に重ねた。

 少女の目が驚きに見開かれ、見守るほたるたちが声にならない声をあげる。

 「……だいじょうぶ」

 かおるは少女の耳元にそっとささやいた。

 「その願いはあたしが叶える。あなたはあたしの花嫁になるのよ」

 「ほ、本当に……」

 少女がその身を震わせながら言った。かおるを見るその瞳も、その声も、体に劣らず震えている。

 「……本当に、あたしを嫁にもらってくれるの?」

 「ええ」

 「……裏切らない? 婚約破棄しない?」

 「絶対、しないわ。もう。この世界に婚約破棄なんて必要ないんだから。一緒に、愛の巣を築きましょう」

 「うっ……」

 少女がうつむいた。唇を噛みしめた。嗚咽おえつの声がもれた。しかし――。

 その声はもはや、先ほどまでの悲しみの声ではなかった。

 「うわあああ~ん! さびしかった、さびしかったよおっ! あたしのこと、いっぱい愛してえっ!」

 少女はかおるに抱きつき、泣きじゃくりながらそう叫んだ。

 かおるはそんな少女の身を精一杯の力で抱きかえした。

 「だいじょうぶ。もう、だいじょうぶよ。あたしがあなたを一生、愛するから」

 「花恋かれんさま、いえ、かおるさま!」

 愛謝アイシャが叫んだ。

 「わたしたちは、どうなるのですか? わたしたちのことは愛してくださらないのですか?」

 「花恋かれんさま。いえ、かおるさま。正直、いままではただ貴族の嫁になれればなんでもいいと思っていました。ですが、かおるさまのいまのお姿、愛情にあふれたそのお姿を見て思いました。この方と愛しあいたい! 一生かけて、本物の愛を育んでいきたいと。どうか、その思いを叶えてはくださいませんか?」

 と、金夢キム。両手を組み、切実な瞳で訴えかける。

 「わたしもです、かおるさま。いまこそ本当に、愛の絆を結びたく思います」

 望良ノーラもまた、金夢キムに劣らない切実な瞳で訴えかける。

 ニコリ、と、かおるは微笑んだ。少女を抱きしめたまま立ちあがった。晴れやかな笑顔で愛謝アイシャたち三人を見た。

 「ええ、もちろんよ。みんなまとめてあたしの嫁よ。五人で精一杯の愛の巣を築きましょう!」

 「かおるさまあっ!」

 愛謝アイシャが、

 金夢キムが、

 望良ノーラが、

 喜びの涙を流しながらかおるに抱きついた。


 気がつけば、その場には荘厳なる鐘の音が鳴りひびいていた。

 カリオストロ家の千のメイドがせっせと建立したチャペルがそびえ、その上の鐘が揺れている。

 それは、結婚式の式場。人々の祝福の声が響き、花吹雪が舞うなかを、ひとりの女夫おっとと四人の嫁がやってくる。

 女夫おっとたるかおるは格式高いモーニングにその身を包み、少女と愛謝アイシャたち三人はそれぞれに意匠を凝らしたウエディングドレスをまとっている。

 祝福の声と花吹雪を浴びる少女の表情はどこまでも嬉しそう。幸福そのもののその表情こそがこの愛らしい少女にはふさわしい。そう思い、安心させられる表情だった。

 「そう言えば……」

 と、かおるは少女に尋ねた。

 「あなたの名前は?」

 その問いに――。

 少女の表情が曇った。

 「名前は……ないの。ずっと、ずっと、大首領の心の奥底に隠されていたから」

 「……そう」

 かおるは優しくうなずいた。そして、言った。

 「それなら、あたしが名前を贈るわ」

 「名前? どんな名前?」

 「もちろん」

 かおるは微笑んだ。

 いま、このとき、この場で少女に贈るべき名前。

 それは、ひとつしかなかった。

 「あい

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