三章 さらわれた薫

 そうして胸を張って歩きだすと、まわりの空気が動きはじめたせいか、大気のなかに含まれる焼き菓子の香りが強くなった気がする。

 「う~ん、良い香り。おいしそう。なんだか、お腹が空いてきたなあ。どこかのカフェにでも入って……って、うん、それいいかも! カフェ巡りなんて、JKの休日の過ごし方っぽくない? そうと決まれば、さっそく手頃なお店に入って……」

 かおるはまわりの店をキョロキョロ見始める。

 「あんまり、オシャレなお店に入って注文の仕方がわからないと困るしなあ。なにしろ、あたし、お店って言ったらコンビニとスーパーぐらいしか入ったことないし。なるだけ、手軽そうなお店はっと……」

 他人が聞けば、あまりの不憫ふびんさに泣き出してしまいそうな内容を自覚もなしに言いながら、かおるは手軽そうな店を探しはじめた。

 歩いているうちに、妙に賑やかな一角を見つけた。

 一〇代から三〇代ぐらいまでの女子が大勢、集まっている。

 ――なんだろう? なにかのイベント?

 興味を引かれ、かおるも女子たちの一団に近づいた。一番、外側から背を精一杯に伸ばして確かめる。すると、三人組の女がなにやら演説めいたことを話しているようだった。

 「麗しき女子のみなっさ~ん。本日は皆さんにとびきりのお話をもってまいりました~。我が講習会に参加すれば、たちまち超優良物件の殿方に愛され、勝ち組人生まちがいなし! 我々と一緒に華麗なる人生を手に入れましょ~」

 「ですのよ、ですのよ。この機会を逃したら一生、後悔するのですのよ」

 「だす、だす」

 なんとも妖艶な雰囲気の――胸もお尻も大きい――二〇代後半とおぼしき美女が声高に訴えかけ――なにやら、親近感を感じてしまう――小柄で貧乳の三つ編みメガネ女子と、筋骨たくましい女子プロレスラーのようなふたりが相づちを打っている。

 ――なにかの講習会のお誘いみたいね。

 『殿方に愛され』という点には少々、心を引かれもしたが、

 ――まあ、あたしみたいな干物女には縁のない話だし。

 と、いまさら悲しむこともなく身を翻し、立ち去ろうとした。だが、

 「いまなら先着一〇〇名さまにかぎり、無料体験入門実施中~。お申し込みはいますぐ!」

 その声に――。

 群れなしていた女子たちが一斉に動いた。

 怒濤の勢いで主催者の女三人組に近づき、我先にと申し込む。

 かおるもその女子たちの流れに巻き込まれ、その気もないのに運ばれてしまう。ズラリ並んだ二〇〇頭のウマの背に乗せられた、巨大なゴンドラのなかに押し込まれてしまった。

 その場に並んでいた女子たちが全員、ゴンドラのなかに乗り込んだのを確認すると、主催者の女三人組はニンマリ笑って悪い笑顔を見合わせ、しっかりとドアを閉めた。

 それから、自分たちは運転席に飛び乗った。合図と共に二〇〇頭のウマたちが一斉に馬蹄の音を響かせ、走りはじめる。

 馬車ならぬ馬バスはそのまま街道を走りつづける。

 ゴンドラのなかはその場にいた女子たちでビッシリ。鮨詰めならぬ女子詰め状態。おかげでかおるは窒息しそうになってあっぷあっぷ。なんとか逃げ出そうともがいていたが、その動きも突然、とまる時が来た。ゴンドラのなかに突然、煙が満たされ、それを吸い込んだ女子たちが次々と昏倒こんとうしはじめたのだ。

 ――な、なにこれ……⁉

 異変に気づいたかおるはあわてて口をふさいだがもう遅い。意識はたちまち混濁こんだくし、無理やりに眠りの園へと連れて行かれる。

 ――ほた……る。

 その言葉を最後に――。

 かおるの意識は完全に途切れた。


 一方――。

 馬バスの運転席では主催者の女三人組が必死の形相を浮かべていた。

 「いいかい、なんとしても成功させるんだよ。今回の件には、あたしらだけでなく、我がコボルト一族全体の運命がかかっているんだからね」

 「わかっていますのですのよ、CBお姉さま」

 「だす、だす」

 (自称)コボルト一族の最精鋭にして希望の星、そして、コンヤ・クゥ・ハッキの恐るべき婚約破人たる狼軽ろーかるけん三姉妹は、互いの顔を見合わせ、決意を示しあわせた。

 長女のCBが真っ赤なマニキュアを塗った爪をかじりながら、なんとも悔しそうに呟いた。

 「忌々しいのはゴブリン族。あいつらだって、ちょっと前まではあたしらと同じ雑魚モンスターで日陰者だったくせに、いつの間にかスライム族と並ぶ魔物貴族に成りあがっちまって。おかげで、いまじゃどこの世界からも引っ張りだこ。女を襲っていい思いをしては、その報酬で豪邸ぶっ建てて、最高級ステーキを食って、葉巻をくゆらす毎日。

 あたしらだっていつまでも負けちゃいられない。なんとしても今回の件を成功させて、コボルト族の立場をあげて、白いご飯にたっぷりのカツオブシと醤油をかけたオマンマを腹いっぱい食える生活を手に入れるんだよ」

 「わかってますのですのよ、お姉さま。病気になったらその辺の草を食って治すような生活とは、これでオサラバですのよ」

 「その意気だよ。さあ、行くよ! あたしらコボルト族の豊かな未来に向かって!」

 「だす、だす!」

 こうして――。

 一〇〇人を超える令嬢おとめたちと、『白いご飯にたっぷりのカツオブシと醤油をかけたオマンマを腹いっぱい食べる』という壮大無比な野望を乗せて、二〇〇頭のウマによって運ばれる馬バスは走りつづけるのだった。

 明日に向かって。

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