六章 ヒーロー令嬢最大の危機
「どーするの、どーするの、どーするのよおっ⁉」
思わぬ展開に
まだ、ヒーロー令嬢への変身前とあっていつもの普段着。ボサボサ髪を三つ編みにして、瓶底メガネをかけ、ダボダボの衣服という格好である。
舞踏会会場の奥まった廊下。その壁の陰に隠れて、こっそり様子をうかがっている最中のことだった。
ちなみに、ふたりの後ろにはチアリーダーの衣装に身を包んだ千人のメイドが胸の谷間とヘソと、そして、太ももとを大胆に露出し、両手にボンボンをつけた格好で待機している。
「
「……たしかに」
と、
「これは少々、困りました。さすがは名にしおう侍令嬢。こんなことで涙を流すほど柔弱ではありませんでしたね」
「感心してる場合じゃないでょおっ! 見てよ、もう! 武器をもった軍人たちがどんどん集まってきてるじゃない。たったひとりの
ああ、
「……これは、困りました。歓声を浴びるべき立場のヒーロー令嬢が、歓声を送る側になってしまうとは。これはまさに、ヒーロー令嬢最大の危機」
「ああ、でも、次からつぎへとどんどん出てくるじゃない! これじゃキリがないわよ、なんで、舞踏会の会場にあんな大勢の軍人が待機してるのよ⁉」
「当然です。あのものたちは軍人に変装した、コンヤ・クゥ・ハッキの戦闘員たちですから」
「ええ~、そうなのおっ⁉」
「そうです」
「じゃあ、なおさら大変じゃない! いくら
「『お姉さま』って……
本物の
「あんなすてきで、凜々しくて、カッコいい女性なんだから『お姉さま』でいいのよ!」
そう断言してから、両手をブンブン振りまわす。
「ああ、でも、どんどん出て来る! 大変、大変、大変! 早く助けに行かないと……!」
「ですが、まだ
「そんなのいいじゃない! 今日のところはそんなの飛ばして、早く助けに行こう!」
「駄目です!
『
このナレーションなしにヒーロー令嬢が表われることなど、視聴者が許してくれません」
「視聴者って誰よ⁉」
「わたしです」
「あんまりだあっ!」
天井を仰いで泣き出した。
ただし、いまは物陰に潜んでこっそり盗み見している身。そのことをわきまえ、普段よりもずっと小さな泣き声である。
ちなみに、その後ろでは、そろそろ待機しているのに飽きてきたのか、千のメイドたちがあくびなどしはじめている。
そのなかで
「……ですが、たしかに、このままにはしておけませんね。なんだか、あの方、メチャクチャ強くて片っ端から倒していますし。このままだとコンヤ・クゥ・ハッキの戦闘員全員、返り討ちにしてしまいそうです。そんなことになったらヒロイン交代。それは、わたしとしても困ります」
「あたしは大歓迎!」
「仕方ありません。ここは、少しばかり介入して涙を流してもらうとしましょう。反則ではありますが、視聴者にバレなければ問題ありません」
いったい、誰のことを言っているのか、『視聴者』というワードにこだわる
「なんでもいいから早くぅっ!」
行き先は侍令嬢、
次からつぎへと表われる軍人――その正体はコンヤ・クゥ・ハッキの戦闘員――相手に奮戦をつづける侍令嬢の後ろに回り込み、プリッとしたヒップにとまる。そして――。
カプッ、と、小さな音を立てて虫の口で侍令嬢のヒップに噛みついた。
「アウチ!」
いきなりの刺激に侍令嬢にあるまじき声を出し、飛びあがる。その拍子に凛々しさを極めた瞳から思わず涙がひとしすぐ。最上級のアラバスターのような肌の上を、涙はコロコロと転がりおちる。
その涙のはじき方はさすがの肌の張り。お肌の曲がり角に至った女性すべてがねたましさに発狂しそうな見事なものだった。
一粒の涙が頬を伝い、顎にいたり、そこから落ちる。
そのまま重力に引かれて落下して、床に落ちて冠の形にはじけて、消えた。
その人は必ず表われる。
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