四章 史上最凶のざまぁ
突然――。
会場中の灯りが落ちた。
一瞬のうちに、華やかにして
いきなりの暗転に、人々の間に広がるはとまどい――ではない。
期待。
そして、喜び。
知っているのだ。
このシリヲペンペル公国の人々も。
この暗闇こそは、その人の輝きが表われ出ずる予兆だということを。
そして、人々の喜びは現実のものとなる。暗闇を裂いて七色の光が走り、一点に集中する。そのなかに浮かびあがるは、光よりもなお輝かしいひとりの美少女。
おお、見よ!
大胆不敵に短いスカートから伸びた完全無欠の生足を惜しげもなく披露しながら、マイク片手に階段を降りてくる。その背後に、華麗に踊る千のバックダンサーを従えて。
どこの舞台でもセンターなのが当然
アイドルオーラ
世界を照らす
それは、
操る力、ヒロイン補正
無敵は美少女
愛を、夢を、携えやってくる
(可憐なスピン!)
(神鳥の舞!)
照らせよ、ヒーロー令嬢
沈黙したオーケストラにかわって鳴り響くはヒーロー令嬢の可憐な歌声。そろいの半被に鉢巻きをしめて、両手にペンライトと応援ウチワを握りしめた人々が声の限りに歓声をあげる。
「
腕を突きあげ、脚で床を踏みならし、感動の涙を
そして、人々の口から飛び出すはたったひとつの同じ言葉。
「
会場の灯りがつき、世界は
人々の叫びを、世界が推しまくる光を浴びて、ヒーロー令嬢、
「ヒーロー令嬢、
最強で無敵の決め台詞に、人々はもはや昇天。口から至福の笑みを浮かべる魂が抜け出し、天へと向かってのぼっていく。
このままでは大量殺人。
そうはさせじと千のメイドたちがせっせと昇天した魂を捕まえ、本人の口に押し戻す。あまりの数の多さにときどき、入れるべき体をまちがえている気もするが、まあその程度は許してもらおう。
メイドたちの奮闘をバックに
「汝の正体見たり、婚約破人! ヒーロー令嬢、ケガレナキアイ!」
叫びと共に
その光が消えたとき、そこにはもはや清純可憐な少女の姿はなかった。そこにいたのは――。
「オ、オオオオ、オーガ⁉」
そう。そこにいたのは、魁偉な肉体を革鎧に包んだ巨大なオーガ。鎧に施された繊細な
「いかにも。我、婚約破人、
巨大なオーガ――正体を表わしたコンヤ・クゥ・ハッキの誇る婚約破人、
ふっ、と、ヒーロー令嬢は笑って見せた。
「それにしても、今回は無駄足だったわね、婚約破人。コンヤ・クゥ・ハッキの目的は、婚約破棄を広めることによって人と人との信頼の絆を壊し、それによって生まれる混乱に乗じて世界征服を行うことのはず。なのに、そんなクズを狙うなんて。そんなやつが婚約破棄したところで、信頼の絆にかすり傷ひとつ、つくわけがないでしょう」
そいつに『信頼』も『信用』も一欠片もありはしないのだから。
ヒーロー令嬢はそう言って
そんな嘲笑さえ可憐に響くのがヒーロー令嬢、
「な、ななななな……」
事実を指摘されてうろたえる
「うむ、まさしく。大首領の命とあってやって来たが、知ればしるほどこの男、ろくでなしでな。こんなやつに婚約破棄させたところで我らの目的はなにひとつ叶わぬ。そこで、現場の判断によって、婚約破棄→ざまぁ展開とすることにした」
「あら。なかなか話のわかる婚約破人ね」
「このような
「な、なにを勝手なことをほざくか、この化け物め! 雄オーガの分際で、おれさまをだまして近づいたくせに……」
「誰が雄オーガだ!」
「我はれっきとした女子高生なり! オーガ王国随一の
「う、嘘つけ! お前のようないかつい女子高生がいてたまるかっ!」
しかし、
「鬼も一八、番茶も出花。花も恥じらう一八歳。趣味は
「すばらしい!」
喜びの声をあげたのはヒーロー令嬢、その人である。
「趣味が
「うむ。我が身を飾るは武人の
「ますますもってすばらしい! よろしい、婚約破人、
「かたじけない」
「ちょっとまてい!」
あまりと言えばあまりな展開に、
「なんだ、なんだ、なんなんだ、このわけのわからない展開は⁉」
「黙りなさい! JKは正義! JKはかわいい! JKに罪あるものはいない! すべての罪は
「そ、そんな……」
「ヒーロー令嬢よ。その
「あら、いいわね。今回は、わたしもあなたに助けられたことだし……」
「我に助けられた? どういうことだ?」
「あ、いえいえ、こっちのことで……」
おほほ、と、口元に手を当てて笑ってごまかす
「それでは、
「うむ」
「ちょ、ちょっとまて! わかっているのか、お前ら! おれさまはシリヲペンペルの、この国の
「もちろん、そう言っているのよ」
「そ、そんなことが許されると思っているのか⁉ そ、それに……そうだ、
「そんな心配はないわ。
「な、なに……?」
その先頭に立つひとりの美丈夫。その姿を見たときの
喜び。
幸甚。
心配。
それらの感情を一緒くたにした、それでもやはり、喜びの思い。
「
叫んだ。
駆けだした。
愛しい婚約者のもとへと。
「
男は愛する婚約者を抱き留めた。
両腕でしっかりと抱きしめた。
もう決して放さない!
百万の言葉を費やすよりも雄弁に、その思いを語る仕種だった。
「
「そのとおりだ。でも、
「
「そうだ。そして、
「ああ、
「愛してる、
ふたりは抱きあったまま熱烈な口付けを交わした。
愛しあうふたりの姿をスポットライトが照らし出し、吹きあれるは花びらの吹雪。そして、千のメイドによるコーラスがふたりを包み、祝福する。
ウットリと
「な、なんだ、なんだ、なんなんだ! よってたかって、おれさまひとりが悪者みたいに……」
「お前ひとりが悪者なんだ!」
その場に居並ぶ全員が、一斉にそう叫んだ。
「お、おのれ、勝手なことを……! おい、なにをしている、反逆だ、大逆だ、やつらを皆殺しにしろ!」
その声に応えるものはひとりもいない。
不審に思った
それがついに、爆発したのだ。
「よくも、いままでさんざん、好き勝手やってくれたな」
「だが、もう、我慢する必要もない。我が祖国を
「な、なんだ、なんだ、きさまら! おれさまは大公だぞ、この国の王さまだぞ。そのおれさまに逆らう気か⁉」
「黙れ! きさまなど大公でもなければ、王でもない!」
怒りの声が叫びとなって、
そんな
「これが、人々の思いよ、
「お、お尻ペンペンだとおっ!」
「喜ぶな、変態! ヒーロー令嬢、可憐なスピ~ン!」
「う、うおおおおおっ! なんだ、なんなんだ、この輝きはあ~! 体が、体が溶けるぅ~!」
相手の邪心を溶かす可憐なスピン。しかし、邪心しかない
その
「婚約破棄流活殺術! 破棄の正拳!」
巨大な拳が
「ヒーロー令嬢、か・ん・ど・り・の・舞い~!」
ヒーロー令嬢の可憐な姿が光に包まれ、一羽の聖なる鳥と化す。その鳥は可憐に飛翔し、吹き飛ばされた
「ぐきゃあああっ~!」
婚約破人にすら見捨てられた史上最凶のクズ男は悲鳴と共に壁に叩きつけられる。
「ふう」
と、
「今回ばかりは感謝するわ。婚約破人・
「こちらこそ願いを聞き届けていただき、感謝する。次に相まみえるときこそ、武人として堂々と勝負いたそう」
「ええ。あなた得意のお菓子、ラズベリーミルフィーユタルトのクランベリーソース添えもぜひ、ご馳走してちょうだい」
「承知した。今回の礼に、心を込めて作らせていただく」
「楽しみにしているわ」
「では、さらばだ」
「その……我はそれほどいかついか? 男に見えるほどに?」
その言葉に――。
それから、クスリと微笑んで見せた。
「いいえ。
言われて、
「……すてき」
あとに残ったものは全身を焼かれてチリチリになった髪をさらしたまま床で伸びている
それを見届け、ヒーロー令嬢は胸を張った。豊かな胸をブルン! と、揺らし、手にした扇子を広げて片目を閉じて、はじける笑顔で宣言した。
「いよっ! これにて一件落着ぅ~!」
「はああ~」
その夜――。
シリヲペンペルの名もない旅館の風呂場にて、ヒーロー令嬢、
「ああ~、今日は本当、良い仕事したわあ。満足、満足」
――
と、
そんな、満足いっぱい、幸せいっぱいな
「……ずいぶんと、嬉しそうですね。お嬢さま」
「そりゃあ、もちろん。こんな気持ちの良いお仕事は久しぶりだもの。史上最凶のクズ男を存分にぶちのめしてやれたし、
シリヲペンペル公国は今後、国をあげての大改革に乗り出すこととなった。
国民議会が結成され、シーホース王国の後見のもと、共和国として生まれ変わることになったのだ。
初代議長を務めるのは
「お前たちが被害を与えた結果だ! お前たち自身の働きで損害を賠償しろ!」
と言うわけである。
与えた被害の大きさを考えれば今後、解放されることは二度とない。一生、償いのために強制労働を課せられることとなる。
もちろん、
腐った空気と不衛生な生き物たちに満たされた地下水道。そこで働くものは例外なく肺をやられ、病に冒され、数年のうちに体を壊す。
当然、
「でもまあ、それこそ自業自得というものよね」
と、
「今回は本当、気持ちの良い決着だったわ」
「いいえ。まだ終わってはおりません」
「えっ?」
「
「ひどいです、
「薄情にも程があります! いますぐお背中、流しますわ!」
風呂場とあってもちろん全員、一糸まとわぬ生まれたままの姿。その姿のまま競って
「ア、
「わたしが呼びましたから」と、
「なんで、そんなことをぉっ!」
「このお話は、お嬢さまの泣き声で終わるのがお約束。お約束は守られなければなりません。お嬢さまご自身がそうおっしゃったではありませんか」
「そ、そんなあっ~!」
絶叫。
大泣き。
あふれる涙。
そんな
「さあ、
「だから、あたしはそんな趣味じゃな~い!」
響きわたるは
ここに無事、お約束は達成され、物語は終幕を迎えた。
「これにて、一件落着」
完
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