ミニスカヒーロー令嬢!

藍条森也

見参! ヒーロー令嬢!

一章 ヒーロー令嬢、その名は花恋!

 「沙綾さあや・マクシミリアン! きさまとの婚約をいま、この場にて破棄する!」

 荘厳そうごんな音楽が鳴り響き、きらびやかなドレスをまとった令嬢たちが集う舞踏ぶとうかい。数多くの貴族と名士が顔をそろえるその場においていま、非情な宣告せんこくが下された。

 「きさまは伯爵令嬢という立場をかさにきて、ここにいる可憐なる男爵令嬢、愛鈴まりん・カーナベルトをイジめ抜いた! そのことは同じ王立学院に通う生徒たちからも証言を得ている。きさまのような性根しょうねくさった女を我が妻として迎え入れることはできぬ。我、香音かのん・レンブレッドはきさまとの婚約を正式に破棄し、この愛鈴まりん・カーナベルト男爵令嬢を妻とする!」

 レンブレッド侯爵家次男、香音かのん朗々ろうろうたる宣告せんこく舞踏ぶとうかいの会場全体に響き渡る。その香音かのんによりそうのは愛鈴まりん・カーナベルト男爵令嬢。香音かのんの右腕に抱かれながら自分の両手をそっと公爵令息の胸に添え、ライトブラウンの長い髪に包まれた愛らしい顔にしかし、邪悪なまでの勝ち誇った表情を浮かべている。もちろん、とうの香音かのんには見られないように。

 そして、その後ろでは数人の見知った男たち、王立学園の同級生である貴族令息たちがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて見下している。

 ――やられた。わたしはおとしいれられたんだわ。

 突如とつじょとして婚約破棄を突きつけられた沙綾さあや・マクシミリアン、王立学園に通ういまだ一七歳の少女でしかない伯爵令嬢は自分の運命を悟った。

 愛鈴まりんを抱く香音かのん。その愛鈴まりんの表情。そして、その後ろに居並ぶ同級生たち。

 それを見れば、自分がどんな罠にはめられたかぐらいはいやでもわかる。

 ――わたしは愛鈴まりんさまをイジめたことなんてない。以前から香音かのんさまを狙っていた愛鈴まりんさまが、同級生たちをたぶらかし、嘘の証言をさせたんだわ。

 沙綾さあやはそのことを知っている。しかし、愛鈴まりんを信じきっている香音かのんにそんなことを言っても聞く耳をもたないだろう。反論すればするほど怒りを買い、不利な立場に追いやられることは目に見えている。

 ――レンブレッド侯爵家の怒りを買うわけにはいかない。わたしのみならず、マクシミリアン家そのものにまでるいが及んでしまう。それだけは避けなければ。わたしひとりが犠牲になれば……。

 この場でなにも言わずに引きさがれば、公衆の面前で悪事を暴露ばくろされ、婚約破棄された意地の悪い悪人令嬢として知られ、周囲からのさげすみの目で見られることになる。もう一生、日の当たる道を歩くことはできなくなるだろう。でも、それでも、

 ――大切なお父さまやお母さま、将来のある弟たちにまで害が及ぶよりはまし。そうよ。わたしひとりが我慢すれば……。

 自分ひとりが悪役となって引きさがれば、とりあえずは丸く収まる。大切な家や家族にまで被害が及ぶことは避けることができる。

 ――お父さまに事情を話し、マクシミリアン家から追放していただこう。そうすれば、少なくとも家族だけは無事でいられる……。

 今後の人生はきっと、ひどくみじめで悲惨ひさんなものになることだろう。それでも、家族のためなら我慢できる。受け入れられる。

 ――そうよ。わたしひとりが悪者になれば……。

 愛する家族のため、沙綾さあやはそう決意した。それでも――。

 悲しみで胸がいっぱいになるのはどうしようもない。思わず、一粒の涙がこぼれ落ちた。白いほおを伝って流れ落ち、床に当たって、砕けて、消えた。そのとき――。

 突然、会場の光が消えた。

 突如とつじょとして暗闇に閉ざされた会場に、集まった人々のとまどいと狼狽ろうばいの声が満ちた。そのなかに伸びやかな少女の歌声が響き渡る。


 ヒーロー令嬢

 ヒーロー令嬢

 素敵で無敵な ア・アアン~

 その名は

 その名は

 可憐な花恋かれん


 「こ、この歌声……! まさか……」

 暗闇に閉ざされた舞踏ぶとうかいの会場。そのなかにうろたえた香音かのん・レンブレッドの声が響いた。そして――。

 スポットライトが放たれ、会場へといたる階段の上に立つ、ひとりの人間の姿を照らし出した。

 大理石のようになめらかで、太陽のように光り輝く透明な肌。それとついを成すように長くたなびく漆黒の髪。少女らしくスリムでしなやか。そのくせ、出るところはしっかり出ている、しかし、決して強調しすぎてはいない絶妙のスタイル。その完璧な肢体を大胆きわまるミニスカドレスに包んだ絶世の美少女。

 すべての女子が憧れ、男という男が食い入るように見つめてしまう。

 まさに、そんな美少女だった。

 「やはり、きさまか! ヒーロー令嬢、花恋かれん・カリオストロ!」

 香音かのんの叫びに応じるように、花恋かれん・カリオストロはその美しい顔に不敵な笑みを浮かべた。その表情がいかにも生意気そうな少女の美貌びぼうによく似合う。

 花恋かれん・カリオストロは会場のざわめきを一身に浴びて、マイクを片手にスポットライトに包まれながら階段を降りてくる。居並ぶ楽団が音楽を鳴り響かせ、一〇〇のバックダンサーが背景で舞い踊る。

 そのなかを、美しい歌声を披露ひろうしながらヒーロー令嬢はやってくる。


 陰謀渦巻く宮廷で

 今宵こよい 令嬢おとめの涙が流れるならば

 合点承知!

 駆けつける

 令嬢おとめの幸せ願う心がある限り

 できないことなど ナイナナイナイ


 片目を閉じた蠱惑こわくてきな微笑でほおに指を当て、それから、人差し指を振ってみせる。その姿に居並ぶ令嬢たちが黄色い歓声をあげる。


 令嬢おとめの笑顔 曇らすやつら

 許さない

 素敵 無敵

 どこにも敵なし

 令嬢パンーチ

 愛あるお仕置き

 誰にも負けない

 令嬢キッーク

 ヒーロー令嬢

 ヒーロー令嬢

 素敵で無敵な ア・アアン~

 その名は

 その名は

 可憐な花恋かれん


 歌が終わると同時に再び会場に光が灯る。

 突然、光に満たされたことに出席者たちが目を覆うなか、ヒーロー令嬢、花恋かれん・カリオストロはミニスカートに包まれた生足をグワッと開き、仁王立ちになって指を突きつけ、宣言する。

 「ヒーロー令嬢、花恋かれん・カリオストロがいる限り、この世に令嬢おとめの涙は流れない!」

 その決め台詞に会場を埋め尽くす令嬢たちから一斉に黄色い歓声があがった。

 その歓声を浴びて、花恋かれん・カリオストロは気持ちよさそうに香音かのんに指を突きつけ、糾弾きゅうだんした。

 「香音かのん・レンブレッド侯爵令息! 罪なき令嬢おとめを泣かせる不埒ふらちな行い! たとえ、天が許しても、このヒーロー令嬢、花恋かれん・カリオストロが許さない!」

 「きゃあ~! 花恋かれんさま~」

 と、居並ぶ令嬢たちから失神寸前の叫びがあがる。香音かのん・レンブレッドによりそう愛鈴まりん・カーナベルト男爵令嬢さえも目をハートにして叫んでいる。

 「な、なにが『罪なき』だ! こいつが愛鈴まりんをイジめていたのはれっきとした事実で……」

 香音かのん愛鈴まりんをかばうようにして前に出ると、そう叫んだ。顔は青ざめ、足はガクガク震えている。虚勢きょせいであることは誰の目にも明らかだったが、愛する女性のために虚勢きょせいを張れるのは立派と言えたかも知れない。

 しかし、花恋かれんはそんな香音かのんをせせら笑った。

 「愚か。見え透いた策略にはまって、真に自分を愛してくれる婚約者を捨てるとは。お前に人に愛される資格はない!」

 「な、なに……?」

 「見よ! すでに調べはついている。これこそ、愛鈴まりん・カーナベルトがまわりの男たちを買収ばいしゅうし、嘘の証言をさせた証拠!」

 花恋かれんはそう叫びながら大量の紙面をバラまいた。舞踏ぶとうかいの会場に雪のように紙面が降りそそぎ、人々の手に渡った。その紙面を見る人々の表情が見るみるかわる。そのなかには、香音かのん・レンブレッドの姿もあった。

 そこには、愛鈴まりん・カーナベルトがあらゆる手を使って同級生の男子たちを買収ばいしゅうし、沙綾さあや・マクシミリアンをおとしいれようとした証拠が記されていた。

 「こ、これは……」

 紙面をみる香音かのんの顔が見るみる青ざめる。ワナワナと震える手で紙面を握っている。

 「愛鈴まりん、これはどういうことだ⁉ お前はおれを騙していたのか⁉」

 「くっ……。もはや、これまで! やっておしまい!」

 動かぬ証拠を突きつけられ、追い詰められた愛鈴まりん買収ばいしゅうした男たちをけしかけた。

 「くそっー! 協力したら、いいことしてくれるっていうから協力したのに……」

 「これで、おれたちも共犯だ。もう終わりだ!」

 「あのままなら、愛鈴まりんはまんまと侯爵令息の妻におさまって、おれたちも謝礼をたんまり受けとれるはずだったのに……ヒーロー令嬢、よくもよけいな真似を!」

 「おれたちはもう終わりだ! だが、ヒーロー令嬢! おれたちを破滅させてくれたお前だけは道連れにしてやる!」

 男たちは口々にそう叫び、花恋かれんに襲いかかる。だが――。

 「笑止! 恨み言は目先の利にとらわれ、悪事に荷担した自分自身に言うがいい!」

 とーう! と、ヒーロー令嬢、花恋かれん・マクシミリアンは声高くジャンプし、自分から男たちの前に降り立った。

 「ヒーロー令嬢、可憐なパーンチ!」

 「ヒーロー令嬢、可憐なキッーク!」

 「ヒーロー令嬢、可憐な真空反動三段ハリケーン!」

 声とともに花恋かれんの手足が嵐となって回転し、男たちを叩きのめす。

 すべての男がだらしなく床に這いつくばったころ、衛兵たちが駆けつけ、男たちとともに首謀者である愛鈴まりん・カーナベルト男爵令嬢と、まんまと利用され、貴族令嬢に恥をかかせた愚かな男、香音かのん・レンブレッドを連行していく。

 花恋かれんはそれを見届けると、長い髪を手ですいてたなびかせ、沙綾さあや・マクシミリアンに近づいた。

 「沙綾さあや……」

 「花恋かれんさま……」

 沙綾さあや香音かのんのことなど完全に忘れ去った表情で両手を組み、うっとりと花恋かれんを見つめている。それはまさに恋する乙女の表情。花恋かれんはそんな沙綾さあやの両手を、自分の手で優しく包み、さらに優しくささやきかけた。

 「よかったわ。あなたがあんな愚かな男と結婚して、不幸になる未来を防げて……」

 「花恋かれんさま……」

 「あんな男のことは忘れなさい。そして、あなたにふさわしい伴侶はんりょを見つけ、幸せになるのよ」

 そう言って、沙綾さあやほおにキスをする。沙綾さあやはたちまち昇天。棒のようにその場に倒れる。傷心の貴族令嬢を失神させておいて、花恋かれんはその場で天高くジャンプ。舞踏ぶとうかい会場の高所に設置された窓辺へと一足飛びに移動する。

 窓から夜の闇へと出て行く寸前、振り返り、可憐な唇に二本の指を添えて、投げキッス。可憐な令嬢キッスで居並ぶ令嬢たちをバッタバッタとなぎ倒し、夜の闇へと姿を消したのだった。

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