8 自覚、再びの返答②

 午後の六時二十分──つまり部活終了近くの時間になり、俺たち部員はコーチからの言葉を貰い、今日のまとめを共有していた。


「んじゃ、はい、終わり。今日は自主練する奴もなし、このまま解散だ。……はい、今日もお疲れさん」


 コーチの言葉に、


「「「「ありがとうございました! お疲れ様でした!」」」」


 全員で声を張り、頭を下げた。

 顧問にも頭を下げ、集まっていた俺たちは片付けのためにバラけていく。

 と、


「み、稔……」


 晶が挙動不審な感じで、友人二人に挟まれながらこっちに来た。


「なんだ? 帰るんだろ?」

「そ、そうなんだけど……」


 晶は目をうろうろさせ、


「い、一緒に帰りたいから……待ってていい……?」


 上目遣いの破壊力、やべぇな。


「……いいけど……大丈夫か?」

「え?」

「なんか様子変だぞお前。早めに帰って休んだほうが良いんじゃないか?」

「う、え、そ、れは、」

「それは大丈夫。ただ挙動不審なだけだから」


 飯田が言う。


「うん。なんの問題もない」


 根本ねもとも、頷きながらそう言う。

 二人ともが大丈夫と言うので、「……なら、いいけど」と俺は言い、


「でも、無理すんなよ。三人ともだ。ずっと床に座ってたろ。冷えてるはずだ。女性に冷えは大敵って聞くからな。じゃあ、俺は片付けしなきゃならないから」


 と言ってから、三人から離れていった。


 ◇


「……」

「……」

「……」

「……」


 で、これはどういう状況だろうか。

 片付けが終わり、いつものようにわちゃわちゃと、部員皆で固まって帰ろうとしたら。

 飯田に『ちょっと残って』と言われ、俺だけその輪から外された。そして、俺と女子三人だけが第二体育館の扉前に残るという構図が出来ている。

 怖いんだけど。これから何が起こるか分かりそうで分からなくて恐ろしいんだけど。


「ほら、晶、しっかりしな」

「頑張ってね」


 そして、晶を残し、飯田たちも帰っていく。


「……っ……」


 目の前の、俯き加減の晶の顔は真っ赤で、俺はそれを、自分の都合の良いように捉えてしまいそうになる。


「……」

「……」


 早くなにか言って欲しい。

 ……俺からなにか言うべきだろうか。


「……なあ」

「っ! は、はい!」


 晶は跳ねるように頭を上げ、ド緊張してると分かるその顔を俺に向けた。


「あー……これは、何待ちなんだ? 帰るんじゃないのか?」

「こ、こ、これはっ、……へ、返事、を……」

「……保留にしてた?」

「う、そ、そう、です……」


 晶はまた俯き、


「あの、ね……その、返事、なんだけど……」


 どっちだ。怖い。こんな晶を見たことがなくて、最高か最悪か読み取れない。

 ……一応、最悪を想定しとこう。傷を浅くするために。


「……」

「……」

「……………………す、好き、です……」


 ……。今のは、幻聴じゃないよな?


「……あき「す、好きです! 好きなの! 稔が好き! だから稔と付き合いたい!」……」


 幻聴ではないようだ。

 だけど、晶はぷるぷると震え、顔を下に向けたまま。


「あき、」

「好きです! 好き! 好きなんです! 稔のことが──」

「分かった! 分かったから! ちょっと落ち着け!」


 宥めようとして晶の両肩に手を置いたら、バッ! とその顔が上げられた。

 真っ赤な顔で潤んだ瞳の、晶の視線と俺のとがぶつかる。……可愛い。可愛く見えて仕方がない。

 いや、冷静になれ。本能のままに動こうとするな。


「……返事は、理解した。……なら、俺たちは、両想いってことでいいのか」

「りょ、両想い……」


 晶の顔がますます赤くなった。

 ああクソ、可愛い。


「抱きしめたい」

「えっ?!」

「え、あっ……なんでもない。忘れてくれ」


 晶から視線を外す。

 ……クソ、鎮まれ煩悩。


「…………抱きしめて、いいよ」

「……は?」


 その言葉に、晶へ顔を向けてしまう。

 そしたら、


「……」


 晶が、腕を広げて俺を見つめていた。


「……ホントに、するぞ」

「う、うん」

「いいんだな?」

「うん──ひゃっ……」


 晶の肩と腰の後ろへ腕を回し、抱き込むようにして抱きしめる。……少しして、晶の腕が俺の背中に回ってきて、抱きしめ返されたのが分かった。

 ……晶の体温を感じる。なんだろう。なんかすごく、多幸感がある。


「……晶、好きだ」

「ぅ、わ、私も、稔のこと、好き……」


 晶の声が、言葉が、脳内で何度も響く。


「……? 稔……?」


 嬉しい。好きと言われたことがとても嬉しい。


「え、う……っ、稔……!」


 想いが通じるって、こんなに幸せなことなのか。

 俺、今、世界で一番幸せなんじゃないか?


「……み、のる……! くる、し……!」

「……え? あっ、わ、悪い! 大丈夫か?!」


 慌てて体を離せば、晶はゼェハァ言いながら、地面にへたりと座り込んだ。


「稔……力、強いよ……手加減して……」

「わ、悪い。その、気を付ける……」


 俺もしゃがみ込み、


「どこか痛めたか? 大丈夫か?」

「それは……大丈夫、だと、思う……」


 晶の息は、少しずつもとに戻っていき、ちゃんと整うと、


「もー……潰れるかと思ったぁ……」

「悪かった……ごめん……」

「……稔」


 ジト目を向けられ、「ご、ごめんって……」と言ったら、


「お詫び、して」

「……お詫び……?」


 そしたら、晶の視線が逸れ、頬を赤くしながら、


「…………き、キス……してくれたら、許す……」


 ……はい?


「……したくない……?」

「なっ、いやっ、違っ! お、驚いて……!」

「……なら、して」


 晶は、赤い顔を俺に向け、寄せてきて、目を閉じる。

 ……お前、お前なぁ……! そんな恥ずかしそうに震えてキス待ち顔ってお前、俺を殺す気か?!

 つーかお詫びじゃねえよな?! むしろ褒美なんだが?!


「……っ、…………っ!」


 ……駄目だ、無理。可愛い。する。

 俺は顔を近寄せて、晶の唇に、キスをした。

 それはとても柔らかくて、晶の熱と震えがそこから伝わってきて、赤い顔が愛くるしくて。

 離し難かったけど、ずっとそのままで居たかったけど、理性を総動員して、口を離す。


「……」

「……」


 薄く開いた晶の目と、俺のそれが重なる。

 もう一回していいだろうか。……いや、そしたら理性が飛ぶ気がする。やめよう。


「……帰るか」


 立ち上がり、手を差し出す。

 晶は赤い顔のまま、俺の手を見つめ、


「……うん……」


 握り、立ち上がった。




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