6 昼から午後へ

 午前の授業が終わり、教室内がざわつき出す。俺はカバンから弁当を取り出し、晶のクラスに行こうとして、動きを止めた。

 ……あいつは、どうして俺と食べたいと思ってんだろうか。

 昨夜の『答えを保留にさせて』という晶の言葉によって、宙ぶらりんの立場になった俺は、午前の授業もなんだか上手く身に入らなかった。

 晶は、真面目で素直な性格をしてる。俺の気持ちに応えられないと言ったのも本音だろうし、俺が他の誰かと付き合うのを嫌がっているのも、恐らく本当の気持ちだろう。

 で、要するにそれが何を意味するのか? ということだ。

 キープしたい、とかいう意味ではないだろう。晶は、そういうクソみたいな思考は出来ない。誰にでもまっすぐであろうとする。


「……」


 希望的観測をしたくなる。本当は、もしかして、と。

 だがそれが違ったら、俺の心は今度こそ、昨日の比でなくバキバキの粉々に砕け散るだろう。


「稔、メシ行こうぜ」


 いつも昼をともにしてる友人たちが、動かないでいた俺の所にやって来た。


「……それなんだが……」

「稔ー? いるー?」


 本当マジなんでこのタイミングで来るかな。

 二人の友人に挟まれながら、晶はキョロキョロと教室内を見回し、「あ、いた」と言った。そして、躊躇いなく教室に入ってきて、一直線に俺の所にやってくる。

 で、俺の机の周りに居た友人たちに顔を向けると、


「あ、もしかして、稔とご飯食べる予定だった?」

「へ? え、あ、うん、そうだけど……?」

「じゃあみんなで一緒に食べる? 私のほうも、友達が一緒に食べるって言ってるし」

「???」

「晶、説明が全然足りない」

「え、そう?」


 不思議そうな顔をするな。

 俺は吐きたくなった溜め息を堪え、友人たちに説明をする。


「──で、俺たちと晶たちで一緒に食べないかってことだろ?」

「そうそう。さすが稔」


 満足気に頷くな。……で、友人たちを見れば、


「いいの? マジ?」


 その目が輝いている。……いつも男だけで食ってたもんな。


「いいと思うよ。あ、でも一応確認するね。ちょっと待ってて」


 晶はこちらがなにか言う前に行ってしまい、晶を待っていた友人たちに何事か話し、


「いいってー!」


 とこちらに向かって笑顔で手を振った。

 ホント、その笑顔マジ、本当になんなの?


 ◇


 俺たち四人と晶たち三人、合わせて七人の大所帯で、屋上の空いているスペースに座り、「いただきます」と、昼が始まる。


「ねえ稔」


 で、当然の如く、晶は俺の隣に座っている。

 俺は、晶がこの位置に座った意味を深く考えないようにした。


「なに」

「おかず、どれか食べさせて?」


 晶はそう言って、俺に向かって口を開けた。

 ……なんだ? また試練が始まったぞ?


「……。まず、どれが食べたいか言え」

「はえ? ……うーん……じゃあ、プチトマト」


 晶はそう言って、また口を開く。

 全くもって、自分の箸を使う気配がない。


「……」


 俺は心頭滅却して、プチトマトを箸でぶっ刺し、晶の口元に持っていった。


「んむ」


 晶はそれを、ぱくり、と食べ、もぐもぐと咀嚼する。

 ……本当に食べやがったよ、こいつ。


「ありがと。稔はどれ食べたい?」

「は?」

「お返し。どれが良い?」

「……じゃあ、等価交換でプチトマト」


 そう言って、箸を伸ばす。と、弁当が遠ざかった。


「ダメだよ? 私が食べさせるの。はい」


 晶は顔をニコニコさせて、プチトマトを箸で挟み、眼前に差し出してくる。


「……」


 公開処刑だ。


「……なあ、っ」


 話しかけようとして開いた口に、プチトマトを入れられる。……もう、どうしようもない。俺は晶の手を掴んで箸を引き抜くと、プチトマトを食べた。掴んだ晶の手も離す。

 ……友人たちからの視線が痛い。


「二人って付き合ってたっけ……?」

「……お前は仲間だと思ってたのに……」

「やっぱり幼馴染ってやつは……」

「恨めしい……」


 友人たちから、どす黒いオーラが出てきてるように錯覚する。


「やめろ。俺だって訳分かってねえんだぞ」

「えっ、今の分かんない?」


 晶が驚いた顔をする。


「あーんってやつだよ? 稔、知らない?」

「知ってる。そこじゃない」


 晶の友人の女子二人からも探るような視線を向けられている俺は、針の筵ってこういうことを言うんだろうかと思いながら、自分の弁当を食べ始めた。


 ◇


 そして、帰りのホームルームも終わり、部活へ向おうと教室を出た俺の所に、


「稔ー」


 晶がやって来た。そして、昼の女子二人も。


「あっちゃんと美来みくちゃんもね、見学したいって。良いかな?」

「……良いんじゃないか。ちゃんと許可貰えば」

「ん、分かった」


 こくりと頷いた晶を見てから、俺は歩き出す。


「えっ、あっ、待ってよー」


 その声に足を止めてしまったら、また、朝練のあとのように腕を掴まれた。


「一緒に行こうよ」


 左腕を掴まれた俺は、その柔らかさに意識を向けないようにして、なるべく冷静さを保とうと頑張る。


「……はぁ……別に、いいけど……」

「ねえ本田」


 その後ろから声が聞こえた。声の主は、晶が『あっちゃん』と呼ぶ、飯田朱音いいだあかね

 去年、飯田とは同じクラスだったので、知り合い程度ではある。


「なんだ?」

「昨日のアンタたちのやり取り、晶から聞いたんだけど」


 マジかよ。


「おおっとお? 稔を囲む女子が増えているぅ」

「なんかその言い方嫌だな吉野」


 振り向けば、吉野含む二年の部員が全員揃っていた。

 俺を入れると九人になる。


「中野さん本当に来るんだ?」


 宗太郎の言葉に、


「うん。あっちゃんと美来ちゃんも一緒だよ」

「まじかよ。こりゃあ頑張んねぇとなあ稔」

「だからなんかその言い方やめろ吉野」


 総勢十二名でぞろぞろと、第二体育館へ向かう。

 着いたら、晶たちは迷いなく部長のもとへ行き、話を通し、朝、晶が座っていたのと同じ場所へ座った。


「……一年が浮ついてんなぁ……」

「彼女いる一年いねぇの?」

「確かいない」

「そもそもウチ、彼女いんの三年だけだろ」


 二年の間でぼそぼそと交わされる会話。

 俺はそれに混ざることなく、更衣室へ向かう。


「いや、『俺、関係ありませんから』みたいな空気出すんじゃありませんよ」


 と、吉野が呆れた声で言いながら追いかけてきた。


「俺は巻き込まれている側だ。俺は悪くない」


 更衣室に入りながら、小声で言う。


「お前なぁ……中野さんのこと、諦められてねぇんだろ?」

「……」

「でさ、中野さんの心境に、お前の行動で何か変化が起きた訳だろ? チャンスじゃねえの?」


 俺は手早く着替えながら、


「……二度もフラれたくない」

「おお、臆病者」

「なんとでも言え」


 俺は更衣室を出て、部活の準備に取り掛かった。





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