第6話 弟子①
王都のリリーズ邸から、別邸──ぼくの家へと馬車で向かう最中に護衛騎士が緊張した声をだす。
刺客かと思ったら師匠が道の真ん中に立っている。
「坊ちゃん、危険です。身を乗り出さないでください」
「いや、知り合いだ。お前がまず落ち着いて馬車を止めろ」
護衛騎士に声をかけると、馬車が停まり、ゆっくりと降りた。
「……何をしてるんです?」
「おぉ、こんなところで奇遇だな?」
「いや、こんな奇遇はないでしょう」
嫌な予感がする。
とぼけたことを言いながら、待ち伏せするなんて、ロクなことじゃないだろう。
単純な話、ぼくに用なら呼び出せば済む話なのだ。
なにせ、ぼくはこの人に頭が上がらない。この人の弟子なのだから。
「まぁ、いいです。乗ってください。お送りしますよ」
「連れがいるんだが、かまわんか?」
師匠は歯を見せて笑う。
どこか威圧感があるのだが、ぼくではなくきっと護衛騎士に対してだな。
ふと、陰から二人。
一人は意外なことにフローレンス先生。
と、もう一人──オーバーサイズのローブマントのフードで顔と体型を隠したを小柄な人──おそらくは子供だ。
先生はニコニコと自身顔の横で手を振っている。
嫌な予感が止まらない。
「──先生と、その子も乗ってください。送りますよ」
嘆息して答えた。長い夜になりそうだった。
「まずはソナタ、おめでとう。夢の一歩が叶ったね」
と、馬車の中、ぼくの斜め前に座った先生が言う。
「ありがとうございます。開店はまだ先になりそうですが……中々に広く、いい店がが開けそうです」
「オウルで店を出すのなら、素材には事欠かないから、いいと思う。メインは何かをしっかり考えるといいわ」
「あくまでも予定ですが、主力はポーション類ですかね。まさか売れないことはないでしょう。現地の需要を見てから供給が薄いものをできたら。あとは色々とやりたいんですけど、できれば早いうちに魔導具を売りたいですね。高価いもは最初は厳しいでしょうから」
ぼくと先生の会話を、ぼくの正面でニヤついている師匠は無言でタバコに火をつけた。
紫煙を吐きだす師匠は。
実は困ったことになってね──と、ちっとも困っていない口調で言う。
「──ええ、ぼくは何をすればいいんで?」
と返した。
一瞬キョトンとした師匠はかっこいい獰猛な笑みを浮かべる。
「お前は、他の弟子やそこらの有象無象と違って話が早くていいな」
ご機嫌に紫煙を吐き出すと、タバコの先をぼくに向けて。
「店を出して一人前になるんだ。弟子をとれ」
「はァ……? 何を言い出すんで──」
ぼくに向けたタバコの先を、すっと横にずらす。
一緒に乗ってきた子どもの方へ。
オレンジ色に淡く光る先──つまりはぼくの隣に座る人物に視線を送ると、その子はゆっくりとフードを外した。
その白く小さな手が震えていた気がした。
「──っ」
そして、ぼくは息を呑んだ。
その子は十歳ぐらいの少女だった。透けるような白い肌。緑がかった青い──いや碧い瞳。
鮮やかで艶のある金色の髪。そして──長い耳。
「エルフ……ですか……」
「私はエルフじゃない。ニンゲンだっ」
少女が叫ぶと師匠は紫煙を吐き出しながら呟いた。
「見た目だけ、な」
それは、ぼくに向けた言葉だった。
「まぁ、いい。自己紹介──いや、名前ぐらいは名乗れ」
少女は不機嫌そうに「ルレイア」と答えた。
ぶっきらぼうで、警戒心全開な様子を見て、猫のようだと思った。
「実は知り合いのエルフから頼まれてね。この見た目で、実際に血を引いてはいるんだが正確には違う……らしい。わたしもよくわからんのだが」
と前置きをした師匠はもしかすると本当に困っていたのかもしれない。
「エルフが、いや、これは他の種族──いや、同族でも、違いに対しては排他的なのはわかるか?」
「そりゃあ、なんとなくは」
同じ人間族でも肌や髪の色、言葉が違えば差別を生む。
まして獣人などは種族の特徴がもろに出ていて。住む場所が違いあまり共存しているイメージがなかったりする。
「ふむ、この子の場合はこの見た目でありながら素養無しだ」
頭を殴られた気がした。
ぼくの心臓が跳ねたのは、どこか怒りに似た感情かもしれない。
だから引き取ることにしたんだが──と師匠は続ける。
「──最低でも二年前のお前の成績ぐらいなければわたしの所ではやっていけない。有能なお前も苦労したろ?」
「それは──」
わかる。わかりすぎるほどだ。
学科でも実技でも、その分野で、ぼくは首席だった。
それがまるで足手まといだったから。
この人の所ではまるで通用しなかったから。
「だからこの女に預けたんだが、ね」
と、隣に座るフローレンス先生に向ける。
すっかりと短くなったタバコから指を放すと、ぼくと師匠の前にゆらゆらと浮かび上がった。
二本目に火をつけると、浮かび上がっていた方のタバコは一瞬で灰も残らず焼き尽くされた。
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