第5話 王都に帰還


オウルから王都へと戻ってきた。

オウルを出てから未だ半月も経っていないのは、実家のあるリリーズ領に寄らずに通り過ぎたからだ。


日が沈む前に王都に着けたのは運が良かった。


今は王都にあるリリーズ家で兄のつけた護衛騎士たちと報告に行った帰りである。

引っ越しの際の荷馬車の手配は快く引き受けてくれた兄上だったが、今後は護衛騎士はいらないと言ったところ真顔で叱られてしまった。


「──それは、つまり、ソナタに何かあった場合、わたしに後悔して欲しいと思っているのか?」


普段はニコニコと優しいが、さすがリリーズ家の次期当主であるというべきか。

一瞬で目つきが変わったもんな。普通に怖かった。


部屋を用意させるとの言われたが別邸──ぼくが学園に通う際に住んでいた家──

にいる使用人に準備させてしまったと夕飯のみ一緒にとって家をでることにした。


「あぁ、そうだ。オウルまではまた送らせよう。引っ越し用の荷馬車の手配もこちらでしておくから日にちを誰かに言づけるか直接言いに来なさい」


「ありがとうございます」


「それと、何かあったらすぐに連絡しなさい」


「兄上、気持ちはありがたいのですが、ぼくはもう成人したのですよ」


はぁ──と、ぼくの言葉に嘆息した兄は。


「──わたしもやや過保護だとは思うが、うちがお前を蔑ろにしていると判断されたら、出てくるのはアリア姉さまだと思いなさい。お前の意思など関係なく問答無用で引っ張られるよ。ソナタはそれが望みかい?」


そう言われて、ぼくは、声にならないうめき声にも似た返事をしたのだった。

リリーズ家の第一子であるアリアはリリーズ家の長女で、今は他領に嫁いでいる。

とある侯爵家の正室で、下手をすれば次期当主である兄のレガートよりも権力が上かもしれない。


ぼくたち兄弟の中では、恐らく一番貴族らしく、一番怖いひと。

歳の離れた弟のぼくを溺愛している人でもある。


「レガート兄さま、くれぐれもお願いします」


「わかっているさ。ただし、生活が安定するまでは貴族籍は抜かないよ。それもまた約束だからね」


リリーズ家の次期当主がレガート兄さまで本当に良かったと思う。

というか、他に兄が二人いるが、二人がかりでもアリア姉さまには勝てないと思う。次男であるフーガ兄さまにいたってはただの脳筋野生児だし。


すっかりと日は沈み夜である。

王都のリリーズ邸から馬車で別邸に向かっている。


ぼくが王都に帰ってきたことは別邸にいる使用人に連絡がいっている。

そこから師匠と先生にも言伝を頼んでおいた。


近日中に挨拶に伺うから都合のいい日を教えて欲しい、と。


別邸にあるぼくの”ラボ”から引っ越しの際に持っていくものを選ばなきゃならないな。

ぼんやりとそんなことを考えていた。


ぼくが個人的にラボと呼んでいるのだが、実際はただの離れである。


別邸の庭の隅に建てた半球型の小さな小屋で、研究室や実験室、あるいは開発室といった役割の場所。

兄からは好きにしていいと言われた別邸だが、扱うものによっては毒素が出たり、火が出たり爆発したりとする可能性があるため庭に作ったのだ。


師匠のところにも工房──ぼくの作業場があるけれど、指定されたものを指定された期限に納めればいいとのことで、たまにここで作ったりしている。

さすがに設備は師匠のところの工房の方が上だが、ここはぼくの原点──始まりの場所と言える。


ぼくが引っ越したあと、ラボは取り壊して庭に戻すのだろうか。

そう思うとなんだか寂しいものだな。


最後に何かを作ったら掃除をしよう。

そう決めた。


手帳を取り出すとページをめくる。

学園に入学した頃にフローレンス先生に勧められた手帳である。

一種の魔導具扱いで魔力がキーになって開くことのできる手帳。


砂色の革製で分厚いそれの中身は、もうほとんど埋まっている。

魔導具のアイデアや薬品のレシピ、師匠に教わったことなど学生時代から使い続けてきたからだ。


店を始めるのだから手帳を新調しようか。

次は革の色を変えよう。


毎日触るからか手垢で汚れてがついて”味”が出ていてかっこよくはあるが。

ちょっと背伸びして大人な感ジがいいかもなぁ。


あぁ、この時間はいい。

あぁ、この時間がいい。


さぁ、何を作ろうか、と考えている時はとても楽しい。


「──坊ちゃん、落ち着いて下さい」


護衛騎士の一人の緊張した硬い声。


「決して馬車からは出ないでください」


「……何事だ?」


「誰かが道をふさいで立っています」


「敵──刺客みたいなもんか?」


「わかりません」


「ふむ」と答えて身を乗り出して前を見た。

それは、敵や刺客じゃなく、ぼくの師匠だった。


あぁ、ある意味で脅威にかわりないか。

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