第17話
絵のモデル……。
そう聞いて、俺は少しだけ納得するところがあった。
以前から俺はグレイスに絡みつくような意味深な視線を向けられて、不思議に思っていたのだ。
どうやら、俺は彼にとっては被写体だったようだ。
それにエドワードもアニメの登場人物だったからか、中性的な整った顔をしていた。もっとヨーロッパの美術館にあるような筋肉隆々の男性でなくてもいいのかという疑問はあるが、描きたいというのなら別に引き受けても問題なさそうだと思った。
「まぁ、いいけど……俺、モデル経験ないよ」
正直、あの内容を全て二人で調べていたら、時間がいくらあっても足りないし、アレクにも迷惑をかける。
それに早く終わらせてガラードとの約束を果たしたい。
「ご心配なく、エドワード様は上着だけ脱いで、その椅子に座ってくだされば結構です」
「わかった」
俺が返事をすると、アレクが「では私はここで内容をまとめよう」と言ってくれた。俺は慌てて「俺もまとめる」と言ったが「モデルを引き受けてくれるんだ、気にするな」と言ってくれた。
結局俺は何もせずに椅子に座ることにしたのだった。
俺がここに座って、どれほどの時間が過ぎたのだろうか?
庭からは鳥の鳴き声が聞こえ、窓の外にはエントランスに飾られていた絵画に描かれていたような場所にそっくりな庭園が広がっていた。
何もせずにぼんやりと外を眺める穏やかな時間。
俺はほとんど無意識に口を開いた。
「庭……キレイだな……」
するとカタンと音がして、視線をグレイスに向けた。
グレイスは、驚いた顔で俺を見ていた。
「何? どうした?」
グレイスに語り掛けると、グレイスがはっとしたように床に落ちた画材を拾い上げた後に口を開いた。
「いえ……そういえば私も、以前はそう思って筆を持っていたと……思い出しました」
「以前は? 今は違うのか?」
思わず気になった言葉を口にするとグレイスが眉を寄せた。
「そうですね……今は……求められる物を描こうと思い……ですが、求められるものを描こうと思うと、苦しくなり筆が止まり……」
そこまで言うと、グレイスが泣きそうな顔をした。
そして声を震わせながら話を続けた。
「エドワード様がエントランスの絵を見て、『この絵が描きたかったのか?』と聞かれた時、私は心臓を掴まれたように思えるほど胸が痛くなりました。そして、その後私の描きたいものは何だ、と考え……あなたが描きたくなったのです。久しぶりに描かずにはいられなくて何枚も描きました。でも、私の記憶のあなたを絵にすると、どれも本物のあたなには程遠く……ここ数日、ずっと本物のあなたに焦がれておりました」
随分と熱烈な告白のようだ……と思った。
俺は絵には詳しくないのでわからないが、グレイスの瞳に力が宿り、とても生き生きとしていることはわかる。
「その……そんな風に言って貰えるのは……嬉しいかも……ありがとう。俺でよければ……好きなだけ、どうぞ?」
恥ずかしくて、顔を下げていたがあまりにも反応がないので顔を上げると、グレイスだけではなく、アレクまで俺を見つめて微動だにしなかった。
そして俺が「お~~い」と言うと、はっとしたアレクが口を開いた。
「グレイス、その絵が完成したら画商には渡さずに我が家に保管しよう」
「むしろ、私のアトリエにずっと飾っておきたいです」
グレイスも決意ある目で俺を見ながら言った。
そんな話をしていると、開いていた窓から正午を告げる鐘の音が聞こえてきた。
アレクの屋敷は教会からほど近いようので音がよく聞こえる。
「ああ、そろそろ昼食を……」
アレクがそう言った時だった。
アトリエの扉がノックされて、侍女が焦った様子で声をかけた「ゲイル様がお見えです。あの、すでにこちらにいらっしゃっておいでです」と声をかけた。
「ゲイル様が!?」
アレクが驚いて、アトリエの扉を開けると「失礼する」と言ってガラードが入って来た。
「エドワード、迎えに来た……そんなところで無防備にシャツだけなど、エドワードの可憐な物が見えるかもしれないだろう!? 早くベストなどを……」
そこまで言って、ガラードはふとグレイスのキャンパスを見つめて数秒間、石のように固まった後に声を上げた。
「これは!! もしかして、エドワードを描いているのか? しかも……こんな色気の溢れた表情を……どうやってこんな姿を!!」
色気の溢れた!?
俺はぼんやりと外を眺めていただけですが!?
それともグレイスは別人を描いたのか?
俺はガラードの言葉に混乱し、一方ガラードはグレイスの肩を掴みながら言った。
「画家殿。なんだ、このとんでもない絵は!! ぜひともこの絵を私に売ってくれ!! 言い値で構わない!! できれば、もっと露出の高い絵もお願いしたいが……」
「はぁ~~?? ちょっと何言ってるんですか、ガラード!!」
俺は思わず、おかしな声を上げてしまったのだった。
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