第16話
エドワードから手紙を預かったアレクは、ガラードたちのクラスに向かった。
「アレク様、どうされたのですか?」
アレクは教室に着く前に、
「これはソフィア嬢、実は……」
アレクは周囲に聞こえないように小声で言った。
「エドワードからの手紙を預かって来ました。明日、午後からお会いしたいという内容です」
アレクの言葉を聞いて、ソフィアは眉を下げながら言った。
「そう……ですか……、アレク様。そちらのお手紙は私が預かってもよろしいでしょうか? 学園で渡すよりも屋敷で渡した方がいいと思います」
ガラードは、『休日にエドワードに会える』とそれだけを糧に日々学園での生活を送っていた。普段以上に生徒たちと交流して、エドワードから目を逸らそうと必死だった。
(朝から迎えに行くと言っていたけれど……午後からでもお会いできればいいわよね)
「では、ソフィア嬢。よろしくお願いいたします」
「はい」
アレクは、ガラードではなくソフィアに手紙を渡したのだった。
◇
その日の夜。ソフィアは夕食が終わると、ガラードの部屋を訪ねて愕然とした。
「え?」
ガラードの部屋はこれまで執務机だけが置いてあるだけだった。
ところが部屋の中央には大き目のソファやテーブル、壁には本棚、冷たい印象だった磨かれた大理石の床にはふかふかの絨毯が敷いてある。
しかも、ソファには触り心地のようさそうなクッションまであった。
ソフィアが言葉を失うほど、部屋の中が激変していたのだ。
「ああ、姉上。どうされました?」
ガラードは上機嫌で迎えてくれた。
「随分と、お部屋が変わりましたわね……」
ソフィアが驚きながら言うと、ガラードは当たり前だというように言った。
「当然です。明日から休みの日は一日中エドワードと過ごすのですから、快適な空間を用意する必要があります」
「エドワード様のため……」
(初めて出来たご友人を迎えることが嬉しくて仕方ないのね……でも、こんなに楽しみにしているなんて、やはり学園で渡さなくて正解だったわ)
ソフィアは息を吐くと、ガラードに手紙を差し出した。
「なんです?」
「エドワード様からの手紙よ」
ガラードは大きく目を開けて手紙を受け取った。
「なぜ? もしかして、エドワードの家から使いが来たのですか?」
「いえ、学園で預かったの」
ソフィアの言葉を聞いた瞬間、ガラードが冷え切った視線を向けた。
「もしかして……私が必死にエドワードに会うの我慢しているのに、姉上は彼に会ったのですか?」
「いえ、私がお会いしたのはアレク様よ。きっと、エドワード様に気を遣って代わりに届けて下さったのだと思うわ」
ガラードは心底気に入らないというように低い声で言った。
「ああ……いつもエドワードにべったりとくっつく……本当に忌々しい」
「アレク様はエドワード様をお守りして下さっているのよ? そんな言い方ってないわ」
「とにかく、エドワードからの手紙を届けて下さったことは感謝します」
そう言って、ガラードは嬉しそうにペーパーナイフで封筒を開けた。
するとガラードの表情がみるみるうちに暗くなっていった。
「休みの日まであいつと!! 私と先に約束していたのに!!」
ガラードは椅子から立ち上がったので、ソフィアは慌てて声をかけた。
「ガラード、午後からはお会いできるのでしょう? エドワード様はしっかりと勉学に励まれたいとおっしゃっているのよ? 邪魔をしてはなりません。ですが……そうですね。夕食をご一緒にとお誘いしてはいかがですか?」
なんとかガラードを落ち着かせようと必死だったソフィアの言葉に、ガラードがはっとしたように顔を上げた。
「姉上、素晴らしい考えです。そうですね。むしろ、夕食をゆっくりと楽しんでもらうために、泊まってもらいましょう」
ガラードの言葉にソフィアが嬉しそうに頷いた。
「それは素晴らしいわ。食後に三人でゆっくりとボードゲームに興じるのも楽しそうだわ」
「早速、レンディ伯爵家に使いを出します」
「夜分ではご迷惑よ。明日の朝にしましょう」
「わかりました」
こうしてエドワード不在の中、エドワードはガラードの家に泊まることが決まったのだったが、その時のエドワードはまだ何も知らなかったのだった。
◇
休日の朝、俺は早く課題を終わらせてガラードとの約束を果たすために、朝食を終えるとすぐに、クライス伯爵家に向かった。
「エドワード、待っていた」
クライス伯爵家に到着すると、アレクが出迎えてくれた。
「こんな朝早くからごめん、今日は頼む」
アレクは少し困ったように言った。
「ああ。エドワード。画家は……少々変わり者なんだ」
「へ? あの、俺たちの手伝いとか頼んでも大丈夫なのか? すごく気を悪くしてるんじゃ……」
変わり者の画家……もしかして課題を手伝ってもらうなんて、かなり迷惑ではないだろうか?
「いや、手伝うことは二つ返事で引き受けてくれた」
「あ、そうなんだ。それはよかった」
では、アレクは何を心配しているのだろうか?
「何を言い出すかわからないんだ。とにかく案内するよ」
「ありがとう」
どんな人物か、わからないが会ってみなければわからない。
俺はとりあえず、画家が待つというアトリエに向かった。
アトリエに着くと、アレクが「入るぞ」と言った。すると中から聞いたことのある声が聞こえた。
「はい、どうぞ、どうぞ~~」
かなり気さくな様子で、少しだけ安心して扉を開けると俺は思わず首を傾けた。
「あれ……?」
「ふふ、ようこそ、エドワード様。お待ちしておりました。嬉しいな~その顔、私のことを覚えてくれていますよね?」
そこには、以前クライス伯爵家で見た執事そっくりな人物が座っていた。
しかも……執事服を着ていた時は気づかなかったが、絵具がついた服を着ている今ならよくわかる。アニメで見た。
彼は……盗賊事件の引き金でもある画家のグレイス!?
驚く俺に、アレクが困ったように言った。
「紹介するよ。画家のグレイス。元々は先代の執事長の息子で家で執事見習いをしていたんだけど、彼の絵の評価が高くて……お抱えの画家になったんだ。でも人手が足りない時は、自分からすすんで執事も手伝ってくれている」
やっぱりグレイスだった!!
俺が初めて来た時、見たことがある……と思ったのはどうやらアニメでのことだったようだ。それにしてもアニメの再現率高いな……
ん? 待てよ? 画家のグレイス……盗賊団……?
あれ、俺、盗賊団に情報を流していた犯人を知っているかも……?
でも……犯人を追い詰めるための証拠とかはどうしよう……後で思い出せるかな?
グレイスの顔を見た途端に、様々なことを思い出して混乱していると、グレイスが真剣な顔で言った。
「エドワード様。昨日課題を見せてもらいました。私の勉強した内容ばかりですので、すべてのことに解答できますし、その解答も全て用意してございます」
「え? あの量をたった一日で!? 凄い!! ありがとう!!」
俺は盗賊団の件から、課題に頭を切り替えて返事をした。
「課題のお手伝いをする代わりに、私からもエドワード様にお願いがあります」
「……お願い?」
グレイスはにっこりと微笑むととんでもないことを言い放った。
「この課題の答えをお渡しする代わりに……私の絵のモデルになってくれませんか?」
……は?
俺は思わず思考が停止してしまったのだった。
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