最高のゆる悪役令息LIFE計画進行中?
藤芽りあ
第1話
穏やかな午後、俺はエドワード・レンディ として実に優雅な時間を過ごしていた。
「エドワード様、本日のおやつはオレンジスコーンですよ」
侍女のエミリーが、いい匂いのするオレンジスコーンを俺の前に出しながら言った。
「オレンジスコーンか、いいね~~。料理長のスコーン美味しいからな~~」
「お飲み物はいかがしましょうか?」
俺は、少し考えて答えた。
「そうだな~~紅茶というよりも、さっぱりとしたハーブティーがいいな」
「かしこまりました」
一日三回の栄養バランスの取れた食事に加えて、美味しい手作りおやつを、ゆっくりと整備された庭の花を楽しみながら堪能できる優雅な時間。
あ~~本当に、元社畜の俺にとって異世界ライフ、控え目に言っても――最高です!!
「はぁ~~美味しいな~~幸せだな~~」
俺は幸せを感じて思わず声を上げたのだった。
◇
俺は、元社畜のサラリーマン。名前は覚えていない。
覚えているいることはとても断片的だ。
・休みの日は疲労回復のためにひたすら寝貯め。
・食事は時間がなくて摂れないことも多かった。
・昔から女性運に恵まれない。気の強く人使いの荒い姉。傍若無人な妹に挟まれて二人に使われる奴隷のように育った。やっと出来た彼女は、暴力グセがあり俺はすっかり女性不信。
そんな俺は気が付けば、異世界に転生していた。
しかも姉と妹がハマりまくって、俺も強制的に見ていたアニメの登場人物悪役令息エドワード。黒い髪に藍色の瞳、そして小柄な体型。見た目は可愛い系なのにやることはなかなか苛烈なヒロインとヒーローの仲を深めるための当て馬。
俺……悪役令息のエドワードかよ……
転生したばかりの頃、俺はあまりの不運に落ち込んだ。
だが!!
実際に生活をしてみるとレンディ 伯爵家の次男とは最高だった。
平日は学園に行き、ゆるく学生生活を満喫。ただただ平和な日々。
そして休日はゆるく領地にいる父の代わりに王都での仕事をこなしている兄の手伝いをする、三食おやつ付きの快適な生活。
未だに女性は怖いが、周りは教育された侍女や貴族令嬢ばかりなのでみんな当たり障りのない対応をしてくれる。
俺、今、最高に幸せ!! 絶対悪役令息にはならない!! ヒロインとヒーローには近付かない!!
俺はいつしか悪役令息にならないと決め、この生活をずっと続けたいと思い始めてた。
そんなことを思っていた時だった。
「ああ、エド。ここにいたのか、私も一緒にいいかな?」
「もちろんです。どうぞ」
俺の兄、サミュエル・レンディが俺の前の席に座った。兄の髪は少し茶色に近い黒で目は俺と同じ藍色だ。
ちなみに兄のサミュエルは最高に優しい。俺は姉妹とは怖いものと記憶していたので、初めは警戒していたが、彼のあまりの優しさに『兄とはなんて素晴らしいものだ』と秒で懐柔された。
しかも彼は兄としてだけではなく上司としても最高だ。
わからないと言えば、根気強く説明してくれるし、出来たら褒めてくれる。
俺はこの最高の職場(兄の補佐)から離れたくない。俺は生涯、兄の側で働きたいと思うほど彼は理想の上司だ。
兄は侍女が用意してくれたお茶を一口飲んだ後にいつもの穏やかな調子で言った。
「そろそろエドも婚約者を決めるかい?」
「え?」
婚約者なんて、全く耳馴染みのない言葉を聞いて思わず固まってしまった。
「いくつかの家からお前を養子にして領主を任せたいと縁談の話が来ているんだ」
兄の手伝いをしていると、貴族というのは家同士の繋がりが重要だということは痛いほどわかる。
だから次男を養子に出して、ゆくゆくは領主にして繋がりを深くしたいという父親の気持ちもわかる。
だが、正直領主なんて気が重いし、なにより……
女の子……まだ怖いんだよな……
過去に彼女に物理的に痛い目に合わされていた俺はどうしても女性が怖かった。
「そんな悲しそうな顔をして、もしかして……エドは好きな人がいるのかい?」
「え?」
顔を上げると、とても嬉しそうな兄の顔が見えた。
もしかして結婚したくないと思っていたのが顔に出たのだろうか?
その顔を見て、兄は勘違いをしたのかもしれない。
兄は真剣な顔で言った。
「ふふふ、エドもお年頃だからね。お相手はどこのご令嬢だい? もし、エドに好きな人がいるのなら、私から父に縁談を待ってもらうように口添えをしよう」
俺に好きな人がいないといえば、見知らぬ令嬢と縁談するとこになってしまう。
こっちで貴族の縁談といえばほとんど結婚すると同義だ。
でも……好きな人がいると言えば……避けられる? でも咄嗟に名前を知っている令嬢なんて……
「……ソフィア嬢」
俺はつい、アニメでエドワードが狂ったほどに偏愛し、追いかけまわしていたヒロイン、ソフィアの名前を口にしていた。仕方ない。俺は彼女の名前くらいしか知らないのだ。
貴族の世界は案外狭い。好きだという令嬢の名前も知らないとなると『本当に好きなのか?』と疑われてしまう。兄は優しいが酷く聡い人物なのだ。
「ソフィア嬢……もしかして、ゲイル侯爵家のソフィア嬢かい?」
どうやら兄はソフィアを知っていたようで目を大きく開けながら言った。
「……はい」
思わず頷くと、兄が満面の笑みを浮かべながら言った。
「ああ、彼女ならきっと父上も大喜びだ。ゲイル侯爵家と繋がれるなら我が家の事業も安泰だ。しかもゲイル家は『結婚相手は子供たち自身に選ばせる』と公言しているからね。婚約者もいないはずだし……ってそんなこと、エドの方が詳しいか。縁談の件は私から父に伝えておこう」
俺は兄に頭を下げた。
「お願いいたします」
「進展がないようなら、遠慮なく言って欲しい。私も協力は惜しまない」
協力は惜しまない? 俺が何もしなければ、兄が動くってことか……それは面倒だな。
俺はソフィアを無視して生活することは不可能になってしまった。
兄はきっと私が何もしなければ心配して、彼女と接触する機会を作ってしまうはずだ。
ヒロインのソフィアはヒーローを選んで結婚するのだし……俺はアニメほど過激じゃなくても、ほどほどに彼女に近付いて、ヒーローとの仲を邪魔しない程度に悪役令息になってソフィアにフラれよう。そしてソフィアをつけまわしていたという男の称号を手に入れて、他の令嬢からの結婚の話が立ち消えるようにしよう。
俺はこの快適な生活を守るために、ヒロインとヒーローにゆるくちょっかいをかける悪役令息っぽく振舞うことにしたのだった。
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