第22話 先にお風呂に入るのはどちらでしょう?



 気がつけば鷹田たかだがバスルームで湯船にお湯を張り始めていた。


 夢乃ゆめのは急に緊張する。意識しているわけではないと自分にいい聞かせても、二人の想い出のある部屋だ。つい意識してしまう。


 ——べべべ、別に深い意味なんてないんだから! ただのお風呂だし!


 鷹田がバスルームから戻ってきて夢乃に声をかける。


「夢乃が先に入って」


「嫌ですよ。鷹田さんが先に入ってください」


「客が先に入るものだろ」


「……」


 夢乃はジト目で鷹田を見る。


「な、なんだよ、その目は」


「私が入った後のお風呂で変な事する気でしょう?」


「だっ、誰がするか!」


 鷹田が顔を赤くして否定する。実際に鷹田はまったくそんなことは考えてなかったし、単純にレディファーストの気分だった。


 結局、ややぶすっとした表情の鷹田が先に入った。





 夢乃が風呂から上がると、先に上がった鷹田がお酒も飲まず、ミネラルウォーターを口にしていた。


 ——いつもなら軽く何か飲んでるのに。


 夢乃は少し驚いた。


 それに気がついたのか、洗い立ての長い前髪の隙間から鷹田がこちらを見てくる。


 夢乃はそんな彼を見て、前髪を下ろした姿も好きだったな、と思い出す。


「どうした?」


「お酒、飲まないんですか?」


「……薬を飲んでるからな」


 グリーンの清々すがすがしい色の瓶からグラスにミネラルウォーターを注ぎながら、ぶっきらぼうに答える鷹田を夢乃は思わずほめてしまった。


「すごいですね。ちゃんと身体をいたわってるんですね」


「う……ん……」


 いきなりほめられて悪い気はしないが、相変わらず無表情の鷹田だ。しかし内心、どうやって夢乃を側に座らせるか考えていた。


 ——少しでいいから前のようにそばに来て欲しい。


 決してやましいことはしない。夢乃が心を開いてくれるまでは——と、鷹田は勝手なことを考えていた。


 ただ、夢乃から触れてくれるまではこちらからは触れないという誓いは立てているのであった。




 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る