第13話 あやうく流されそうになりました



「帰らないで欲しい」


夢乃ゆめのの手首をつかんだまま、鷹田たかだはそう言った。夢乃を引き止めるために必死である。


——え?


反射的につかまれた手を振り解こうと、夢乃は手を引いたがさすがに微動だにしない。


「な、なんで……っ?」


なんでここに居なくちゃならないのか。


夢乃がプチパニックに陥っていると、鷹田がその端正な顔を近づけてきた。


——ちょっと!


夢乃は鷹田の顔の良さに弱い。


初めて運動会で出会った時に、まず見惚れてしまったのは今でも覚えている。


なんでこんなカッコいい人と地味な私がペアを組んでいるんだろうって、周りの目が気になったことも忘れてない。


その鷹田の顔が近づいて来る。


——わ、わぁ!


胸の高鳴りと甘やかな期待とに、夢乃は「もう許しちゃおうかな」と気を緩めた。


その一瞬あとに、


『ねぇ、今度遊びに行かない?』


『ええー、私で良いんですかぁ? うれし〜ぃ!』


あの時の声がよみがえる。


鷹田の声も受付嬢の声も。


受付のカウンターに手を付いて、美人受付嬢の顔をのぞき込むように顔を寄せて口説いていたあの姿も。


「嫌っ!」


胸の奥に氷の塊を押し込められたような絶望感を思い出して夢乃は声を上げた。


本気の嫌悪を込めた悲鳴に、鷹田も動きを止める。


「夢乃……?」


「……かっ、帰りますってば!」


「待っ——」


「ではまた会社で!」


バタバタと靴を履き、転びそうになりながら玄関を出る。


そんな夢乃の後ろ姿を見送りながら、鷹田は「また、会社で会えるならいいか」とぼんやりと考えていた。






つづく

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