オレ様彼氏の浮気で別れたらそれは誤解でしたが素直に謝ってくれないのでこじれてます
青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-
第1話 恋愛にうといので静かにフェードアウトするつもりです
「見なきゃよかったな」
事もあろうに自分の彼氏が会社の受付嬢を口説いている場面に遭遇したのだ。少し前から彼氏の浮ついた話をよく耳にするようになっていた。
だからとうとうその現場を見た時には「ああ、本当だったんだ」という気持ちが大きかった。
「
自分でも良くわかってる。
なんで会社でも人気のある彼と付き合えたのか、自分でも不思議だった。
社内でも不評の運動会がキッカケで、男女ペアの二人三脚の相手が鷹田だっただけ。夢乃の方はもちろん彼のことを知っていた。
仕事が出来て顔も良くてちょっと遊んでる噂のある鷹田は、夢乃の隣の部署で机が並んでない方もすぐそこの距離だ。
二人三脚のペアとして組んだ時に、鷹田の目が大きく見開かれたのを覚えている。
——わたしの地味さにビックリしてるのかな?
と、少し落ち込んだけど、運動会のすぐ後に食事に誘われた。夢乃は信じられなかったが、どうやら鷹田は本気で彼女を口説きにかかっているらしい。
もともと「カッコいいな」なんて思ってた相手からのアプローチに夢乃が落ちるのに時間はかからなかった。
付き合ってみると確かにエスコートはうまいし、夢乃の知らないところへ連れて行ってくれるし、遊び人というのは嘘じゃないんだろうなって思ってしまう。
それでも楽しかったし確かに二人の間には『恋人』としての繋がりがあったのだ。
それなのに——。
鷹田が口説いていた美人受付嬢は近くに夢乃がいるのに気がついていたのだろう。ことさら声を高くして甘えた声で鷹田の誘いに乗り気であるのを知らせてくる。
『ええー、私で良いんですかぁ? うれし〜ぃ!』
『いいよ。いつがいいかな——』
鷹田の低い錆のある声がなんて答えたのか、聞きたくもなかった。夢乃は「ここにいちゃいけない」とその場を離れたのだった。
——やっぱり、私じゃダメだったんだなぁ。
地味で、目立たなく、て大人しくて。
華があるというよりは少し影のある遊び人。彼に遊ばれたい女子社員なら山ほどいるだろう。
——その中の一人に見えたのね、きっと。
少しは思ってた。自分にはモテる鷹田さんはもったいないって。
その夜、夢乃は鷹田からの連絡が来る前に彼の連絡先を全て消した。登録してない番号は拒否にしてある。
——別れ話は辛いから、このままフェードアウトしよう。
「お好きにどうぞ」
悲しさと腹立たしさとちょっぴりの未練とを抱えて夢乃は泣いた。
「おかしい」
鷹田清貴がそう呟くと、差し向かいで飲んでいた同僚にして友人の
「何がおかしいのさ、鷹田チャン?」
「夢乃の携帯が繋がらない」
「LINEは?」
「……既読がつかない」
「忙しいんじゃないの?」
明るく黒井は茶化したが、鷹田はジロリと彼を睨んだ。
「こわっ!」
「夢乃に限って俺の連絡を無視するわけない」
「はいはい。相変わらず夢乃チャンに夢中だねー」
「う、うるさい」
鷹田は前髪をかきあげた。少し心配、いやかなり不安になるが心当たりがある。
「夢乃チャン、インスタとかは?」
「アイツはやってない」
「じゃあやっぱり携帯の調子が悪いんじゃない?」
「そうか……」
「お、何か心当たりのある顔じゃん」
「お前のせいだろ」
そう言われた黒井はポカンと口を開けた。
「お前が『嫉妬は恋愛のスパイス』とか言ってじゃないか」
「ま、まさか実践したの?」
鷹田は素直にこくんと頷いた。
少し前に黒井に相談したことがある。夢乃とのお付き合いが順調で少し刺激が欲しくなった、と。その時の黒井のアドバイスを真面目に実践したのである。
「た、鷹田ちゃ〜ん。一体何をしたのさ?」
「夢乃がいそうな場所で目についた女子社員に声をかけてまわった」
「ばっ……!」
馬鹿じゃないの!? という言葉を飲み込んで黒井は天井を仰いだ。居酒屋のすすけた天井を眺めながら納得する。
——真面目な夢乃チャンなら、マジギレするかもなぁ。
「俺は……たまにはアイツに焼き餅焼いてもらいたかっただけなんだが」
「……」
鷹田の告白に黒井はさらに両手で顔を覆った。
——馬鹿、馬鹿、鷹田チャンの馬鹿ー!
明日の仕事で夢乃と顔を合わせる事を考えて、黒井は「まいったな」と呟いた。
つづく
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