5話 二人の晩餐
水を沸かすことができる便利アイテム。その名も「カセットコンロ」!
あって良かったカセットコンロ!鍋物をする時はよくお世話になっていたが、この世界にまで一緒に来てくれるとは!「大火力」の文字が眩しいぜ!まぁ、ガスがなくなったらお終いだけどそれまでよろしくな相棒!
テンションの上がった俺をリンが不思議そうに眺めている。
『ネェミナト、コレ何?』
「まあ、見ててくれよ」
つまみをひねるとチッチッという音と共に火が着いた。
『ワッ!?』
近くで見ていたリンが後ろにのけぞり尻もちをつく。
「ふっふっふ!このつまみをこう動かすと火が着いて、反対に回すと火が消えるんだよ。どうだい?すごいだろ!」
『コレ、ミナトノ魔法……ナノ?』
「魔法じゃないよ。これは魔法を使えない人でも、誰でも火を着けられるんだ」
『火ヲ起コサナクテモイイ……魔法デモナインダ……コレスゴイ!』
リンは、カセットコンロを眺めて、楽しそうにしている。
火を怖がらないリンを見て、ふと思った。
「そういえば、ゴブリンも火を使っていたの?」
『ババ様ニ教ワッタ。群レノゴブリンハ、イロイロナ事ヲババ様カラ教ワッタノ。火モソノヒトツ』
リンによるとババ様というのは昔、群れにいた長老のゴブリンで、存命時はキングを助け、助言をしたり群れを陰から支えるような立場のゴブリンで火の魔法も使えたらしく、キングも一目置くような人物だったようだ。人間のもとにいた事もあったらしく、ステータスなどの事もその時に人間から教わったらしい。知的なゴブリンも割といるんだな。リンも子供だと思っていたけど、子供にしてはえらい賢いし。
『ババ様ノ事、好キダッタ。ワタシノ事、良ク褒メテクレタ……ババ樣ガ生キテイタ時ハ、ミンナ幸セダッタノニ……』
いい長老だったんだろうな。俺も死んだばあちゃんの事を思い出して、ちょっとしんみりした。
さて、お湯も沸いたので、リンには洗面器のところに座ってもらう。お湯と川の水を混ぜて温くして、お湯をを何回かかけてから、マジックバッグから取り出しておいたシャンプーや石鹼で、ごしごし洗う。髪の毛は泥で固まっていて泡立たない事といったら……大変だー!
「目をつぶっててねー。目に入るとしみるから」
『ウン!デモ何デ、コレ、イイニオイスルノー?』
「体を洗うために作られた物だからさ。洗ったあとにいい香りがすると、嬉しいだろ?」
『ウン!』
どうやらシャンプーの香りをお気に召してくれたようだ。その後もお湯を何回も沸かし直して、リンをきれいに洗い上げた。最後にバスタオルで体をふいてあげる。
『コノ布、フカフカデトッテモ気持チイイ!』
と、バスタオルをとても気に入ったようだった。
リンを洗っていて気づいたのだが、リンの髪の毛はふんわりとした巻き毛だった。あと、目が大きくてゴブリンというより褐色の妖精?のような可愛さがあった。俺の中のゴブリン像とは随分違う。さっき倒したゴブリンはTHEゴブリンだったのに……。あ、いや、俺のひいき目かもしれないけどさ。
あともう一つ、リンは女の子だった。
本人も『ワタシ』って言っていたから、何となく女の子だろうと思ってはいたがしていたが、全身泥まみれで見た目で性別は全然わからなかったからなぁ
いやー、今日は人生に3つあるという坂のひとつ、「まさか」がたくさんありすぎだよ……。
と、ここで問題が発生した。
リンの着替えがない。今まで身に着けていた服はボロボロで、少し洗ったらちぎれた。これじゃ再利用は厳しそうだ。でもこのまま服無しでは可哀想だし。
予備の服かぁ、ちょっと探してみようかな。とマジックバッグを見直すとあるものが目に入る。
おっ、見覚えのあるTシャツ……これは甥っ子のか!
兄貴の甥っ子、現在9歳。時々、兄貴夫婦が遊びに来て泊まる事もある。その時に忘れていった服だ。
両手で広げてみると黒いTシャツで、正面に毛筆で白い“人”の文字が入っていた。このデザインは兄貴のチョイスなのか、それとも義姉さんの趣味なのかな……。
「リン、これを着てみる?」
こっちをじっと見ていたリンに一応聞いてみると、目を輝かせながらうなずいた。着たかったのかな?ゴブリンなのに“人”ってTシャツはどうなのか……。まあ、いいよな。どうせ日本語は誰も分からないだろうし。
着せてみると、子供用だけどリンには大きかった。でも腰のところを紐で結べば大丈夫だろう。
『コノ服モサラサラデ、気持チイイ!』
と、片足で器用にくるくる回って喜んでいるリンを見ると、とてもほほえましい。
その後、俺も着ていた服を洗ったり、体を拭いたりした。俺の着替えはマジックバッグに入っていたジャージ一式。これ、生前に着ていたやつだ……。他の服は見当たらないので、俺の着替えはこれのみ。貴重品だ。
……そして、まるでキャンプに来たような格好の俺と“人”Tシャツを着たゴブリンのリンとの初めての夜は始まったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リンを洗っているうちに気がつけば辺りはすっかり暗くなっていた。月だけが唯一の明かりだ。
『ミナトハ周リガ見エル?』
「いやー、全然見えなくなってきたよ。リンはどう?」
暗闇に目が慣れてきたとはいえ、太陽が沈んでしまうと昼間とは全然別の世界だ。ここが結界の中じゃなかったらと思うとぞっとする。暗闇の中の心細さと言ったら……。リンがいなければ泣いちゃいそうだよ。
『ワタシハ洞穴二住ンデタカラ、カナリ暗クテモ平気。今日ハ月ガ出テイルカラ明ルイネ!』
言われてみれば、ゴブリンは鉱山や洞窟、洞穴に住んでいるんだもんな。こんな暗闇でゴブリンに襲われたら、俺なんかひとたまりもないね。さっきゴブリンと戦った時、昼間で良かった……。
「リン、お願いがあるんだけど。焚き火をしたいから、枯れた木の枝を集めてくれないかな?」
『枯レタ木ノ枝ダネ。分カッタ!』
リンはすぐに森の方へ木を拾いに行ってくれた。左足を少し引きずっているが、歩くくらいなら問題なさそうだ。
リンが帰ってくるまでの間、米をマジックバッグから取り出し、洗米して水につけておく。後はライスクッカー様とガスコンロ様に炊いてもらおう。
さて、何を食べさせてあげようか。やっぱりすぐに食べられるものがいいよな。インスタントラーメンってゴブリンは食べられるんだろうか?野生のゴブリンなら少し薄味にしてあげた方がいいかもしれない。足りなかったら御飯を足して雑炊を作ってあげよう。
そんなことを考えているうちに、両手いっぱいに枯れ木を抱えたリンが帰ってきた。
「ありがとうリン。大変だったろう?今、火を起こすから待ってて」
結界内に魔物が出ないといっても、焚き火によって獣除けの効果はあるだろう。それになんといっても明かりが確保できるのは大きい。
えーっと、焚き火の時には確か、空気が通りやすいように小さめの木から、大きい木に火が移るように組んでいくんだっけ……。こんな感じかな?後は小さい葉っぱや燃えやすい物を下にして、チャッカマンで火を着ける。
『ソレモ、ガスコンロナノ?』
リンが興味津々で聞いてくる。
「ちょっと違うけど、これも火を着けられる。チャッカマンって言うんだよ」
スゴーイ!と驚いているリンの横で色々調整しながら、何とか火を焚火にする事に成功した。焚き火の明かりがあると、それだけで安心できる気がするな。
御飯は後は蒸らしておけばいいので、よけておこう。そしてインスタントラーメンの鍋をガスコンロにかける。お湯が沸いたらあとは早い。あっという間に出来上がった。
ラーメンを取り分けて、フォークと一緒にリンに渡す。
「これはラーメンって言って、このフォークでね、こう麺をすくって、フーフーして食べるんだよ。あ、熱いからね、フーフーしないと舌を火傷するから」
リンはインスタントラーメンのにおいをクンクンかいでから、フーフーと冷まして一口食べる。
何やら驚いた表情、そして
『コレ、オイシイ!』
嬉しそうな声が響く。
「俺の国ではありふれた食べ物なんだけどね、リンに喜んでもらえて良かったよ」
俺にとってはただのインスタントラーメンだったんだけど、初めて食べるラーメンはリンに大好評だった。
あっという間にラーメンを平らげ、まだいけそうだったので残ったラーメンの汁に御飯と卵を入れて雑炊にした。
つつましい食事だったけどリンはオイシイ、オイシイとよく食べた。手抜き料理とはいえ喜んでもらえるのはやっぱり嬉しいよな。
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