プロローグ 二人の女神②
気が付くと、俺の目の前にパナケイアが立っていた。俺をかばうように立ち、華奢な手を大の字に広げ、フレイアと対峙している。
「なぜ止める?パナケイア。この者は我ら神々を侮辱したのだぞ?」
「いくらなんでもそんな言い方では……!」
「ふん、こいつら人間どもは甘やかすとすぐに調子に乗る。そんな輩は常に抑えつけるぐらいで丁度良い。そうではないか?パナケイア?」
「脅し、抑えつけても、反発されるだけです。それでは人はついてこない」
一つ一つの言葉をかみしめる様にパナケイアが言った。
「人と共に生き、人と共に栄える……私はそうありたい。……信仰も、時に教え、時に与え、時に導きながら集めていくもの」
「相変わらず甘いな、パナケイア。そんな事を言っているから、人ごときにまでなめられるのだ」
フレイアが小馬鹿にするように言う。
「それとも、また国を滅ぼすのか、パナケイア?」
「!」
その言葉にパナケイアが固まる。
「以前、お前が選定し英雄と呼ばれた男は、自らの能力が与えられた物だという事を忘れ過信した」
「やめて……フレイア」
パナケイアの腕が下がり、うつむくように顔を下げる。
「人の欲望は果てしない、穴のあいた壺だ。いくら注いでも、満たされる事はない。ただ、与え続ければそれが日常になる」
フレイアは俺をちらりと見て笑った。
「当たり前になる前に、制御し、抑圧するのも、管理者たる女神の役目だ。その程度も分からずに何が人と共に栄えるだ」
「違う……ちがう……!」
だが言葉とは裏腹に、パナケイアは力なく座り込んでしまった。その肩が震えている。
「何が違うんだ。そんな事も理解できないから、貴様はいつまで経っても、あの御方の期待に応えられぬ出来損ないの見習い女神なのだ。さっさと消えた方が他の女神の為だぞ」
それを聞いた時、俺の中に、また過去の記憶がよみがえった。同期の女の子が上司に怒られていた。
見かけたのは一度や二度ではなかった。
そして、その子は心を病んで辞めていった。
俺は自分の事で一杯一杯で、何も声をかけられなかった。俺自身も、負けたくなかったから、声をかけられたり、慰められたら自分が惨めになると思っていた。
……でも、声をかければよかった。惨めなんかじゃなかった。一緒に戦えば良かった。
もう、やらずに後悔はしたくない!
そう、俺は一度死んだんだから、怖いことはないはずだ!
「いい加減にしろ!てめぇ!」
パナケイアの前に立ち、フレイアを睨む。
「何だ、また握りつぶされたいか」
「うるせえよ!黙って聞いてりゃ完全に虐めじゃねえか!こんな小さい子供を泣かせて、楽しいのかよ」
一瞬フレイアがパナケイアを見た。そして……
「あはははは!」
大笑いした。
「何がおかしいんだ!」
「本当に人間は愚かだな。パナケイアが子供だと?見た目だけでしか判断ができないらしい」
フレイアは嘲るように続ける。
「姿形など仮初めの物に過ぎんという事だ。パナケイアですら、千年を超えて存在しているのだ。お前のような塵芥と一緒にするな」
「へー、千年か、そりゃスゲェ。でもよ、千年生きようが百万年だろうが、長生きすれば偉いわけじゃないよな?間違ったり、できなかったりしたら、周りが助けてやったり、力を貸してやったらいいんじゃないの?お前らは助けてやらなかったのか?お偉い神々達は!」
「口の減らぬ魂だ。そんなに消えたいなら消えるがいい」
再びフレイアの腕が俺に向けられる。
「ミナトは私の選定者、勝手に消す事は許しません!」
俺の後ろでパナケイアの声がした。
そういえば、俺は彼女の選定者に選ばれていた……んだっけ?
しかし、フレイアは鼻で笑う。
「こいつが選定者?無理だな。心が弱く、頭も弱い。お前の国の英雄だった男より資質がないわ!フォルナの地に赴いたとて何ができる?」
「そんな事ない。彼はあなたが思う程、弱くない」
「ハッ、どうせすぐ野垂れ死ぬ。まあ、出来損ないの女神にはお似合いか」
パナケイアを見下すその表情には、嘲りの色が浮かんでいた。
「やってみないと分からないだろう」
俺の声に、赤い髪の間から燃える瞳がこちらを見る。
「俺には選定者がどんなものか分からない。ただ、分かるのは、どれだけ偉い女神か知らないが、あんたがとてつもなく無礼で身勝手だってことだ」
「フッ、それは光栄だ。それで?」
「だから、あんたの鼻を明かしてやりたくなった」
「ほう、私の……ククッ、ならばどうする?」
「俺はこれからフォルナへ行って、パナケイアさんの信者や信仰を増やす!」
「貴様にできるか?何も知らない土地で、一人生き抜くのだぞ?」
「ああ」
「では、パナケイアの選定者、引き受けるのだな?」
「そうだ」
俺の決意を聞くと、ニッと笑みを浮かべるフレイア。
「よかろう、では女神パナケイアの選定者として、シノハラ=ミナトを認める。すぐ死なぬよう気張るがよい」
散々、こき下ろした割に随分あっさり認めるんだな。
それからフレイアはパナケイアに向かって、こう言った。
「この頼りない選定者が、お前の信徒をせいぜい増やしてくれる事だろうよ、パナケイア。良いか、あの御方が、いくらお前に甘いといっても限度がある。もう次は無いのだからな」
そして、俺とパナケイアを一瞥した後、
「では、甘ちゃん同士頑張ることだ。期待を裏切るなよ」
そう言って、フレイアの姿はかき消えた。
フレイアが消えた後もすぐには動けなかった。しかし、気張れとか甘ちゃんとか、自分勝手に言ってさっさと消えるなんて本当に失礼な女神だな。とはいえ、どうやら俺が選定者になることは決まったようだ。結局、俺はあの女の掌で踊らされていたようで腹立たしい。色々思うところはあるが、当のフレイアが居なくなったので考えるのはやめる事にした。
なんか視線を感じる……あ。パケイアさんがこちらを見ている。
沈黙。白い空間、俺たち以外何もない。何の音も聞こえない。お互い一言も発しない。
……いつまでも見つめあってても、埒が明かない。とりあえず、お礼を言わなきゃだよな。
「あの……さっきはありがとうございました。俺の事、フレイアからかばって頂いて助かりました」
そう言うとパナケイアさんは首を振った。
「私は、女神として……選定者を守るのは、当然……」
「それでもですよ。死んだばかりなのに、また死ぬかと思いましたよ!」
俺の言葉に、パナケイアさんの表情が、少しだけ緩んだ気がした。
なんとなく、穏やかな空気が流れる。
「そういえば、俺、選定者なんですよね?それってどんな事するのか、分からないんです。どんな仕事なんですか?あんまり、営業とか、勧誘の仕事は得意じゃないんですけど……あ、いえ、全力で頑張ろうと思っていますけど!」
「えいぎょう……?……ミナトにはもっと……」
しばしパナケイアさんは考え込んだ。
「強引に誘えば、逆に人は離れてしまう……。信仰心は信者ではなくても良くて…。ミナトが誰かに、善行を施して感謝される……。それが私への信仰心に、なる」
「善行?えっと、つまり簡単に言えば俺が誰か困っている人を助ければいいんですか?」
パナケイアさんがうなずく。なるほど、感謝されれば、信仰心が増える訳ね。うん。人助け、人助けか。
「なんとなく分かりました。それで、その信仰心を増やしたら、パナケイアさんに何か良い事があるんですか?」
「私の力が増えると、ミナトに新たな能力を授けられます……。ただ……」
パナケイアさんが悲しそうな顔をする。何か歯切れが悪い……。あ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます