日和 桜 女の子になる

1-1




 僕が産まれる数十年程昔、地球全土が大きく変化する出来事があったという。


 そこで色々な事があって今現在では三つの勢力が世界を動かしている。


 子供の頃、孤児院にいた僕を拾ってくれた組織シャドウレコードは、この三つの勢力の中で過激派と言われる勢力に位置している。


 僕はこのシャドウレコードで大切に育てられたし、厳しい人もいたけれど皆親切で優しかった。ただ皆いつも覆面を被ってて変な活動ばかりしていたが。


 でも、とても世界をどうこうしようとするような過激派と言われる存在とは思えなかった。


 僕はいつか育てられた恩を返したくて出来る限りの努力をした。


 そのお陰で戦闘力はほぼ皆無ではあるが、数年前に適性検査みたいなものを受けた際に他の四天王との相性がとても良かったらしく、ちょうど空いていた四天王の末席に座らせて貰う事が出来た。


 こんな僕なんかが役に立つのかと思ったけれど、僕が思っていた以上に他の四天王の人達は強さも個性も強すぎて、部下になりたい人はいても同じ四天王として並ぼうとする人はいなかったという。


 そうして四天王になって三年目、僕個人が弱くても他の三人が強すぎて何事も無く順調に過ごしております。


 今日もこれからシャドウレコードの四天王会議がある。何やら新進気鋭のヒーロー部隊の、確か【ガンバルンジャー】というチームについての議題が主らしい。




 いつもの四天王として専用の服を身に纏い、とても大事な人から渡された素性を隠す為の特別な仮面を着ける。こうして僕は『日和ひより さくら』からシャドウレコード四天王『ザーコッシュ』として意識を切り替えて自分の部屋のドアを開けて作戦会議室へ向かう。


 時間の十五分前に会議室に着く、そこには既に四天王の一人の男性が自分の席に座っていた。


 雰囲気作りの為に他の部屋より照明を落としたシャドウレコードの地下奥深くに位置する会議室の中で、その人物はくすんだ緑の髪をしていてやせ細った爬虫類顔に眼鏡をかけ、一八〇センチ近くある細い長身に魔法使いのような意匠のロングコートといった異様に怪しい佇まいの男性だ。


 男性は部屋の扉を開けた僕に視線を向けると、より一層怪しさを増した笑みを浮かべて、いつ見ても四天王としての格を感じさせ憧れてしまう。


「いつも通り、十五分前に到着ですねぇザーコッシュさんお先に失礼してますよ、フフフ……」


 僕より先に会議室にいたのは、四天王の一人イグアノさん。こうして集合する時はいつも誰よりも早くその場にいる。一体どの位早く来ているのか聞いても会議の時間まで関係無い話をしてくるので、僕は挨拶を返して本題だけ確認する。


「こんにちは、イグアノさん。今日の議題なんですけれど、僕は全く情報がわかって無いんですが議題になる程厄介な存在なんですか?」


「ええ、そうですよ。ここ一年で最も頭角を現し、大して情報も集まらない内にピースアライアンスにおける等級評価は既にAクラス。戦闘力も腕っぷしだけなら四天王一のウルフでさえ手を焼く程の集団です」


 そう言ってイグアノさんは不敵な笑みを浮かべ、会議室に用意された大きめに作られた椅子に目線を向ける。


 その席はイグアノさんが話題に出した四天王のウルフさんの席だ。地下室にいたくないのか、いつも会議にはギリギリでやってくる。




 僕は用意されている自分の席に座る。


 薄暗くて何もない部屋の真ん中にドカンと置かれた大きな机の四隅にそれぞれ椅子が用意されている。対面にはイグアノさんがいて、ウルフさんの椅子はイグアノさんの横にある。


 机には持ち運びが容易なタブレット型の電子端末がそれぞれ用意されており、それを手に取り起動スイッチを押し、指先から僕自身の生体波長をタブレットに認証させる。


 薄暗い部屋にじわっと明るい光がタブレットから発せられ、今回の会議内容を再確認する。


 ガンバルンジャーというヒーローチームで、特撮ものの戦隊シリーズのような名前に共通のコスチュームを身に纏った五人組の男女の映像が表示される。


 一か月ほど前に撮影された映像には、地球外敵性生物が出現した第二級危険区域に実働調査で出陣していたウルフさんが配下の兵隊と共に偶然出くわしたであろうガンバルンジャーと交戦する姿が映し出された。


 画面の中でも一際その姿が大きく見えるウルフさん。


 その名の通り狼の獣人で、全身が黒い体毛に覆われた、人間ではとても到達不可能な二メートルを超える大柄で筋肉質な体型をしている。


 男らしさを備えた迫力のある身体に特注の軍服を身に纏い、四天王の中でも特に威厳と頼れる存在感を放っていて、僕なんかではどんなに鍛えても届かない格の違いに圧倒される。


 自信があるのか、そんなウルフさんに全く気圧される事無く、立ち向かっていくガンバルンジャー。


 あっという間にこちらの兵隊をなぎ倒し、彼等は一対五でウルフさんと対峙する。そして、映像では音声が拾えていないけれど、一言二言会話をすると戦闘は再開される。




 最初はそれぞれ一人ずつウルフさんと戦い、それを難なく受け流しカウンターではじき返すウルフさん。単独では手が負えないと判断したのかガンバルンジャーは即席でコンビネーションを繰り出す。


 その手数の多さに次第に押されて思わず驚愕するウルフさん。このまま彼の後ろで態勢を立て直している兵隊を追加で向かわせてしまうと、部隊が全滅して撤退出来無くなると判断して、ウルフさんが渾身の衝撃波を放ちガンバルンジャーの動きを止めて撤退の指示を出し戦闘が終わる。


 イグアノさんの言った通り、ガンバルンジャーは僕が思っていたより遥かに強い。


 僕が百人に増えてもとても太刀打ち出来ないだろう。事態は思っていたより深刻のようだと気持ちを引き締めて、見落とした所が無いか再度映像を見直そうとしたら、誰かが僕の頬を指で突いてくるので、びっくりして思わず首をそちらに向けた。


 首を向けると目の前には巨大な胸の谷間があり、僕は更に驚いてしまい全身で後ろに下がるように立ち上がり、そこでようやく胸の谷間の持ち主と目が合う。


 妖艶で魅惑的な装飾が施された戦闘服を身に纏った赤い長髪のその女性は僕より背が高く、見上げた表情は優しさを感じさせるが紫色の瞳はどこか獲物を狙っている様な鋭さを放ち、四天王として一筋縄ではいかない格を感じさせる。


「ザーコッシュ君はいつも勉強熱心ねぇ、でもまだ会議も始まって無いんだから一人でそんなに思いつめた顔しちゃダメよ。リラックス、リラックス」


 そう言って彼女は、腕で包み込むように僕の頬に両手で触れ微笑む。彼女は四天王の一人グレイスさんだ。手で顔に触れられてそのまま揉まれてしまい、僕は慌てて返事をする。


「こ、こんにちは、グレイスさん。一か月前に負傷した隊員が結構な規模であったのは知ってましたが、まさかこんな事態だとは思わなくてつい……」


「もう、心配しすぎよ。幸い誰かが酷い怪我とかした訳じゃ無かったんだし終わった事よ、それに今更そんな顔したら今はもうピンピンしてる皆にもこれから来るウルフにも失礼よー、えいっ」


 グレイスさんはそう言って僕の頬を何度もムニムニと揉んで来る。確かに事情を詳しく知らなかったとはいえ済んだことで今更思い詰めても、色々失礼になる。


 それに当時詳しく問いただしたとしても、いくら四天王でも直接関係の無い部署の人間に聞かれるのも嫌だっただろう。


「それにこれからその事についての会議があるんだから、ザーコッシュ君にもお話が来てるってことは作戦を行う上で貴方も今から必要になる機会が訪れたって訳よ」


 僕の頬をムニムニと揉んでいた手を止め、手を放しながらそう言うグレイスさん。最後に優しく微笑みながら指で頬をちょんと突いて来て、ふわりとした動きで僕から離れ自分の席に向かい座る。


 僕もグレイスさんから揉まれた頬をさすりながら自分の席に座る。




 電子端末が会議の時刻を表示して丁度、会議室のドアが開く。大きな背丈の二人の男性が入ってくる。二人ともこの会議の関係者で、一人は四天王のウルフさんでもう一人はシャドウレコードの現在の最高指導者であり、僕にとっても大事な人だ。


「イグアノ、グレイス、ザーコッシュ、皆揃っているな。ウルフとはここに向かう途中に偶然会いそのまま共に来た。それでは早速だがこのまま会議を行う」

 

 そう言ってウルフさんの隣にいる金髪で一九〇センチ近い長身の男性の一声で会議が始まる。


 端正な顔立ちに碧い瞳で、まるで物語に出てくる王子様のような出で立ちをした彼の名前はレオ様。他の四天王も同様に表立った場所ではレオ様と呼ぶ。若くしてシャドウレコードのリーダーになり、その容姿とカリスマ性で僕のような数多くのか弱き人々を導いてきた。


 そんなレオ様は実は戦っても誰よりも強く、僕以外の四天王の三人が付き従うのもレオ様の圧倒的な強さに救われたからなんだとか。


 レオ様とウルフさんが席に着いて、薄暗い会議室に冷やりとした空気が流れる、皆それぞれの表情が引き締まる。


 これはレオ様のオーラとかではなく、会議が始まると誰かが会議室のエアコンを一度下げてるだけである。


「今回の議題についてだが、このガンバルンジャーという新しい脅威について我々が持ち得ている情報は余りにも少ない上に奴らは立身出世も早い」


 レオ様が語りながら手元にある電子端末を触り、机の上に次々と立体資料が表示される。


 ウルフさんとの戦闘のデータだけでは無く、ピースアライアンスが公式に出している彼等の写真等もそこにあった。


「わずか一年足らずで急速に頭角を現し構成員も皆才能ある年若い者という事もあって、既に新時代の新風という名目でピースアライアンス組織でも厚遇されているようだ」


 レオ様は続け様に話していき、立体資料には他のウェイクライシスの組織の動向が記載されている。


 僕はその手の資料に目を向けるのだけれど、他の四天王の面々は自分達の作戦行動で情報を集めていたようで、資料を一瞥した程度ですぐにレオ様の方に視線を向けていた。


「他の組織もこの脅威に立ち向かうべく次々と刺客を送り込んでいるという情報も入っている。そこで我々も情報を得るために刺客を送り込んで情報を探ろうというのが本筋だ」


 ピースアライアンスがメディアに徹底させているのか、公式から出ている資料は皆コスチューム姿で、かろうじて性別や体型は判別できるけど素顔までは判別出来ない。

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