World Hack!= ~この世界;が仮想現実なら、殺りたい放題しても良いですか?

松葉たけのこ

第1話 馬鹿と気狂いは“真実”を言いたがる。



『There are no facts, only interpretations』


 ノートパソコンの液晶画面に踊る文字を見ると、マスクの青年はため息を吐いた。

 黒い画面の中の白い文字を見ると、その男だか、女だか分からないほどの華奢な細腕を伸ばした。

挙句はつまらなそうにあくびをする。


「“真実は存在しない。存在するのは解釈だけだ”――ね」


 夏の陽に燃える街、東京、渋谷の駅の裏。

 その落書きだらけの壁に、USBが埋め込まれている。

そのUSBの容量は200GB。

コンクリの壁の中に本体が埋められて、鈍色に光る端子だけが剥き出しとなっている。


 見るからに怪しげな突起物。

 この端子に繋げれば、きっとタダでは済まない。

PCだろうが、スマートフォンだろうが、何らか危ないプログラムにやられるに違いない。


 そんな怪しいUSB端子に手を出すのは、1人だけ。そのマスクの青年――佐伯だけだ。


「解釈……んで、これは画像データか」


 佐伯は、推しているvtuberブイチューバーのキャラステッカーまみれな黒いノートパソコンをその場でクルクルと回転させる。無意味な儀式。

 それから、画像データを閉じて、そのアイコンを左クリックする。

パソコン画面には黒いウィンドウが出て来る。


「“ステガノグラフィ”かよ。ベタだな」


 ステガノグラフィ。

 情報の隠蔽技術の一つ。

情報を他の情報の中に隠す技術。


 今回は画像データの中、それを構成するコードの中に文字列が入っている。

 何のプログラムも実行しない実行コード。一見、何の意味もない変数モドキ。


『P=54C43D;

 Q=3G;

 K=2F1H;

 Next Move=?』


 目の前のコインロッカーを見つめた後に、佐伯はふぅむと腕を組む。考え込む。

 金属製の戸が、白と黒の交互に塗られたコインロッカーを再度見てまだ考える。

まるで、チェス盤みたいなロッカー。

それを見ながら、佐伯は指を鳴らす。


 コードを書き加える。書き換える。


『Next Move = Nothing』


 そのコードはチェスの盤面を表していた。

 Pはチェスの駒であるポーンの事。

P=54C43D。この“数式”は、ポーンの盤面上の位置を示している。


 縦列Cの5番目と4番目のマス。

 それに、縦列Dの4番目と3番目のマスに、ポーンの駒が置かれている事を意味する。


 他のQとKは、それぞれクイーンとキングだろう。だが、もうここまでヒントを示されれば意味のない情報だ。


 コードが示している盤面は引き分けステイルメイトだ。既に勝負は決まっている。

 つまり、次の手番next move存在しないnothing

Next Move=Nothingだ。

それを打ち込むと、画像データの文字が変わる。


『A word is enough to the wise』


 英文が急にパソコン画面を占拠する。

 ウィンドウを貫通してパソコン画面の全体を埋める文字列。大量の文字列。


 しまった。コンピューターウィルスか。

 なんて、慌てる様子は佐伯に無い。

ただ、彼は肩をすくめるだけ。


「……サブPC使ってて良かったわ。“アノンたん”の言う通りだ」


 佐伯は冷静に、USB端子をPCから抜こうとする。

 しかし、どうにも固く、抜けにくい。

そこで思わず佐伯はUSB端子そのものを触った。


「は?」


 佐伯の視界が青い数列だらけになる。

 周りを歩く人たちも灰色のビル群も、全てが数字に変わる。0と1の集合体と代わる。

まるでコンピューターゲームのような景色に驚愕して、佐伯の冷静さは消え去る。


「君……だ……大丈……?」


 話し掛けてくる数列。

 考えもなしに、佐伯は手でそれに触れた。

それはいけない事だったらしい。


「あぁアアアアアアア……ぁ」


 何かが“挿入”されて、目の前で数列が崩れた。

 目の前の人がぐしゃりと地面に倒れた。

倒れて――バラバラに散らばった。




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