第20話 自動車学校で元クラスメイトにバッタリ再会する

「ただいまー……」


「おかえりー。教習初日、どうだった?」


 教習を終え、自宅に帰ると、ぐったりしていた俺を笑顔で佳織姉さんが出迎える。


「はは、まあ何とか……はい、これ」


「きゃー、ありがとう。ゴメンね、ついでに買い物頼んじゃって。へへ、良い子、良い子。ちゅっ?」


 栄養ドリンクのセットが入ったビニール袋を手渡すと、佳織姉さんも俺の頭を撫でて、頬にキスする。


 もうこんな事も当たり前になっしまい、すっかり新婚気分であった。


 やっぱり佳織姉さん可愛いなあ……彼女の笑顔を見るだけで現実も忘れちゃいそうだ。


「それで、教習どうだった?」


「今日は学科だけだったんで。明日は学科とシミュレーター含めて二時間技能が入ってます」


「あー、そんなのあったなあ。私、運動苦手だったから、オートマでも結構取るの苦労しちゃって、あはは……まあ、私でも取れたんだから何とかなるよ、うん」


 と、自嘲気味に佳織姉さんが言うが、そう言えば、佳織姉さん車持たないのかな?




「佳織姉さん、自動車乗る気ないの?」


「あー、今、別になくても困らないし。でも、免許あると、身分証代わりになるから便利だよ。一応、実家帰った時、親の車運転してるけど、ほぼペーパーなんですわ。あ、もしかして、車欲しかったりする?」


「欲しいですけど、良いですよ。そんな高い買い物、ねだれないですよ」


「どうしてもって言うなら、お姉さん、買ってあげちゃうよ。あんま、高いのは無理だけど」


「いえっ! 流石にそれは……」


 胸を張ってそう言ってくれるが、そんな高い買い物、軽々しくはねだれない。


 中古でも何十万もする上、保険とか車検とか維持費も馬鹿にならんらしいので、そんな負担を佳織姉さんに強いる訳にはいかないだろう。


「でも、私がお金出さないと、裕樹君、車もてないでしょう」


「そ、そうかもしれないですけど……いや、俺がいつか働くようになったら……」


「だめーー。許可しません、そんなの!」


「ええっ!? いや、マジで言ってます?」


「何の為に一緒に住んでるのよ~~……私のお世話するためでしょう。教習所に通わせてるのは、免許くらいは持ってないと可哀想だと思ったからで、それ以外の労働は禁止」


 と、佳織姉さんが俺に抱きついて、そう言って来たが、それはちょっと困るかも……。


「お小遣いならあげてるでしょう? まだ足りない?」


「足りすぎてる位ですよ」


「なら、買うなら、そのお金で買えば良いじゃない。名義は私にすれば、維持費は全部私持ちで良いから、ね?」


 そこまでして、俺にバイトさせるのも嫌がるのは理解に苦しむが、佳織姉さんがそこまで言うなら仕方ない。


 しかし、そんな収入あるのかな、佳織姉さんって……同人の収入はかなりあるっぽいけど、具体的にどの程度の収入があるのかは想像つかない。


 結構、毎日、何らかの仕事はしているみたいなので、結構稼いではいるみたいだけど、財布は完全に佳織姉さんが握っているので、知るすべはない。


「わかりました。考えさせていただきますので」


「うん。じゃあ、ご飯にしようか」


「すぐ準備しますので」


 取り敢えず頷くと、佳織姉さんは安堵の顔をし、俺の腕に絡みつきながら、キッチンへ向かう。


 将来の事は考えられないけど、今は免許取得を最優先に考えよう。




「予約どうするか……」


 飯と風呂を終えた後、今後の教習のスケジュールを考える。


 米沢さんには悪いが、あまり彼女と顔を合わせたくはない……いや、凄く良い子なんだし、嫌いじゃないけど、ヒモやってるなんて知られたくないからだ。


 出来れば平日の午前から昼過ぎくらいが良いな。それなら、顔は合わせないだろう。ちょうど今は空いてる時期なので、予約は割りと取れる。


「てか、米沢さんの大学って……もしかして、ここか?」


 ネットでこの辺にある大学を調べてみると、該当する大学が一つ見つかる。


 教育学部がある大学はここしかないが、言われてみると、聞いた事あるような大学だな。


 偏差値もそこそこあるし、米沢さん、この大学に行ってるんだな……。


「はあ……何やってるんだろうな、俺?」


「何って、ヒモでしょう?」


「うわあっ! か、佳織姉さん!」


「くす、今、お風呂から出たところー。パソコンに向かって、何か真剣に考え込んでいたけど、何してるのー?」


 タンクトップとホットパンツと言うラフな格好で、佳織姉さんは背後から俺に抱きついて、背中に胸を押し付ける。


 シャンプーの香りがとても心地良い……じゃなくてだ。


「えっと、実は今日……」」




「ふーん、同級生の女の子に会ったんだ」


「はい。まさか、こんな所で会うなんて思わなくて」


 黙っていようと思ったが、結局、米沢さんと教習所で会った事を佳織姉さんに話す。


「話を聞く限りじゃ、仲良さそうな感じだったけど、まさか彼女?」


「違いますってっ! 本当にただのクラスメイトですよ」


「なら良いけど。いっそ、年上の彼女と同棲してますって素直に言っちゃえば♪ドン引き去れるかも知れないけど、その方が良いじゃない」


「いや、流石に……」


 言いにくい。ただ同棲してるってだけならともかくヒモやってますなんて……。


「くす、お姉さんは良いんだけどなあ。ま、いいじゃない。そんな気にする事ないと思うよ。あんまり、仲良くしすぎちゃ駄目だけど、知り合いがいると思えば気が楽になるんじゃない」


 そんな前向きにはなれないが、


「へへ、まあ頑張ってね。私、これから残った仕事片付けるから。ちゅっ」


 と言い残した後、佳織姉さんは頬にキスをして、部屋を後にする。


 仲良くしすぎちゃ駄目か……嫉妬してくれてるなら嬉しいけど、米沢さんに会えて、嬉しい気持ちもあったので、前向きには考えておくか。




「ふうう……今日はちょっと頑張ったな」


 ほぼ丸一日、自動車学校に通い詰め、流石に疲れてしまい、息を付きながら教習所を後にする。


 今日は学科三時間、技能二時間で計五時間か。


 思った以上に技能教習難しかったけど、とにかく早く取って、佳織姉さんに追いつきたい。


 いや、免許を取ったくらいで追いつくってのは変だが、彼女を車に乗せられるようにはしたいのだ。


「急いで帰らないと……佳織姉さん、買い物はするって言ってくれたけど、食事の準備はサボれない」


「あ、野村君だ。ヤッホー」


「へ? よ、米沢さん!」


 学校から出て、駐輪場へ向かう途中で、またも米沢さんにバッタリ会う。


「へへ、また会ったね。今、帰りなの?」


「う、うん……」


「ふーん。私、これから技能があるんだ。やっと仮免の試験受けれそうなの」


「そ、そうなんだ。頑張って、はは……」


 くそおお、ちょっと長居しすぎてしまったか! 米沢さんに会わないと良いなって思ったけど、時間的に授業が終わった頃か。




「ね、ここに通い始めて、どの位?」


「えっと、もう四日になるかな。前に会った時が初日だよ」


「へえ。私、一ヶ月近く通って、やっと第一段階終わりそうなの。中々、時間取れなくてさあ」


 時間が取れないか……大学の授業がある訳だから、俺みたいにいつでも入れる訳じゃないんだな、当たり前だけど。


 第一段階が終わるという事は、もうすぐ仮免試験って事か。俺も早く卒業して、おさらばしたいぜ。


「ね、今度の日曜、暇?」


「は? いや、どうだったかな……」


 今度の日曜どころか、毎日が日曜状態なので、時間ならあるけど、何だか雲行きが怪しくなってきたので、言葉を濁していくと、


「日曜日に、よかったら一緒にお昼でもどうかなーって……多分、午前中に仮免の試験受けると思うし、そこで合格出来ればって良ければって……」


 ど、どうする?


 思わぬお誘いを受けてしまったが、お昼を一緒に食べるとなると、俺の近況を確実に聞かれてしまう。


 しかし、日曜日も出来れば教習の予約を入れたいのだが、適当に言い訳して、


「日曜はまだ予定が……」


「そっか。あ、後でラインで連絡するね。それじゃ、もう時間だから」


「う、うん。またね」


 教習の時間になったのか、米沢さんは教習所に足早に入っていくが、そうだった。


 同じクラスだったので、俺も米沢さんもとっくの昔に携帯の番号や、ラインのIDを交換済みの仲だし、いつでも連絡が取れる関係に既になっていたのであった。


 ああ、困ったなあ……米沢さんに悪意なんかなく、むしろ好意で誘っているのがわかっているだけに、余計に断りにくい。


 もしヒモやってるなんて聞いたら、確実にドン引きされてしまう……ああ、まずったなあ。

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