第19話 ヒモ生活から抜け出す一歩となるか

「んじゃ、行ってきまーす」


「いってらっしゃい」


 朝食を食べ終わり、支度をした佳織姉さんを玄関まで見送る。


 本当に主婦みたいだが、今の俺にはこれしか出来ないのだ。


「あ、ちょっと」


「何ですか?」


「いってきまーす♪ ちゅっ」


 と、佳織姉さんは俺の頬にキスをし、家を出る。


 何だか、夫婦みたいになってしまっているが、もう結婚してしまった方が早いのではないかと思い始めた。




「ん、ふああ……電話……初芝さん? はい」


『ヤッホー、裕樹君。元気してる?」


「ええ。何ですか?」


 佳織姉さんが家を出た後、二度寝していると、スマホの着信音に起こされて、電話に出る。


『元気してるかなって。ヒモ生活、満喫してるみたいだね。寝ていたでしょ?』


「ええ、まあ……」


 時計を見ると、既に十二時を過ぎていた。


 いかんなあ……もう、完全に怠け癖が付いちゃってるよ。


『ふふ、佳織はいないの?』


「仕事で出ていますよ」


『ふーん。ね、今度、また三人で会わない?』


「良いですけど、佳織姉さんが何て言うか」


『あの子が断る訳ないじゃん。三人で、また食事でも行こうよ。もちろん、お姉さんの奢りで良いからさ』


 はは……また、奢りか。うん、しょうがないよな。向こうは社会人。俺は未成年のヒモ。


『何か、暇そうにしているねえ。体訛っているなら、ジムにでも行って運動したら? 私、週一回は行ってるよ。佳織にも勧めてるんだけど、何か乗り気しないみたいでさあ』


「ジムですか……」


 そうだな。それも良いかもしれないが、入るにしても会費を佳織姉さんに払って貰わないといけないので、彼女に相談せねば。


『あの子なら、了承すると思うよ。ジムの会費くらいさ。何なら、私が出しても良いけど』


「いえ、そこまでは……」


『あははは! まあ、家に籠もりっきりじゃ、体に良くないから、考えておきなよ。今度、三人でドライブしながら、食事にでも行こうね。それじゃあ』


 と告げて、初芝さんは電話を切る。


 何か運動でもした方が良いか……確かに、あんまり家に居すぎるのもなあ。


 それより、今度会う時も初芝さんの車で出かける事になるのか。


 俺も車の運転がしたい……というより、免許欲しい。ないと困る。


 いや、今は車がなくても生活は出来るのだが、これから必要な事も出てくるだろう。




「やっぱり免許くらいは取らないと……」


 今後、ヒモ生活を続けるにしても、免許は絶対に必要になってくる。何より、身分証が何もないとスマホの機種変更や何やら、色々と困るじゃないか。


 しかし、自動車学校に通うのは金がかかる……調べてみたら、三十万近くかかるそうじゃないか。


 流石にそんな大金は佳織姉さんにはねだれない。いや、親にねだろう。


 そうだよ、今すぐ電話だ。俺を家から追い出した餞別に、教習所に通う金くらいは用意してもらわないと困るよ。


「よし、早速電話だ」


 そう思い立ち、実家に電話をかける。


 何か親と話すのもしばらくぶりな気がしたので、緊張してきた。




「ただいまー」


「佳織姉さん、ちょっとお願いがあるんだ!」


「えっ!? い、いきなり何……?」


 夕方になり、佳織姉さんが帰ってくるや、早速、話をする。




「お願いだ! 免許取らせてください!」


「め、免許? えっと、車の免許の事?」


「うんっ! ないと困るだろうし、欲しいんです!」


 深々と土下座して、佳織姉さんに教習所に通う許しを請う。


 金は何とか親が工面してくれる事になり、佳織姉さんの負担になる事はない。


「免許か……私も一応、オートマ限定で免許持ってるけど、車ないし、何よりなくても生活に困ってないから……」


「いや、車を買ってくれとは言いません! とにかく免許欲しいんです! 教習所の金は親が出す事になってますから、大丈夫です!」


 と、必死に頼みこむと、佳織姉さんも困った顔をする。


 頼む……マジで、免許くらいはないとこの先、生きていけそうにないんだ。


「うん、わかった。良いよ」


「っ! ありがとうございます! ああ、やっぱり佳織姉さんだ! 愛してますよ!」


「ちょっ、大げさだって、もうっ!」


 俺の願いが届いたのか、佳織姉さんも了承してくれ、思わず彼女に抱きつく。


 いやあ、助かった……




 数日後――


「今日から教習か……」


 近くの自動車学校で手続きと適性検査をすばやく終え、早くも学科教習とシュミレーターを行う予約を済ませる。


 学校という物に行くのもしばらくぶりだ。時間なら、有り余っているので、バンバン予約を入れて、さっさと終わらせよう。


 幸いにもここは地元ではないので、知り合いに会う事もないだろうしな。


 オートマ限定ってのが情けないが、とにかく早く取りたいので、恥を忍んで、簡単らしいATにしたんだよ、佳織姉さんもそうだし御そろいだ。




「あれー、もしかして、野村君?」


「ん? えっ!?」


 教室で学科教習が始まるのを待っていると、急に女子に声をかけられたので、何事かと振り向くと、


「よ、米沢さん!?」


「うん。しばらくぶりー。いやー、元気してたあ?」


 何と、高校時代の同級生がそこにはおり、俺の顔を見て、懐かしそうに声をかける。


 米沢梨絵――高校で三年間同じクラスだった女子……席が隣同士だった事もあるので、割と親しかった方だとは思うが、彼女がなぜここにっ?


 確か家は、この近くではなかったと思ったが……。


「ど、どうしてここに?」


「いやー、ウチの大学この近くでさあ。野村君こそ、どうしたの? まさか、同じ大学とか?」


「いいっ! い、いや、その……」


 やべええっ! ま、まさかこの近くの大学に通っていたとは……


「へへ、こんな所で一緒になれて嬉しいなあ。ね、どうしてここに? 野村君の家、この辺じゃないよね?」


「そ、その……」


 ひ、ヒモをしてますなんて言えない! まさか、こんな所で、米沢さんに会うなんて思いもしなかったので、


「はい、では始めます。席について」


「あ、始まるね。へへ、ここ良い?」


 何て話している間に、教官が教室に入って授業が始まる。


 助かったが、米沢さんが俺の隣に座ってしまい、とてつもなく気まずい雰囲気のまま、学科教習を受けていったのであった。




「んーー、学科やっと終わった。あ、野村君、もう帰り?」


「あ、うん……」


 二時間続けて予約していた学科教習が終わり、俺もそして米沢さんも今日の教習が終了したようであった。


「本当? じゃあ一緒に帰らない?」


「いいっ!? え、えっとそれは……」


 どうする? 米沢さんの家って確か、ここからだと電車に乗らないといけない訳だが、俺は今日は自転車なので、一緒には帰れない。


「あの、ちょっと用事があって……ごめん」


「そうなの? 残念だなあ……」


 苦しい言い訳であったが、取り敢えず、そう言い繕うと、米沢さんも残念そうに俯く。


 悪いことはしてしまったが、これ以上、彼女と話すのはめっちゃ気まずい。


「でも、本当に野村君とこんな所で会えるとは思わなかったなあ。ね、今、何やっているの? この近くの大学に通ってるんだよね、多分」


「え、えっと……」


 またそう聞かれてしまい、目を泳がせて、どう答えるか考える。


 適当にこの近くの学校通っていると嘘つこうにも、ボロが出そうなので、言い訳が思いつかなかった。


「私さ、この近くの大学の教育学部に通っているの」


「へえ……すごいね」


「そんなことないけど。へへ、小学校の先生になりたくて」


 この近くにそんな大学あるなんて聞いた事もなかったが、教員志望なのか。


 明るくて面倒見が良い子だし、教師には向いてるなうん。


 それ以上に将来の目標がある彼女がとても輝いて見えた。


 俺の将来……まさか、ずっと佳織姉さんに養われて、それで終わったりはしないよな?




「ん……あ、ごめん」


 急にスマホの着信が鳴ったので、出して見ると、佳織姉さんからのメールで、


『悪いけど、帰りに栄養ドリンク買ってきて。ちょうど切らしちゃって>.<』


 という一文があり、すぐにわかりましたと返信する。


 栄養ドリンクっていつも飲んでるあれだよな多分。


「あの、ごめん。ちょっと急ぐから……じゃあね」


「うん、またねー」


 ちょうど逃げる口実が出来たとダッシュで米沢さんの元から去り、駐輪場に駆け込む。


 トホホ……まさか、こんな所で同級生に会っちゃうなんて……。


 これからの教習、かなり気まずくなるなこりゃ。

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