シャッター音と魔女と君

白昼夢茶々猫

第1話 記憶喪失少女と魔女からのメッセージ

「あ、いたた……」


 ここは、危険。

 唐突に浮上した意識と、脳裏にふいに浮かんだ恐怖感。

 それだけを頼りに、とびおきるとそこは何一つとして見覚えのない場所だった。

 となりに落ちている一つのスマホ。

 完全に無地でフィルムもスマホカバーもかけてない黒い板のままの。

 それがスマホだということはわかる。

 使い方もわかる。

 言葉もわかる。

 自分の性別もわかる。

 でも。

 私は誰で。

 ここはどこで。

 このスマホが誰のもので。

 そういったことは全部わからなくて。

 記憶喪失という単語はわかったから。

 私は何か忘れているんだろうなというところまではぼんやりと理解した。

 でもこの後私はどうしたらいいんだろう。

 そんなとき、となりのスマホに着信音が響いた。

 明るく光った画面の待機画面に新着メッセージ。


『おはよう。起きた? そうし……』


 スマホの幅にはばまれて、途中まで表示されて三点リーダーで省略された文章がいかにも、自分に向けたものに思えてその画面をタップしてみた。

 結果。そのスマホにロックはかかっていなくて、数秒の読み込み中という画面のあとに、トーク画面が開いて先程の文章の続きが表示される。


『おはよう。起きた? そうしたら私のところに来て。この写真のところ。あ、来るときにドアは開けない方がいいよ』

『(橋の上であろう写真)』


 送り主のアイコンは黒く塗りつぶされていて、名前の表示欄には魔女とかいうふざけているのかと言いたいような言葉が入力されていた。


『あなたは誰?』


 こういうとき、記憶喪失の人間がしたいことはなんだろうか。現状確認だと思う。


『魔女だよ』

『(ウインクをしている魔女のスタンプ)』


 親切にもすぐに既読がついて、親切にも返信が返ってきたから調子に乗ってもう一つ聞く。


『じゃあ、私は誰?』

『今は』

『教えてあげない』


 無慈悲に表示された画面に、知らずと肩が落ち、ため息がもれる。


『どうして?』

『いいから早く来てよ』

『(頬を膨らませている魔女のスタンプ)』


 困り果てた私は、画面を操作して自分のプロフィール欄に飛ぶ。

 そこには黒塗りの画面と名前の部分には『名無しさん』。

 そして、任意でつけることのできるコメント欄には、


『見に来ると思った。まだ教えてあげないよ』


 完全にこちらの行動を読んで書いたのだろうコメントに、薄気味悪さを感じて、


「なんなの……」


 という声が思わず漏れた。

 とにかく、自分が何者なのか、どうして周りがこんなに静かなのかとかそこら辺を知るためにはこの魔女のいいなりになるしか方法はなさそうだ。

 ドアは開けない方がいいというメッセージをあったことを思い出して、なにかあるのかと思って、そばにある窓から外をのぞいてみた。

 うっすら危惧していた、周りがゾンビか化物だらけみたいなそんな惨状は広がっていなくて安心する。

 この人が魔女だなんていうから思考がファンタジーによってしまっている気がする。なんて、自分の妄想をまったく知らない人のせいにしてみる。

 ただ、目の前には確かにファンタジーじみている幻想的な光景が広がっていた。

 薄く水に沈んだ世界。

 ただそこに、生きているものの気配はしない。

 しぃんと静まり返ったその水面は、風がないのか一切なびかず、きれいに空を反射している。

 ドアを開けるなと言われたのは、もしかしたら、建物の中に水が入るとよくないとかそこら辺の意図があるのかもしれない。

 仕方なく、窓から頑張って出る。ばしゃん、と水を跳ね散らかして外に出た。

 元は都会だったのかもしれないほど、恐らく光りそうな看板とか、オフィスだったのだろうなというようなガラス張りのビルとかの間に一人取り残された。


「この橋、どこ……」


 スマホの使い方を忘れてなくて本当に良かった。

 魔女から送られてきていた写真を画像検索にかけて地図のページに飛ぶ。

 自分のスマホじゃなさそうな雰囲気に、位置情報もオンにしてやった。

 もし自分のスマホだったら、あの魔女を一発は殴るか蹴るかしていいと思う。勝手に人のスマホのパスワード解除して、メール先を全削除して、私のプロフィール欄までいじってくれちゃってるんだから。

 表示された地図の方向に向かって歩き出す。今更気がついたけど、建物の中ではあんなにきれいに見えたこの水だが、靴と靴下がぐっしょぐしょで気持ち悪い。


 なんとか、画像通りの橋であろうというところにつくと、今まで人影なんてなかったというのに、人影が確かに橋の中央で水面を見下ろして、片足をぷらぷらとさせていた。


「あ、やっときたね」

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