勇者

梨子ぴん

勇者

「勇者さま、おはよう」

そう呼びかけてきたのは、幼馴染で腐れ縁の伊王野だった。

俺は呆れつつも、言葉を返す。

「その呼び名はやめてくれ」

「何で? 昔は喜んでたのに」

「若気の至りってやつだよ」

「俺達、今も十分若いでしょ」

俺達は青春真っ盛りの男子高校生だ。俺はやりたいことがたくさんある。

そう、たとえば人生初めての彼女を作るとか。

なのに、伊王野は昔から俺に構いたがる。変わった奴だ。

平凡な俺だから、理解できないんだろうか。

「伊王野くん、勇くん、おはよ~」

「……おはよう」

「! 祝井さん、おはよう!」

祝井さんが緩く微笑む。めちゃくちゃ可愛い。

加えて祝井さんは、勉強も運動もできて、性格も良い。好きにならないわけがない。

「二人で何話してたの?」

「勇が俺の勇者さまって話だよ」

「祝井さんに変な話を吹き込むな!」

「ふふっ、面白いね」

祝井さんが口に手を当てつつ、控えめに笑っている。可愛い。

伊王野が仏頂面のまま言った。

「1限、体育だから運動場行ってる」

「やべ。俺も」

教室を去る伊王野を、俺は慌てて追いかけた。




「伊王野。お前って祝井さんのこと好きじゃないのか」

「うん」

伊王野はあっさりと頷く。

「勇はあの子のこと、気に入ってるよね」

「気に入ってるというか、まあぶっちゃけ好き」

「ふーん」

恋のライバルが減るのはいいことだ。伊王野は見目が良いから、すごくモテるし。

俺達はこそこそと喋りながら、ボールを避ける。

いつの間にかドッジボールのボールの数が増えて、3つになっていた。

だから、俺は気付かなかった。

頭に強い衝撃が走る。ボールが当たったのだ。

脳が揺れる。俺はすぐに気を失った。

一瞬、叫ぶ伊王野が視界の端にいた気がするけど、見なかったことにした。




「怖かった」

「それ、俺のセリフだから」

運ばれた保健室のベッドで、俺は目を覚ました。

保健室の先生曰く、軽い脳震盪の可能性がある、とのことだった。

「本当に、怖かったんだ。勇が死んじゃうじゃないかと思って」

「ドッジボールが原因で死ぬのは嫌すぎる」

俺がけらけらと笑っていると、神妙な面持ちの伊王野が呟く。

「俺、魔王のままでいればよかった」

「は?」

「だったら、勇者さまを守れたのに」

「……中二病だったとしたら、本当に深刻だぞ」

「ちがうよ。勇は、前世って信じる?」

「信じてない」

伊王野が大きな溜息を吐く。

いや、突拍子もないことを言ってるのは伊王野の方だからな。

「俺が魔王、勇が勇者さまだったんだ」

「じゃあ、俺はお前を倒したのか」

「倒せてないよ。勇者さまは、仲間である僧侶を庇って死んだんだ」

「バッドエンドじゃねーか」

「だから魔王だった俺は、世界を丸ごと変えることにした」

瞳にほの暗い光を灯したまま、伊王野は話を続ける。

俺は正直、何の実感も湧かないから不可思議な物語を聞いている気分だった。

不意に疑問が頭に浮かんだ。

「魔王と勇者なら、敵同士だったんだろ。なんでわざわざ勇者を生き返らせたんだよ」

「好きだから」

「はい?」

「俺が勇者さま――、勇のことが好きだから」

「女子にモテすぎておかしくなった?」

「違う。好きだよ、勇。俺と付き合ってください」

伊王野の声は少し震えていた。俺を真っ直ぐに見つめる顔は、ほんのりと赤くなっていた。相当、緊張しているのだろう。

「ごめん、俺、伊王野のことそういう目で見たことない」

なんだかんだで伊王野とは仲が良いから、気まずくなるのは嫌だけど、自分の本心で答えないのは不誠実な気がした。

「わかった」

伊王野は笑顔だった。

安心した俺が「これからも友達でいような」と言葉を続けようとした時。

「勇に恋人として好きになってもらえるよう頑張るよ」

「ん? 俺、断ったよな」

「そうだね。でも諦めなきゃいい話だから。勇者さまがそう教えてくれたんだよ」

「いや前の俺の話とか全然知らないから!」

俺がそう突っ込むと、伊王野は少し寂しそうな顔をした。

けれど、伊王野はすぐに明るい顔になって、俺の頬を撫でる。

「勇と会えてよかった」

「雰囲気を甘くするのやめろ」

「本当だってば」

悪戯っぽく笑う伊王野は、魔王になんて見えなかった。



***



俺は魔王だ。

ありとあらゆる力を有し、他を制圧した。周りは俺を崇め、媚び諂った。俺にとってはそれが当たり前のことだった。

でも、勇者と呼ばれる人間だけは違っていた。

いくらこちらの勢力を送り込んでも、返り討ちにしてくる。

勇者に興味を持った俺は、一度聞いてみたことがある。

「勇者よ。汝はなぜそこまで戦い続ける?」

「決まってるだろ。皆を守るためだ」

「疲れないのか」

「疲れるさ。でも、諦めなければ勝算はあるし、皆の笑顔も見れる。魔王のお前にはわかんないだろうけどな」

勇者は不遜に言い放つ。俺はその様を見て聞いて、心臓がどくりと跳ねた。

勇者が欲しい。

俺はそれから度々勇者に会いに行くようになった。

勇者は驚き、攻撃を仕掛けてきたが魔王たる俺にとっては痛くも痒くもなかった。幸せで楽しい日々だった。

月の綺麗な夜の日のことだ。

俺はいつも通り勇者一行に奇襲をかけた。この頃の勇者達は強くなっていたから、俺は油断していたのだ。

俺は僧侶に攻撃魔法を仕掛けたのに、勇者が僧侶を庇ってしまった。

「ぐあっ」

「勇者!」

僧侶が急いで治癒魔法をかけていたが、手遅れだった。

俺の魔法は強い。防御をしないままでは、致命傷になる。

僧侶は泣き叫んでいた。

俺は狼狽えるばかりで、何もできなかった。

そして、勇者は息を引き取った。苦痛に歪んだ顔をしていた。

「魔王め! この人殺し!」

勇者一行が魔王である俺に罵声を浴びせる。

腹が立った俺は、勇者以外の者も全て殺した。

「勇者」

勇者の頬を撫でると、とても冷たくなっていた。

俺は生まれて初めて泣いた。

俺は決意した。世界を造り替えて、もう一度勇者に会おう。




書き換えた世界は平和そのものだ。まさしく勇者が望んでいた世界だろう。

勇者――、勇とはすぐに出会えるように親を隣同士で住まわせるように設定した。

勇は大さっぱで、負けず嫌いで、でも相変わらず優しい人間だった。

世界の創生と引き換えに力を喪った俺は、次第に勇に惹かれていった。

俺はなるべく勇の傍にいるようにしたし、勇もそれを拒まなかった。

けれど、高校生になった時、勇は女――、それも元僧侶に惚れ込んでいた。

勇の傍にいるのは俺なのに、どうして俺を選んでくれない?

勇が俺の重要性を思い知ればいいと思い、俺はわざとクラスメイトに勇へボールを当てさせた。

でも、勇が意識を失った時、怖くて堪らなくなった。

また、勇を喪ってしまうかもしれない。

俺は考えを改めることにした。勇の気を惹くために企みを働くのはよそう。全て打ち明けよう、と。

俺が告白した時、勇は戸惑っていた。

勇、大丈夫だよ。今回はゆっくりと勇に合わせて動くから。

だから、いつか俺のことを好きになって、本当に俺だけの勇になってね。

俺は勇に笑いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者 梨子ぴん @riko_pin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ