第7話 逃走

語り手:セシリー


 目が覚めた時、男達は少し離れた場所にいた、こっちから背を向けて何か話しているようだ。


 「こう行ってこう行ってこっちか?」

 「ちがーう!こっちだ!」


 会話に夢中になってこちらに対する注意が疎かになっている様子だ、今なら逃げられるだろうか、いや、行くしかない。

 私は、気付かれないように静かに自分の腕に縛られた縄を火魔術、”レスファイア”で焼き切った、リリちゃんは?


 慎重に首を左右に振り周りを確認し、リリちゃんの身柄の存在を確認する、すぐ隣ですやすやと眠っている様子だ、縛られているロープをほどいてあげ、優しく抱きかかえ音を立てないように、足早に走り去る。


 正直どこに向かっているのか分からない、しかし今はそんなことはどうでも良いと思った、とにかくあの二人から逃げられれば良い、頭のずっしりとした鉛の様な重さを耐えながら、ぐにゃぐにゃと、木が布の様に歪んで見える目の前の道無き道を、なんとか進んでいく。


 辺りは極太で長い木々が不規則に並び立つ、若干霧が漂いちょっと呼吸しづらい、地面は湿ってはいるが走れないほど柔らかくない、こんな状況が一切変わらず続く。


 見渡せど見渡せどここが一体どこか分からなくなり、流石に足を止めた、とりあえずリリちゃんを木の根元に横にして寝かせておく、とても気持ち良さそうにぐっすりして眠っている、そんなリリちゃんの頭を私はそっと撫でる。

 そのまま私は隣に内股の三角座りで腰掛けた。


 「は〜、どうしよう」


 ここで大人しく動かないで待つか、自分でネオ君を探すか、でもこれ以上はもう余計なことしないほうが良さそうね、事態が悪化しそう。


 そうだ、今の状況を把握しておかなきゃ、鞄は置いてきちゃったな、もったいないけどあの状況なら仕方ないよね、命には変えられないもん、でも地図もあの中だしな、それに何日も何も無しで生きていかなきゃいけないって思うと、きついなぁ…何かないかな。


 リリちゃんから少し離れてしばらく周りを探ってみる、しかしそんなに都合よく見つかるわけもなく、私はしばらく彷徨い続けた。


 「うーん、せめてちっちゃくても良いから食べられる物が欲しいな」


 これ以上リリちゃんから遠くへ行くわけにはいかないし、一回戻ろうかな…そう思い引き返そうとした時、水の流れる音が微かに聞こえた、私はその音に近付くように走って行く。


 すると運良く川が見つかった、これで水には困らないし、あと魚とか捕まえられないかな、と、いろいろ考えながら川の横を歩き回っていると、たまたま見つけた木の根元が空いており、大人二人が一緒に入れそうなスペースがあった。


 「ついてる!ここにリリちゃんを運んで寝所を作っちゃお!」


 私はすぐにリリちゃんの所へ戻り、抱き抱えて穴まで運んだ、まだすやすや眠っている。


 とりあえず今は川へ行き水を汲む、魚掴みにも挑戦してみた、足の裾を上げ川の中に入ったが冷たいどころじゃなく、キンキンに冷えてしまい冷たいを通り越して痛かった、それでも気合を入れて手を突っ込んだ、魚をしばらく探しなんとか一匹捕まえる、今日はリリちゃんにこれをあげよう。


 戻ってその場に木を組みレスファイアで焚き火を作り、その前で三角座りをして休む。


 これでとにかくなんとかなりそう、今日はここで野宿かな、凄いことになっちゃったけどきっと大丈夫だよね、きっとネオ君が探してくてれるはず。


 「ん〜、お姉ちゃん?」


 リリちゃんが目を覚ました、よかったぁ、正直このまま目を覚まさなかったらどうしようって思ってたけど、どうやら杞憂だったみたい。

 リリちゃんに体を向け話しかける。


 「リリちゃん、起きたのね、お水飲む?」

 「うん」


 リリちゃんの上体をゆっくり起こして水を飲ませる、だんだん頭が冴えてきたのか元気にお喋りしてくれる。


 「お姉ちゃんが全部やってくれたの?すごーい!」

 「全然、こんなのネオ君の方が上手くやるだろうし、やっぱ私一人じゃ大変だわ」


 魚を焚き火で焼き、二人でそれを見つめながら喋る私達。

 いつも仕事で遠くに出向くことはあるけど、こんな森で一人で全部やることになるなんて思わなかったな、魔物に見つかりづらい野宿できる場所を見つけてくれたのはネオ君だったし。


 「あ、お魚焼けたね、はい、リリちゃん」


 私はよく焼けた魚を焚き火から引き抜いて、リリちゃんに手渡した、リリちゃんは感動した様な表情を見せて魚に手を伸ばそうとしたが、私の方を見て手を止める。


 「お姉ちゃんは?」

 「私?私は良いの、一晩くらい大丈夫!」


 私は両腕を上に曲げポージングして、大丈夫アピールをした。

 するとリリちゃんが魚を手に取り食べ始める、そうよ、子供は大人のことなんか気にせず食べなさい。

 ぐ〜〜

 あー、お腹なっちゃった。


 「ふふ、お姉ちゃん!はい、半分こ」

 「リリちゃん…」


 私に半分食べた魚の残りをくれた、でもリリちゃんの方がいっぱい栄養取らないといけないし。


 「気持ちは嬉しいけど全部食べなさい?私よりリリちゃんが倒れた時が大変だから」

 「そんなのお姉ちゃんだって一緒だよ〜!これ一生懸命獲って来てくれて疲れてるのに、何も食べれないなんてお姉ちゃんの方が倒れちゃうよ!」


 リリちゃんが私に魚を上下に揺らして向けて行ってきた、少々行儀が悪いけど確かに私が動けなくなったら、この子をこの間誰が守っていくのか。

 私は上下に揺れる魚を掴み取り笑いかけた。


 「ありがとう、リリちゃん」

 「うん!」


 リリちゃんも満面の笑みだ、可愛いなぁ。


 魚を食べ終わった頃には辺りが真っ暗になり、焚き火がないと周りの状況が分からないくらいになっていた。

 

 「川から組んできた水があるんだけど、リリちゃんも体洗お」

 「ううん、私はいいや」


 まただ、リリちゃんはいつも体を洗うことを拒否する、汚いから綺麗にした方がいいんだけどなー、それでもネオ君と無理やり洗わせようとした時には暴れ出したこともあったので、無理強いは良くないと思いそこからは押し付けない様になった。

 結局私一人で洗うことになり、水浴びを済ませた。


 「そろそろ寝よっか」

 「はーい!」


 体一つ分の大きな葉を何重にも重ねた寝所、寝心地は悪いけど、まぁこれに関してはネオ君と一緒にいた七日間もそうやって寝てたし、慣れたものね。

 横向きに寝ながら側で寝ているリリちゃんのお腹をさすってあげる。


 「ごめんねリリちゃん、こんなことになっちゃって」

 「ううん、お兄ちゃんがきっと助けに来てくれるから平気」


 リリちゃん…そうね、きっと来てくれる、初めて会った船の時だって、一人で魔物に立ち向かってくれたネオ君だもの、そんな簡単に諦めちゃう様な子じゃないよね。


 「お姉ちゃんも!」

 「…ありがと」


 リリちゃんの言葉に軽く返し、二人で目を閉じた、どちらが先に眠ったかはわからないけど、お互い落ち着いてゆっくり眠れた気がする。



***



 翌朝、先に私の方が早く目覚めたっぽい、木の根元の穴を隠し、早速川へ行って昨日のように水汲みと魚獲りを始めた、早朝だからやっぱり水は冷たい、気温も相当低い、魚もなかなか見つからないなぁ、どうしよう。


 「どこにいるかなー」


 腰を前に曲げ手を川に突っ込んで探してみるが、結局何も見つからなかった、仕方ないので水だけ持って帰ることにした。


 帰ってみると何か違和感を感じた、さっき私が根元にかけた巨大な葉が分かりやすくずれている、しかし気になったものの風でずれただけだろうと、浅はかな考えをしてしまった私はそのまま小走りでリリちゃんの元へ近づこうとした、その時だった。


 草の中から二本の手が私の両手を掴み捕まってしまう、すると木の根元の中からもう一人、太った男がリリちゃんを担いで出て来た。


 「手こずらせやがって」

 「お姉ちゃーん!」


 そいつらは説明するまでもなく昨日の男達だった、こんなに早く見つかるなんて。


 「えっへっへ〜、もう逃がさないよ〜」


 私を捕まえた男が耳元で囁いてくる。

 ふざけないで、もう捕まるわけにはいかない!


 「うああ!、アッチ!」


 不意のレスファイアで男に手を離させ、その瞬間に目の前へ駆け出し、太った男の足を引っ掛け地面に倒しリリちゃんを連れ逃走。


 「くっそ、何やってる!早く捕まえに行くぞ!」

 「あ、あぁ」


 走らなきゃ、とにかく走らなきゃ!

 道無き道を走りながら、後ろにいる手を繋いだリリちゃんを見て様子を伺う。


 「リリちゃん、起きたばかりでごめんね、このまま走れる?」

 「うん!」


 多分すぐにまた追いかけてくる、それまでにできるだけ早く遠くに離れないと。


 そしてふと後ろを見るととてつもない速さで石がリリちゃんに飛んできた、私は咄嗟にリリちゃんを庇い後ろの腰を怪我してしまった。


 「うっ」

 「お、お姉ちゃん!?」


 男達が歩いてこちらに近づいて来る。


 「兄貴、女は綺麗な状態でって言ってたじゃねーかよ」

 「う、うるせー、とにかく捕まえりゃあいいんだよ!」


 まずい、このままだと…どうすれば。

 するとリリちゃんが私の手を掴み引っ張り出した。


 「リ、リリちゃん、私、そんなに早く走れないから」

 「大丈夫、安全な所に連れて行ってあげる」


 何言ってるの?あ、も、もう無理

 私はその場に倒れた。


 男達がまた近くにやって来る、今度こそもう終わりだと、そう覚悟した。


 その時だった、目の前に強い風圧と、何かが地面に強く打ち付けられる音がした、何が起こったのか答えはすぐに分かった。


 銀色に見間違えるほどの綺麗な白髪をなびかせ、体を覆うほどの大きなマントから出た右手には、等身より大きな両刃の鎌を持つ、そうだ、彼が来てくれた。


 「セシリーごめん、今度こそヘマしない、もう一度チャンスをくれ」


 真面目な彼は私に謝罪した、でも失敗したとか、そんなことはどうでも良かった、ただ諦めずに一晩耐えた甲斐があった、信じて良かった、だから私はこう言った。


 「ううん、頼りにしてるから、来てくれてありがとう、ネオ君」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る