第6話 失態

 森に入って七日目、今も俺達は歩き続けている。

 景色は相変わらず薄暗くどんよりとした雰囲気だ、地面が湿っていたり、凄い時は霧が張っていて目の前が見えづらい、そして前を塞ぐ大きな木の根っこや岩をよじ登りながら、出口に向かって進む。


 巨人の森を抜けるまでにかかる時間は、休まず歩いて八日、休まずいけたらの話だが、俺たちのペースだと十一日くらいはかかりそうだな、まぁ気長に根気よく歩くしかないな。


 それにしてもセシリーは元気だな、こんなに連日歩いてるのにピンピンしている、岩の上から手を引っ張りながらそう思った。


 「どうかした?」


 セシリーがこっちの視線に気付き、岩を登りきった後立ち上がり、俺に言ってきた。


 「いや、意外とタフで逞しいなって思って」

 「まぁ今まで全く外に出てなかったわけじゃないからね、発掘とかで遺跡に赴いたりするし」


 確かに、そう考えたら自然か、考古学者なんていろんな所に出向いて発掘して研究して、だもんな、むしろ体力がなくちゃやってられないのか、なんにしても体力があるならこっちが相手のペースに気を遣わなくて済むしありがたいな、問題は…。


 「リリ、大丈夫か?」


 俺は疲れている様子のリリに、中腰になって顔を覗き込み聞いた。

 子供で女の子だし、体力も無いだろうからな、こうなるのはある程度予感はしていたが。


 「うん、大丈夫」


 リリが息を切らしながら言う、本当に大丈夫だろうか、さっきからずっと辛そうにしているが、できることならここらへんの近くで休ましてあげたいがなぁ、でもそうすると…。

 するとセシリーが歩いてリリに近付き、持ち上げる。


 「ほら!これで楽ちん」


 背中を下にし、肩と膝裏を支える、お姫様抱っこだ。


 「わーい!お姉ちゃん大好きー!」


 リリが急にセシリーにぎゅっと抱きしめるように密着して甘える。


 「いいのか?いくらなんでも疲れるだろ、しばらくしたら変わろうか」

 「ううん、全然大丈夫よ、ネオ君は私達を魔物から守ってくれるんだから、手を塞いじゃダメでしょ?」


 セシリーが首を振り、俺の提案を断った。

 そう言うならそれで良いか、リリも俺みたいなのよりお姉さんの方が良いもんな。


 「分かった、二人とも離れないようにな」

 「はーい!」


 俺の言葉にリリが元気な返事で片手を上げた、セシリーは何も言わず、落ち着いた表情で頷く。


 それからも三人で歩き続けた、長い長い道のりを、低い気温の中、途中魔物にも襲われたが難なく退治できた。


 「あ!ねぇねぇお兄ちゃん、あっちに日向があるよ、行ってみよーよ!」

 「ん?いや、リリ、今はそんなんどうでも良いから」


 リリがこういうことを言う時がたまにある、だいたい聞くことなく通り過ぎる、基本は最優先じゃないから聞かなかったが、今は理由がある、その問題をどうにかできないと今は立ち止まれないのだ。


 実は俺達三人の後ろに、さっきから男達が尾行してきている、おそらく人攫いだ、数は二人か、きっとあっちもタイミングを見計らっているんだろう、迂闊な行動を取らないように気を付けないと。


 後ろの太い木の後ろに隠れているのが一人、大きな草の茂みに隠れているのがもう一人、隙を見せないようにすれば今すぐに襲われはしないだろう、気を張っておかないと。


 そう思って注意を払っていた、すると突然一本の小さな針が飛んできた、すぐに鎌の刃の平ひらの部分でガードしたが、リリを抱えているセシリーにも同様のものが飛ぶのを見た。


 俺はすぐに二人の前に立ち、針を鎌の刃で弾いた、針の正体はおそらく睡眠薬を塗り込んだ物だ。


 って言うかいきなりかよ、不意を突いてきたか、まぁなんとか間に合ってよかった。


 「何やってんだ!」

 「すまねぇ兄貴ぃ〜」


 男二人がそれぞれ別の方向から出てきた、一人はだいぶふくよかな体型だ、脂肪が指先まで詰まっていそうなほどパンパンな見た目だ、横には大きいが縦にはそれほど大きくない、俺とそんなに変わらない身長だ、茶色のローブを羽織り、頭には安っぽい帽子を被っている、もう一人に怒鳴りながら怒りの表情を浮かべて歩く。


 もう一人はガッチリした体型だ、さっきのが指先まで脂肪が詰まっているならば、こっちは筋肉が指先まで…いや、そこまでではないが、間違いなくちょうど良いくらいの筋肉量を持っていると言える。


ローブから出た腕を見たらわ分かる、身長は太った奴の二倍くらい、見た目的にもこっちの方が強そうだが、主従関係は太った方が上なんだな、おそらく兄弟か、服装は緑色のローブを羽織り、頭には同じく安っぽい帽子を被っている。


 「まぁいい、ガキ二人と女一人だ、何も考えることはねぇ」

 「兄貴、あの女なかなかいいぜ〜、エッヘッヘ」


 兄弟が言い出した、そのまま短剣を取り出し、ニヤニヤしながらゆっくりと近付いてくる。

 とりあえず殺さないように、蹴りで気絶させるだけにしておこう。


 「離れてて」

 「うん」


 セシリー達に一時避難してもらった後、俺はすぐさま鎌を構え、戦闘態勢に入った。


 二人が一斉にかかって来る、まずは兄がこっちに向かって走り短剣を振り下ろす、それを三回避け、顔を蹴り飛ばし、木の幹に叩きつけられる、蹴られた顔の頬が波打ってぷるるんっと、まるでスライムのように揺れた、足の甲にもそれが伝わる。


 すると目の前に弟が吹き矢のような長い筒を構えてこっちに体を向けている。


 「ぷすっ」

 「喰らうか!」キン!


 敵が吹いた針を鎌で弾き、地面をひと蹴りして一気に弟に近づき腹に蹴りを入れた、弟はその場で腹を抱蹲る、油断する暇はない、今度は兄の方がまた攻撃を仕掛けてきた、兄はさっきと全く同じように短剣を振り向かってくる。


 左斜め上から右斜め下へ一振り、右から左へ一振り、真っ直ぐ一突き、真上から真下へ一振り、俺はそれらを全て見極めてかわし、持っている短剣を鎌で弾き飛ばした。


 本人は慌てた様子だった、そのためもう終わりだと思っていると、突然構えた兄の掌から石が飛び出し、俺に向かって飛んでくる、いきなりの事だったがなんとか素早く反応し避けることができた。


 魔法も使えるのか、思ってたより器用だな、石を出すということは土属性の魔法か。


 「くらえぇぇぇ!」


 兄が腕とお腹と頬をぷるぷる揺らしながら、両手を交互に出して石を放出する、無計画で不規則に飛ばされた石を楽々と見極め避けていき、最後の一個を鎌で叩き落とし、地面をひと蹴りで一気に迫っていく。


 すると兄が急にしゃがみ込み、目の前にはなんと弟の方が立っていた、その時、弟が何かを散布し、それがもろに俺の顔にかかってしまった。


 「くあああ!」


 散布された物によって目が染みる、全く開けられない、目眩しをされた。

 くそ!どこだ、どこにいる…俺は手探りで周りに手を伸ばす。


 「きゃああ!」

 「こっちに来い!」

 「お兄ちゃーん!」


 セシリー?リリ?どこだ、くそ!

 不都合なことは立て続けに起こる、たまたま足を踏み入れた所に何かしらの罠が仕掛けてあったのか、俺は足を持っていかれ、何か硬くて太い物に全身が掬い上げられる感覚があった。


 「兄貴!なんかあのガキ罠にかかってるぞ」

 「構うな、もうこのガキと女で十分だ、あいつの目が回復する前に逃げるぞ」

 「セシリー!?リリ!?大丈夫か!おい!」


 俺は罠の中でもがきながら必死に呼びかけたが、二人は答えられない状況なのか返事はなかった。




 数分後にやっと目を開けられた、開いた瞬間眩しい光が目に差し込んできた、日向の場所にいつの間にか来てしまっていたようだ、罠の形は太く編まれたツルが網状になっている、俺はその中にまんまと入れられてしまった。


 それにしてもこの罠、誰が作ったんだ?さっきの兄弟の反応からしてあいつらじゃなさそうだし……ん?


 俺は編まれたツルに引っかかってる複数の細いものが気になり、手に取って見てみる。


 「これは、髪の毛?」


 明かに動物の毛っぽくはない、真っ直ぐで長くて…でもこの特徴的な色、どこかで見たことあるような気がする。

 そうやって考え事をしていたら、手がもつれ髪の毛が下に落ちてしまった。


 「あ」


 その拍子に俺は初めてその下を見た、そこにはとんでも無いものがあった、”魔法陣”だ。


 「なんでこんな所にこんなもんが…って、そうだ!今はそんなこと考えてる暇はない!」


 俺はすぐにツルを切り裂き、行き先を考えた。

 普通に考えて森の奥深くには入っていかないだろうし、俺達が進んでいた方角か、二人とも、待っててくれ、すぐ向かうから!




語り手:三人称


 巨人の森北東部、兄弟達が歩いていた。


 「えへへ、上手くいったな兄貴」

 「あぁ、途中までは本当にダメかと思ったが、お前を信じてよかったぜ」


 弟はセシリーを、兄はリリを肩に担いでいた、二人は眠らされている様子である。


 「ここで良いだろう、おろせ」


 兄弟は担いでいたセシリーとリリを地面に落とす。


 「それ見しても良い女だぜ」


 兄はセシリーのローブを少しどかし体を確認する、すると服の上からでも分かる大きさの、胸部の膨らみが確認できた。


 「うへへ、おっぱいでけー」

 「こいつは上玉の女として高く売れそうだぜ」


 弟がセシリーの体に興奮し、まるで獣のように鼻息を荒くし、手を伸ばそうとする。パシィン!


 「いてっ!」


 兄が弟の手を叩いて止める。


 「ばかやろう!綺麗な状態で売りに出すのが一番良いに決まってるだろ!」

 「えー、でもよー兄貴、この女傷物じゃねぇかなんてわかんねぇだろ」

 「うるせぇ!それは森を抜けた後に調べる、それにこんな所で裸になっておっぱじめてみろ、凍え死ぬぞ」


 弟ががっかりした様子で頭を抱える。


 「なぁに、金が入ったら娼館連れてってやる」

 「本当か兄貴!?」

 「あぁ本当だ、そこだったらいっぱい遊んでよし、だから今この女に手を出すのはやめとけ」


 弟が嬉しそうな笑みを浮かべてセシリーの鞄に視線を向けた、その中にはなにやらみたこと無い木の実が入っていた。


 「兄貴、なんだこれ」


 弟が鞄から取り出し兄に質問する。


 「あ?これは”フンコウの実”だな、媚薬の成分としてよく使われるやつよ、ここら辺ではよく獲れる、サイズも森の外じゃ豆粒サイズにみたねぇが、ここだと掌サイズになるから、間違えて獲るやつがいるんだとよ」

 「へー、そいつはいいや、これも貰っちまおう、とりあえず今はこいつのカバンに戻しておくか」


 弟はウキウキ気分でセシリーの鞄にフンコウの実をしまい鞄の口を閉めた。

 するといつの間にか少し離れた所にいた兄が声をかける。


 「おい、森の出口までの道のりを確認する、地図持ってこっちに来い」

 「おう、こいつらは?」


 弟は眠っている二人を指差し兄に質問する。


 「今は多分起きないだろ、とりあえずそこに寝そべらせとけ」

 「本当に大丈夫かな〜」


 少し心配しながらも、出口までの道のりの確認をするために、兄の元へ地図を持って行く弟であった。

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