シロの末裔

みあかろ

プロローグ

 俺の名前はネオ、十三歳

 突然だけど俺は今、凄く幸せなんだと思う。


 別に金持ちの家に生まれたわけじゃないが、俺はホリビスと言う種族で、姿はヒト族とほとんど変わらない、体のどこかに紋章のようなのがあるのと体から獣を生み出せるのが特徴らしい、その種族は約五百年前、とある国を襲いはじめ、蹂躙しようとした歴史があった。


 結果的に精鋭騎士達により、その国は守られたが、それによる甚大な被害は凄まじく、ホリビスは末代まで忌み嫌われる運命を辿る、俺も例外ではなく、よく周りから睨まれたり、嫌がらせを受ける。


 幼い頃、冒険者パーティに拾われ、皆の元で育ちはや七年、砂漠や氷の大地などいろんな所へ旅に連れて行かれ、時にはダンジョンで魔物と戦い、ギルドの依頼をこなし、仲間たちと馬鹿な事を言いながら過ごす毎日、ずっと一人でもおかしくなかった俺が、こんなに楽しい生活を送れるとは思っていなかった。

 長く過ごしすぎたのか、そんな日々が俺は、当たり前のようで最高だった。

 

 明日は、来年の寒い時期は、皆でどこに行けるんだろうとか、そんな事だけを考えていた。



***



 「ネオ、一月後にはお前ともう旅ができなくなる、急で悪いが分かってくれ」


 そう言われたのは夜、食事の時間、場所は飯屋。


 その言葉を口にしたのは”ラウル”だった。

 ラウルはパーティのリーダーで、最初に俺のことを見つけてパーティの中に引き入れてくれた人、歳は俺より二十くらい上で、完全に親代わりのような存在、他のメンバー達も皆大人である。


 本当に突然だったので、一瞬よく分からなかった、俺は、それほどこの日々が当たり前で、皆が離れていくなんて考えてもいなかった。


 「は?なんで急にそんなこと言うんだよ!」

 

 俺は身を乗り出しながら、机の上でバン!と大きな音を出して言った。

 周りを見渡しても、ラウルに対して反論するメンバーはいなかった。完全にアウェー、味方などいない。


 「決まったことだ、まだ時間はあるから準備を少しずつ進めておいてほしい」

 「理由が無いと納得できるわけないだろ」

 「それは……すまん」

 

 ラウルの目は俺を見ていなかった、目を細め、ずっと自分の手を見ていた、その手は机の上で組まれている。

 悲しみと苛々で限界だった俺は、その場から走って消え去った、周りの呼びかけにも耳を貸さずに。


 ベッドの上で俺は踞っていた、思い出していたのだ、初めて会った日のことを… 

 

〜回想〜

 夕暮れの中、真っ赤な空と、周りの家から漂う飯の準備の匂いにイラつき始めていた。


 どこから来たのか、自分が何と言う名前なのかすら知らず、言葉だけはなぜか喋れた。


 周りの視線が痛く感じるし、幻聴がたまに聞こえる気がする、自分に語りかける謎の声が、こうなると体は勝手に生きようとする、どんな手段を使っても、盗みである。

 

 丁度無防備にしている男を見つけた、安っぽいくたくたの服を着ていて、顔は無精髭を生やしてぼーっとしている、いかにも無警戒のようだ。


 狙いを定めた俺は、すれ違い様に男の所持品を盗み取り、すぐに曲がり角に隠れた。

 これで今日も食いっぱぐれなくて済む、そう安心して小袋の中を開け覗き込んだ、中には見たことない紋章の様なものが彫られたナイフが入っていた。


 「何だこれ?」

 

 とにかくこれを売ろうかと考えていたその時、さっきの男が真横に立っていた、腕を組み、俺を見下ろしていた。

 咄嗟に逃げようと立ち上がったが、すぐに捕まってしまった。


 あー、このまま知らないところへ連れてかれて売り飛ばされるのだろうか、痛めつけられて何処か山奥へ捨てられるのか。

 だが、その男はそんな厳しいことをする様子もなく、事情を聞くと、食べ物をご馳走してくれた。

 

 「どうして…」


 俺はおどつきながら聞いた。

 すると男は眉間に皺を寄せ、口角をあげ優しい口調で喋った。


 「いや、ちょっと最近嫌なことがあってな、癒されたい気分だったんだ、子供を見ると心が落ち着くからな」

 

 それがラウルとの出会いだった。


〜現在〜

 って、普通に俺が悪ガキじゃないか、人の物盗んで、お咎めなしでこんなに楽しく過ごして…。

 もしかして、ずっと嫌々だったのか?

 

 何処の産まれかもわからない生意気なホリビスの子供、メンバーのミスには口うるさかったかもしれない、喧嘩も今思えば結構あった、でもあれは、俺にとってはたわいも無い、ただの、普通の……もう辞めよう、何を考えても皆が俺を追い出すと決めたんだ、何も変わらない。


 やっぱヒト族とは違うんだ、俺って。



 

 翌朝、窓から光が差し込む、鳥の囀りと、明るい空が元気に頑張ろうとか言ってるみたいでうざかった。

 

 今日は皆でダンジョン攻略の予定だったな。

 重い腰を持ち上げ準備を整えると、俺は部屋を出た。

 宿を出て右を見ると、メンバー達はすでに集まっていた。俺が来た途端に空気が張り詰めた、とても気まずい空気である。


 「まぁ、取り敢えず今は今日の仕事に集中しよう、皆でちゃんと納得できる様に結論を出すのは、そのあとでも遅くはない」


 沈黙を破ったのは”フィンガル”だった。

 フィンガルはパーティの後衛担当の魔術師である、俺によく魔法の基礎を教えてくれた。

 あまり人を引っ張っていくタイプではないので、頼りない印象を受ける時が多いが、こう言う時はいつも、空気を悪くしない様に動いてくれる。

 パーティ名は無い、メンバーはラウルとフィンガル、”ヒーラーのグラサー”と”剣士のアリシア”、そして俺の

五人。


 メンバーはフィンガルの呼びかけに応じて、少し雰囲気が柔らかくなった。

 俺も空気を悪くしてばかりではいけないと思い、一言謝罪をしておいたが、自分の中ではまだ何も解決されてない、モヤモヤが晴れない。


 ダンジョンは、俺たちが滞在している街、ブロンガから西へ移動したところにある森の中の遺跡、長い間手入れされていないようで、周りには苔が生えている。大きさは、そばに並ぶ木に比べたら少し大きい、鳥の目線で見たらだいぶ目立ちそうだ。


 中は暗く、松明が無ければ見えないくらいだった。皆で松明を用意し、入ってみる。

 気温が明らかに違う、暖かい、奥に炎系の魔物がいる可能性が高い。


 「暑いな、奥に何かあるかもしれねーから準備しとけ」


 ラウルが皆に呼びかけた。それに応えて俺は、自分の装備である両刃の大鎌を構える。

 ちなみに俺は魔法剣士、杖に付いてるような魔石を別の武器に付け、魔法を併用して物理的な戦いをする、中衛のポジションである。


 魔法剣士と言う名前は、どの武器を使っていても、総称して魔法剣士である。最初に武器に魔石を付けて使用した者が、剣を使っていたからだ、いちいち武器で呼び名を変えるのもめんどくさいんだろう、と思った。


 進んで行くと、前から角の生えた大きなムカデ型の魔物”レッドクロウラー”が二体現れた。

 ラウルとアリシアが迎え撃ち、フィンガルが魔物の足場を封じ援護した。魔物は難なく倒され、俺の出る幕はなく一階は簡単に越えることができた。


 この遺跡ダンジョンは、地下へ進み攻略するので、下り階段を探していく。


 続く二階目、三階目では大きい蜘蛛型の魔物”リバースパイダー”の群れと、剣を持った人間の骸骨のような魔物”デスソードマン”と対峙し、ラウルとアリシアは攻撃をかわしながら、敵の懐まで走り込み切り落としていく、フィンガルは炎魔法でリバースパイダーを焼いていく、俺も風魔法で援護しながら前の二人が逃した敵を薙ぎ払う、攻略は順調だった。


 魔物を倒したあと、いつものようにラウルは皆とハイタッチをしていた。ラウルは俺にもハイタッチを求めて来たが、少し戸惑ってしまった、昨日あんなことがあったから無理もない、迷った末に俺は手を上げようとしたが、その時にはもうラウルの手は引っ込んでおり、恥ずかしそうに、申し訳なさそうな顔をして俺の近くから離れて行った。


 何か逃した気がする。まあ、結局すぐに離れるんだしな、どうって事はない。


 「よし、ここいらで少し休憩にしよう」


 ラウルがそう言って休憩になった。

 休憩の間、武器の手入れをしたり、グラサーはメンバーに治癒魔術をかけるなど、皆各々の準備をする。


 「ネオ、少しいいか?」


 ラウルが後ろから話しかけてきた。少しびっくりしたが、俺はそれに応じ、皆と少し離れたところで話をすることになった。


 「………」


 ラウルはしばらくの間黙った後、口を開いた。


 「フィンガルはああ言ってた…けどよお、やっぱりこのままじゃ良くないと思ってな」


 少し俯いた顔をあげ、こちらに視線を向けながら言われた。


 「俺もそう思う……でも、なんとなく分かった気がする」

 「分かった……?」

 「俺は皆のこと仲間だと思っていた、でもラウルたちは……限界だったんだろ?ホリビスを引き連れて行きながら旅するのも、不自由だし」

 

 俺は拳を強く握り、歯を食いしばりながら、ラウルに背を向け伝えた。


 「っ!違う、そう言うことじゃ」

 「そう言うことだろ!?昨日だって」


 食い気味に俺が反論しようとした瞬間、ラウルは形相を変えて俺にとんで覆い被さった。

 事は一瞬の内に起きて収まった、天井と床が崩落したのだ、俺達は一緒に落ちてしまった。


 「痛ってぇ…?……!」


 ラウルが左足を怪我して隣で横たわっていた。


 「ラ、ラウル⁉︎」

 

 ラウルは苦しそうな顔をしながら俺の方を見て言った。


 「ネオ、ケガは…大丈夫か?」

 「大丈夫かって、あんたの方が…」

 

 俺を庇って下敷きになったから、こうなったんだよな……。


 「二人共!大丈夫ですか⁉︎」


 上の方から声が聞こえた、見上げるとグラサーが穴から顔を出し、こちらを覗いていた。


 「大変なんだ!ラウルが足を怪我してて」


 俺の慌てた様子を見ても、グラサーは落ち着いているように見えた、そして大きな声で、口に両手を添えてこのように俺に指示した。


 「私たちもすぐに下の階への道を探します、この高さでは飛び降りるのは危険かと思いますので、それとリーダーですが、できればネオに応急処置をお願いしたいです」

 「え、俺が!?」


 嘘だろ、治癒魔術なんて練習しても、初級すら覚えきれなかったのに、俺にいったいどうしろって言うんだ。

 ラウルの足は血だらけで、それだけだったら良いが、この腫れ具合は骨もやってそうだ。初級が奇跡的に使えても十分じゃないだろう。


 「応急処置は魔法がなくてもできます、普段から治療の知識は叩き込んでいるはずです、大丈夫、ネオならできますよ!」


 やれるかな、できるのか?いや、やるしかないか。


 「分かった、頑張るよ」

 「よろしくお願いします、私達もできるだけ早くそっちに行きます」


 上からフィンガルとアリシアが顔を覗かせている、優しい顔で「大丈夫だよ」と言ってくれているようだった。

 そうだな、皆の態度はずっと今まで通りだった。俺が早とちりしていただけだったのかもしれない、そんなことを考えていたら、上の三人はすでに顔を引っ込めていた。


 まずは出血をどうにかしないといけない、傷口を魔法で出した水で洗い、足を縛り止血する。縛る布は、俺の服の上に羽織っているマントをちぎり代用した。

 次は骨折の方に取り掛かろうとしたその時、リバースパイダーの群れが目の前にやって来た、おそらく崩落がきっかけで流れ込んで来たのだろう。


 「くそっこんな時に!」


 俺は大鎌を手に、リバースパイダーを振り払い攻撃する。

 魔物達は倒されては次々に後ろから侵攻してくる。こう言う時はいつも皆で協力して対処していたからな、一人は厳しい。

 俺がラウルの肩を担いで逃げるしかない。


 「ラウル、片足だけで立てるか?」

 「あ、あぁ」


 魔法で壁を作り、リバースパイダーを止めて、その間に肩を担ぎ移動する。

 ラウルは右足だけで立ち上がり、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、声が響く暗い暗い道を俺と一緒に逃げた。

 途中壁を破り、漏れ出してきたリバースパイダーがいたので、ラウルをおろし、壁を作りなおす事を何回か繰り返した、そうしている内になんとか撒くことができた。


 落ち着いた所でラウルの足をなんとかしないといけない、添え木の代わりは、その辺の木の棒を使うか、勿論水で汚れは洗い流す、贅沢は言ってられないしそれで良いだろう、縛る布は先ほどと同様、マントをちぎって使った、これで一応、応急処置は済んだ。


 しかしここはさっきの場所とだいぶ離れてしまった、戻る訳にもいかないし、皆が俺達を見つけてくれるのを待つしかない、動くのは危険だからな。

 俺はラウルの向かい側に座った。


 「悪いな、まさかこんなに足手纏いになるなんて」


 ラウルが申し訳なさそうに言った。


 「いや、この遺跡自体が古かったんだろ?でもまさかあんなに大きな崩落が起きるとは思わなかったけど」

 「違う、あれは魔物が仕掛けた罠だ、聞いたことがある、床や柱を傷つけて崩れやすくし、侵入者を突き落とす奴がいると、そして棲家が使えなくなると場所を変えてを繰り返す」

 「なるほど」


 そんな魔物がいるのか、知らなかった。じゃあこの遺跡もいつか崩壊するんじゃないか?


 「こんなことになったのは全部俺が注意を欠いていたからだ、皆には迷惑をかけた、本当にすまない」

 

 リーダーとしての責任感か、そんなこと言ったら俺だってラウルに庇ってもらって、こんな大怪我を負わせてしまった、謝るのは俺のほうだ、謝罪と感謝の気持ちをちゃんと伝えないと、ラウルの謝罪に応えようと口を開けた途端、白い何かが二人の間を刹那的に通過した。

 一瞬で最初は分かりづらかったが、飛んで来た方を向くと、それが何だったのかはすぐに分かった。


 複数のリバースパイダーが再び現れた。


 「またかよ!」


 2人で肩を組んで逃げ出す、壁を作っている暇は無い。

 暗い道を進んでいく、なんとか距離は取れている、よし、このまま、撒けるか…?

 だが逃げ続け曲がった先に群れが待ち構えており、道を変えた、その先にまたもう一群、再び道を変えた先にもう一群と待ち構える。


 くそっ全然撒けない、どこに行っても待ち構えてる。それだけじゃない、なんだか誘導されてるみたいだな……ん?

 足元が沈む感覚がある、この感覚を俺は知っている。先ほど突然起こった出来事、崩落、すなわち魔物の罠、間違いない、リバースパイダーらは俺達をここに誘導していたのだった。

 逃げるのに精一杯だった俺は、気付いた頃には遅く、そのまま落とされてしまった。


 幸い、今回は落とし穴程度で、下の階までの高さはそこまでだった。


 「ラウル、大丈夫か?」

 「ああ、大丈夫だ」


 と、安心したのも束の間、その瞬間、目の前に映ったのは絶望以外の何者でもなかった。


 見るだけで暑くなりそうな真っ赤な炎を纏ったドラゴン、部屋の半分を占領する大きさ、翼は床を広く覆う程の大きさだった。息を吹くと同時に火を吹き出し、その姿は、ただ傍観する俺に恐怖を与えた。

 ”サラマンダー”、このダンジョンのボスである。


 そもそもボスなんて、入念な準備と複数人の協力あってようやく戦えるのに。

 そうか、リバースパイダーは最初からここに、俺たちを始末するために追いやっていたのか、賢すぎだろあいつら。


 今は怪我人もいる、肩を貸しながら逃げるなんてとても…。

 答えが出ないまま逡巡していると、ラウルが俺に喋りかけた。


 「もう良いネオ、俺を置いて逃げろ」

 「は?いやいや、そんなことできるわけ…」


 そんな選択肢俺にはない、モヤモヤが晴れたと言えば嘘になる、昨日から色々あったけど、いまだにラウルの真意は分からないけど…けどやっぱり。


 「俺は、あんた達に感謝してる、普通だったらもう今頃死ぬか孤独な毎日だったはずの俺が、手放したくないって思えるくらいの幸せな日常を過ごせてる、だからこそ、たとえ見捨てる事が最適な判断だとしても、そんな事で生き残るのだけは、絶対に嫌だ」


 俺は背負っていた大鎌を手に前へ出る、足が震えて今にも崩れてしまいそうだ、動悸も止まらない、後ろの座ったまま壁にもたれたラウルを見ないまま、俺は言った。


 「生きて帰ろう、この間に俺が納得できる言い訳でも考えててくれ」

 「お前…」


 先に仕掛けてきたのはサラマンダーだった、人間の身長より大きい真っ黒な爪を、こっちに振り下ろす。

 それを避けてサラマンダーを横目に走りだす。


 続いて火を吹き、ブレスで攻撃するサラマンダー、俺が走り続けるので狙いは定まらなさそうだ。

 走った勢いで一気に近付く、高くジャンプし、鎌で一太刀をくらわせに行こうと大きく振りかぶる、だが鱗は硬く、思ったほど刃は入らなかった、ならば魔法を使おう、風魔法、”シャープウィンド”で目を潰し、サラマンダーが悶えている間に水魔法、”アクアダイブ”を背中に叩きつける。


 思ったより善戦している感じに思えた、もっと苦戦すると思っていたが、このままならじきに本当に倒せるかもしれない、それが慢心だと気付くまでには時間はかからなかった。

 背中に乗っている俺をサラマンダーは軽く振り下ろし、俺は背中を強く床に叩きつけられる。


 サラマンダーを見ると、目が戻っていた。さっき与えた傷の修復も終わりつつある。

 それを見て俺は、戦意を一気に失った、ありえないだろ、どうやって倒すんだよ。


 回復を終えたサラマンダーは、次に俺ではなくラウルへと標的を変えた、ラウルに向かってブレスを放つ、俺はすぐにラウルの元へ走ろうとしたが、ダメージのせいで上手く動けなかった。

 このままじゃ…嫌だ…嫌だ嫌だ!まだちゃんと仲直りできてないのに…。灼熱の炎がラウルに近づく。


 もう終わりかと思ったその時、ラウルは剣を抜き、ブレスを真っ二つに切った。

 唖然とした俺を見て、荒い息でラウルは言う。


 「俺は…大丈夫だ、ネオ、倒せなくても、お前なら一矢報いるくとが…できるはずだ!俺らの子だ、今まで1人で生きていくための術は教え込んだだろ」


 俺は皆に全てを教わった、アリシアから武器の使い方を、フィンガルから魔法を、グラサーから治療を、ラウルから生きる楽しさを、全て皆からもらったものだ、何一つ無駄じゃない、なら俺も無駄にしちゃいけない、何を使っても、生きて帰らないと。


 そう一念発起した瞬間、体に異変が起きた。自分の上に禍々しい気配を感じる、だが同時に懐かしい感じもした。

 

 見上げるとそこには、見たこともない生物が俺の上をまたがる様に立っていた。

 全身が白で統一されたまるでイタチの様な姿、大きさはサラマンダーの二分の一程度、尻尾は三つに分かれている。


 「ホリビスの魔獣?」


 ラウルが獣を見てそう言った。

 獣は瞬きをするまもなく駆けていく、サラマンダーの攻撃を躱し、尻尾を刃の様に変形させ、風の斬撃で反撃する、続いて竜巻を起こし更に追い込んでいった。

 サラマンダーの体は傷だらけになりよろけ始める、傷を治す間を与えず獣がとどめの大きな一撃を与えた。


 二体の決着は驚く程早く決まった。



***

 


 目が覚めると俺はベッドの上で横になっていた。


 「気が付いたかい?」


 そばで声をかけてきたのはアリシアだった。

 俺が寝ているベッドから見て横の壁にもたれながら腕を組んでこっちを見ていた。


 「アリシア…?ラウルは!?」

 「大丈夫だよ、グラサーがちゃんと治療を施した、少し風に当たりたいってさっき出て行ったばかりだ」

 「そっか」


 よかった、皆生きて帰って来れた。


 「でもよく俺たちの居場所がわかったな」

 「あんたの魔法の跡とか、引きずった足跡を追って来たら見つけられたんだ、でもびっくりしたよ、ボスがあんなに見るも無惨な姿で倒れていたなんて」


 俺もびっくりした、あんな強敵を簡単に倒してしまうとは、あれがホリビスの…避けられるのも分からなくはない。


 「まあ、何はともあれ助かってよかったよ、大したもんだ」


 俺が気にしたことを察したのか、アリシアがそう言ってくれた。

 アリシアは俺の方に近付き、再び喋りはじめた。


 「ラウルは川沿いにいるって言ってたよ、動けるなら行ってみると良い」

 「…うん」

 「実はね、ネオと離れることを一番悲しがってたの、あいつなんだよ」


 え?そうだったのか…。




 アリシアの言う通り外に出て川沿いに行くと、ラウルの背中があった。声をかけようとしたが振り向いて気付いたのでその必要はなかった。

 隣に座り、少しの間沈黙が続いたが、ラウルは呼吸を整え口を開く。


 「本当にありがとうな、お前がいなかったら生きて帰れなかった」

 「いや、俺がパーティの空気悪くしたからあんな事になったんだ、ごめんなさい。」

 「それは俺が上手く説明できなかったからだ、こっちこそすまん」


 お互い心からの謝罪をした。


 「それにしても、知らないうちにできることも増えたようで感心したぞ、ボス相手にもあんな動きができる様になってたなんて驚きだ」

 「でも最終的に倒したのは俺じゃない」

 「そんなことはどうでもい、少し前なら出来なかったことが出来いたんだ、凄いじゃないか!俺からしたらしっかり一人前だ」


 あぁ、そう言えばこんな人だった、少しの成長でも見逃さず褒めてくれる。そんなラウルの人格を疑うなんて、俺は…。

 そう思っていたらラウルが真剣な顔でこちらを見てきた。


 「ネオ、俺たちは冒険者パーティをやってはいるが、本当は違うんだ、本来の目的が他にある」


 目的?一体なんなんだ。


 「その目的は詳しくは言えない、だがそのために今までずっと準備をしてきたんだ、それにお前を巻き込む真似はできない、危険な事になるしな」


 遅かれ早かれこうなるのは変わらなかったと言うことか。


 「そんな大切な目的があるのに、俺は邪魔じゃなかったのか?」


 ラウルは顎に手を当てながら答えた。


 「まあ正直大変ではあった、でもその分お前が癒しになってくれてた、だから邪魔なんてことは絶対なかったぞ、だから色々教えたんだ」


そっか、皆は俺が一人でも生きていけるように、そのために生きる術を教えてくれていたんだ。いつでも手離せた俺を…ずっと大切にされてたんだ。


 蟠りが解け、俺たちはその後今まで通りの毎日を送った。




〜一月後〜

 「これで荷物は全部か」


 朝、まだ日が上らない時間にフィンガルが、大きな荷物を馬車にしまいながら言った。


 「お前ももう準備は終わったか?」

 「ああ。」

 「そうか、じゃあな、ネオ」

 「うん、じゃあ」


 ラウルの挨拶に答えた。本当にこれでお別れか、まあ心の準備はもうできてたしな、大丈夫だ。

 するとラウルが俺の肩を叩き言う。


 「あと二年経った頃にはお前も大人の仲間入りか、まあその時にはまた会って一緒に祝杯でも上げようぜ」

 「会えるの!?」

 「会えたらな」

 

 そうか、会えるんだ、すぐじゃなくても、またいつか会えば良いんだ。俺はもうてっきり二度と会えないとばかり思っていたが、そうじゃなかった。


 「じゃあね、本当に楽しかったよ、あんたはこれからもっと強くなる、だからいつか、その成長した姿を見しておくれ」


 アリシアの言葉だ。


 「本当に別れたくない…でも仕方ないよな、魔法の練習も頑張れな!」


 フィンガルの言葉だ。


 「お元気で、ネオ、体には気をつけるんですよ」


 グラサーの言葉だ。


 「うん、皆も元気でな、俺、頑張るよ」


 みんな別れの言葉を言うと次々に馬車に乗って行った、そして最後にラウルが俺に近付き話し始める。


 「いいか、これだけは言っておく」

 「え?」


 何だ?説教?


 「多分これから俺達の知らない所で、お前は色々な壁にぶつかる、自分の道を見つけると生きていく上で避けられない事だ、全てに納得いく結末を迎えられない事もあるだろう、でもそんな時は、俺達のことでも思い出して元気出せ、この世界の空や風は繋がっている、必ず俺達はどこかにはいる、俺が言いたいのはそう言う事だ」

 「ちょっと臭いけど、覚えておくよ」


 俺は冗談で少し嫌味っぽく返し、ラウルは笑った。


 「ハハ!じゃ、またな!」


 ラウルも馬車に乗り、馬が走り出す、俺は馬車が見えなくなるまで見送った。

 皆には沢山の事を教わった、本当に感謝している、だから俺は決めた。

 これから何をするかはそのうち決めよう、だがいつかまた会う頃には、立派な大人に成長して皆に会おう、それが俺の恩返し、いや、親孝行だ。


 目線の先には眩しい朝日、耳に聞こえるのは鳥の囀り、まるで俺の新しい門出を応援してくれている様に感じた、俺はそれに応えるように、朝日を背にして一歩を踏み出した。


 俺の物語はこれからなのだ。

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