第46話 孤児院にて case-6

シンシアは最初からパプリカが何かしら訳ありであることに察しがついていた。

暗殺者であることこそ想像していなかったが、彼女の普段の様子から教会が世間に隠している”何か”の情報を収集しているらしかった。


「シンシア、私は教会についてもっと詳しくなる必要がある。」

パプリカは夕食を平らげるとそういった。


「どうして。」


「この国に危機が迫っている。」

パプリカは枢機卿の肩書をもつシンシアに対して、あえて目的をオープンにした。約束の時までの時間があまり無いし、必要以上に周囲と関係を作ることも避けながら、任務を遂行する必要がある。

枢機卿の肩書を持つシンシアから情報を聞き出そうとしたのだ。


「危機だって?」

シンシアはそんなパプリカを訝しげに見つめる。


パプリカは黙って肯定した。


「どうして、貴方がそんなことを?」

シンシアは当然の疑問をパプリカに投げかける。


「そういう奇跡といえばいいかしら。」

パプリカは平然と嘘を言った。


「シルファには?」


「何も。」


「そうかい。」

シンシアは答える。


「これまで通り、孤児院に仕える一人の老婆とその手伝いの娘ではダメなのかい?」


「貴方はサポートと言いながらもシルファに私の行動を監視させていた。」


「それは、貴方の...」


「ええ、身を守るためっていうことはわかってるわ。」

パプリカは続ける。


「だからこそ気になるの。シルファから聞いたわ。」


シンシアは黙っている。


「貴方がこの国の歴史上でも初めて奇跡を使えない枢機卿だということを。


そして、亞人に理解を示す教会派閥の元リーダーでもある。


私は知りたいわ。どうして貴方はそんなことができた?」



「それが貴方が知りたいことなの?」

シンシアは答える。


「ええ、私にはやらないといけないことがある。偶然にも貴方と知己を結べたことは幸運。」


二人は見つめ合う。それなりの時間見つめ合ったような気もしたし、一瞬の出来事のようにも思えた。


「わかったわ。この場所に来てからの貴方の行動を省みて、信用するわ。」

沈黙を破るようにシンシアは答えた。


パプリカは頷く。


「ただし、貴方にもここに来た目的を話してもらうわ。


無論。勉強をしにきたというのも貴方の本心の一部なんでしょうけど。」


シンシアは続ける。


「わかった。それでいい。」

パプリカは少し間を置いた後にそう答えた。

二人のそんな様子にお構いなく、祈祷のタイミングを告げる夜の鐘が響く。


「お祈りをしてから、もう一度ここに集まりましょう。」


「ええ。」

二人は一度自室に戻っていった。


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子供たちが寝静まり、孤児院の周辺に虫たちの調べが心地よく聞こえる時間帯に二人は蝋燭を灯しながらテーブルについている。


「さて、なにから話そうかしら。」

シンシアはパプリカの望みを受け入れたものの彼女が何を聞きたいのかが推測できずにいる。


「まずは、貴方が亞人に対して、あまり偏見がない理由を聞きたいわ。」


そういうと二人の話は始まる。


「この偏見と差別に溢れた国で私が亜人種や魔族にだって寛容なのはシンプルな理由さ。」


パプリカは短時間で入れたコーヒーを片手に話を聞いている。


「私は世界を見て回ったんだ。そして、何度も彼らに命を救われたことがある。ただそれだけさ。

それまでは私も聖女を目指して勉強する一人の修道女に過ぎなかったよ。

そう、偏見と差別、権力欲に満ちたごく平凡な教会員にね。」


「世界を?」


「そうさ。今から半世紀も昔に私は世界を見て回った。

西は魔族に侵略された半島、東はサムライと呼ばれる蛮族が支配する島。

南は広大な砂漠と亜人の国々。北は極寒の死の土地までね。」


「それはすごいわ。」


「貴方の言う通り、私は奇跡が使えなかった。

だからこそ、私の旅は過酷なものだった。半世紀も前で言葉も通じず、今ほどの知識もない。

ただの小娘に過ぎなかった私はただひたすらに自分の信念のために旅を続けた。


もちろん、道に迷ったり、食いっぱぐれたり、夜盗に襲われたりなんて日常茶飯事。

でもいつも私には手を差し伸べてくれる者が居たの。

それこそ、奇跡のようなタイミングでね。」


パプリカは純粋にシンシアの話に聞き入っている。

この世界は広く、種族による支配領域の違いや一部残っている魔獣、そして文化的な価値観の違いから国をまたぐことは少ない。

パプリカたち組織の人間は任務によって大きな移動をするが、一般的にはシンシアレベルの旅はもはや自殺行為と言えるだろう。


「どうしてそんな旅に。」

パプリカは尋ねた。


「若かったの。そして、志があった。」

シンシアは簡潔に答えた。


「志?」


「そうよ。これは、私が何故奇跡が使えないのに枢機卿になったのかとも大きく関係しているわ。」

シンシアは細やかながら、自慢げな表情を見せた。


「どうして。」


「そうね。今日はこのくらいにしておきましょう。

貴方明日も色々あるでしょう。」


「素直なのは良いことよ。」

シンシアはまるでパプリカを孤児院の子供たちにむけるようなあやし方で言葉を紡ぐ。


一瞬、続きが気になったパプリカだったがシンシアの申し出を受け入れたのである。

シンシアからの情報収集とそろそろ同時進行でやらなければならないことがある。


「おやすみなさい。」

パプリカは飲みかけのコーヒーを飲み干すとそういった。


「あら、眠れなくなるわよ。」

シンシアはそう言ったがパプリカは部屋に戻ってしまった。


部屋に一人残されたシンシアは、テーブルの上にある蝋燭の火をそっと消したのであった。

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