第43話 孤児院にて case-3
聖女を目指すシルファの朝は早い。
午前中だけでも、朝の3時、5時、8時、食前と4回もお祈りの時間がある。
奇跡を授け、人類の滅亡を防いだ神に我々は感謝しなければならない。そして無知なる民の代わりに身を捧げてお祈りをするのが自分たち修道女の役目だからである。
戦地に赴いたり、世界中で活躍している聖女はこのお祈りを省略することもあるそうだが、シルファは祈りに非常に重きを置いている。何故ならば、それは母の遺言だからだ。
私たちの一族は、長年神に祈りを捧げてきたが、奇跡が使える人間は直系の家族の中で私だけだ。
母も祖母も曽祖母もその母も皆、修道女として生涯を捧げてきた。
母は幼い頃から口を酸っぱくして言い聞かせてきた。
”私には大いなる役目があり、その時を待て"と。
役割がなんであるのかは分からない。そして、自分に発現した奇跡が一体どのように役に立つのかもわからない。
私は母の言いつけを守り、その時を待って祈り続けている。
この修道院は格式が高い場所だが、自分ほどに敬虔な信徒はいないだろう。
シルファは3時からのお祈りを済ませると静かに読書に励んだ。
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孤児院を営む老婆は、パプリカの働きぶりに満足気だ。
老婆の名前はシンシア。彼女は以前はバリバリに教会の中枢で働いていたが、年老いた。
そのため、隠居を兼ねて孤児院を運営することにしたのである。
当初は細々とやっていくつもりだったが、悲しきかな。孤児の数がどんどん増え、自分一人の手に負えなくなってきたところだったのだ。
パプリカは流れの信徒であり、この国では敬遠されがちな獣人、すなわち亞人だったが、老人はそのような価値観はとうの昔に捨てている。全てを許す神が姿形に囚われて争いを起こすことを望むなど考えられないからである。
最もこの国では、シンシアのような人間以外の種族とも交友を行うことを是とする派閥と純粋な人間のみを最上とする派閥とで長年の間、対立が起きているのであるが。
「そろそろご飯に。皆を呼びに行かなくちゃ。」
シンシアは心豊かな人間によって孤児院に寄付された細やかな食料を使って、びっくりするほど美味しい料理を作っていた。
孤児たちにとっては自分の料理が母の味になる。
「シンシア〜、今日はね。今日はね。お肉が食べれるよ。」
シンシアは表に出るとちょうど子供たちが帰ってきているようだ。
女児の一人が孤児院に続くなだらかな原っぱを駆けながらそう言う。
続いて他の子供たちも野原を駆けている。
「お姉ちゃんが倒したの!」
「一発で!」
比較的体格の大きい男の子が手にもっているのは、肉付きの良い丸々とした鳥であった。
シンシアはこの鳥のことを知っていた。
普段は数名の猟師たちが弓矢を用いて狩る鳥である。森や原っぱに生息しているが、逃げ足が早く、猟師でもそれなりに経験がないと一人で狩るのは難しい鳥だ。
子供たちがお手製の弓矢がパチンコを作って追いかけ回していたのも知っている。
後ろからついてくるパプリカを見るとなにやらバツの悪そうな顔をしていた。
聖女を育成する学校に通っている彼女にとって殺生はあまり褒められた行為ではない。
それにこの子供たちのはしゃぎようだ。無理はない。
「パプリカ。あなたが?」
「ごめんなさい。つい当たってしまって。」
彼女は自分の実力を誇るつもりはないようだ。
「いえ、助かるわ。そろそろお肉を食べさせなきゃと思ってたから。」
シンシアは咎めることなく、パプリカの活躍を子供たちから聞いた。
それは、子供たちにとっても思いがけない出来事だったらしい。
男児たちが、いつも通り自分たちで作った道具を用いて鳥やウサギを追いかけていたところにパプリカを連れて女児たちが来たらしい。
遊びの延長戦上で一人一度ずつ弓を射ることになった時、パプリカはおもちゃの弓矢であっさりとこの鳥を仕留めたのだそうだ。
「すごいんだよ。俺たちなんて鳥がどこにいるかも知らなかったのに。」
「お姉ちゃんが空に向かって矢を放ったと思ったら、遠くの場所でこの鳥を射止めたんだ。」
「きっとこいつも何が起きたか分からないままだったぜ。」
子供たちは晩御飯のおかずが増えるという以上にパプリカの技に惚れ込んだらしい。
「姉ちゃん。俺に弓矢を教えてくれよ。」
「教えてよ。」
子供たちはパプリカに縋り付いている。パプリカは困ったような顔をしている。
「ちょっと貴方達、鳥のことは一度忘れてお昼ご飯を食べましょう。」
シンシアは優しく諭した。
「パプリカちゃんもこの後は学校でしょう?早く食べちゃいなさい。」
「シンシア。ありがとう。」
パプリカは子供たちを剥がすとそういった。
「帰ったら絶対弓矢教えてくれよな。」
「絶対絶対。」
子供たちは諦めていないようだった。
「わかった。一度だけなら。」
パプリカも根負けしたようだ。
シンシアはそんな様子を微笑ましいと思いながらも彼女の特技について少し興味が湧いた。
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