第8話 グナーダにて case-8
それからはそういったイザコザもなく、皆各々の仕事をして、その晩もすぎていった。
勇者サーディンとの連絡役に放たれていた斥候が血相を変えて戻ってきたのは、その明け方のことであった。
彼がもたらした情報は二つ。
一つ目は、この砦に戻ってくるはずだった勇者サーディンは、大局を考慮して、残党狩りを進め、この半島における魔族最後の拠点、コードバを攻め落とすことになったこと。
二つ目は、魔族の将軍ターリクがこの付近に残る残党を集めて、近々この砦を落とすために攻勢にでるらしい。
なぜ、こんなことを一介の救護人員が知っているかだって?
それは地獄耳だからだ。
パプリカは、さすがは名に恥じぬだけの勇ましさだと思った。
この砦はコードバとグーナダの中間地点くらいにある。
ここが落とされると色々とまずいはずだが、何か思惑があるのか、それともエリヤやイザベラに対する信頼が厚いのかと一人思案するほどである。
キンジャルはこのことについては、特に反応していなかった。簡単に勇者に接近することは難しい。
一旦、目の前の役に徹しようということだろう。
士気に関わるため、勇者サーディンの決定は伏せられたが、砦が狙われているという情報はすぐに兵士たちにも伝わった。
エリヤは、至急砦の防衛を固める必要があるとし、先の襲撃で亡くなった兵士たちの代わりにキールを臨時の小隊長に任じる等の人員整理。
欠けた防壁や土塁の臨時的な修理、魔族との戦闘訓練の強化を始めた。
聞くところによれば、彼女は平民、それもかなりの田舎の出身である。強い奇跡に恵まれたとはいえ、そのバランスの取れた能力に純粋に感心した。どれだけの研鑽を積んだことだろうか。
聖女イザベラはそんなエリヤの陰で、籠城に必要となる食料や水の整理、負傷した兵士たちの有効利用、兵士等の心の拠り所となる礼拝を行い、彼女もまた砦を守るために尽力した。
「それにしても随分な賭けね。」
キンジャルは一通りの仕事をこなすと声をかけてきた。
「出世おめでとう。」
パプリカは嫌味たっぷりに返す。
彼女はこちらを流し目で見た後に付け加える。
「いかにコードバを落とせば、戦いは決するとはいえ、私たち結構危ない橋を渡らせられてるんじゃない?」
パプリカは黙って肯定する。
「ただ黙々と働いていればいいと思ってたのに。」
「私の推察によると、魔族の数は1000に近いんじゃないかしら。」
「ここの砦の兵士の数は?」
「エリヤの合流やその他の合流を合わせてもせいぜい600くらいってところね。負傷しているのを入れれば700くらいにはなるかしら。」
「個人個人の戦力差を考えるとかなり厳しい戦いになる。」
パプリカは、今後の立ち回りを検討する。
「前回の襲撃の魔族は300くらいだった。約3倍ってところね。」
キンジャルは淡々としていた。
「そして、ターリクも出てくるはず。」
パプリカは魔族の将ターリクを思い浮かべる。
ターリクは狼の上半身と人間の下半身を持つ。パプリカたち獣人と異なるのは、その膂力や凶暴性、そして人間族とは程遠い風貌をしていることが挙げられる。
「やつは、今まで何度も勇者の攻撃を掻い潜っている。」
キンジャルは腰の得物に手をかけながら話す。
「数で圧倒しているはずの友軍の目を掻い潜るなにかがあるはずってことね。」
パプリカは目を細める。
「とにかくこの危機を乗り越えたら、勇者サーディンにも接近できるはず。そしたらさっさと任務を完了しちゃいましょう。」
キンジャルは持ち場に戻っていった。
「パプリカ、ここに居たのね。あなたに頼みたいことがあるから、きてもらえますか?」
パプリカが色々と考え込んでいるとイザベラに見つかった。
「あなたって料理は得意?」
イザベラは、パプリカにそう尋ねた。
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パプリカは、料理番になった。
先日のキンジャルのせいで料理番も死んでいたのである。
おかげで幾人かの仲間とともに約700人ほどの食事を用意する羽目になった。
斥候が情報を持ってきてから最初の晩には襲撃がなかった。付近にも魔族の動きは一切なかったようである。
イザベラから、今ある食料を使って2週間はもたせるように厳命されているため、適当なことはできない。
無い知恵を絞り出して、なんとか彼らが満足する料理を朝晩用意した。
「それにしても、兵士長さんは好き嫌いが激しいのね。」
パプリカと一緒に料理番になっている年嵩の女性が嘆いている。
「また残してるんですか?他の方はほとんど皆完食されているのに。
いざって時に大丈夫なんですかね。」
これまた別の料理番の女性も愚痴っている。彼らはパプリカよりも先に料理番になったので、思うところがあるのだろう。
兵士長とは、以前勇者について情報を教えてくれたリーダーっぽい兵士のこと。
長年、軍役についているにも関わらずなんでだろうという疑問は料理番の中で少し話題になった。
言うまでもなく食料は貴重。そのため、長く兵士をやっている人間は滅多なことでは食べ物を粗末にしないはずであった。
余談だが、そういうパプリカも物心ついた時から選り好みができる立場ではなかったので好き嫌いはない。
そんな愚痴もそこそこに、皆料理の準備と片付けが大変なので、黙って手を動かしはじめた。
片付けを終えて外にでると大きな月が星空の中に浮かんでいるように見える。
パプリカは月が好きだ。太陽も好きだが、月の在り方にどこか共感を覚えている。
”控えめだが確かにそこにある。”そんな月が好きだ。
「明日は満月になりそう。」
パプリカは一人呟くと自分の寝床に戻っていった。
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