第6話 グナーダにて case-6

キンジャルは短剣についた血を落とす。



「だって、こうした方が手っ取り早いじゃん。あんたもそっちの方が好都合でしょう。」



「魔族を手引きしたのはあなたね?」



「これでここに慌てて主力が戻ってくる。作戦上、ここを落とされたら、残党狩りに支障をきたすからね。」



パプリカはキンジャルを睨みつける。

「まだ14歳だったのに」



「なによ。どうせ任務が終わったら二度と会わないでしょ。」



パプリカは黙っている。



「それじゃ。」

キンジャルは、彼女の奇跡”跳躍”を使用して、すぐに遠くに去っていった。



「一人二役ってわけ。」



魔族の撃退は、順調そうであったが、とにかく戦いに参加したという事実が重要なのだろう。



「おい大丈夫か。」

どこかから血の匂いを嗅ぎつけたのか、兵士たちがやってきた。



「こりゃひどいな。よく無事だった。」

言葉を発しないパプリカを不憫に思ったのかそれ以上は皆言葉をかけなかった。



パプリカは驚きの中の表情で死んでいるアルビーを見つめた。


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翌朝になると、事態は収束していた。




昨晩、襲ってきたのは、魔族の将軍ターリクの部下で、ここら一帯で根強く抵抗をしているやつらだった。

基本的には狼みたいな姿をしていて、二足歩行という点では、パプリカたち獣人と大差ないようにも思えた。



キンジャルはあの後、何体もの魔族を葬ったらしい。

魔法を使うやつらだったから、一晩にしてちょっとした人気者になっていた。



「いやはや、遠くからこの砦が攻撃されているのが見えたから駆けつけたまでですよ。」

彼女は、兵士としてはキールで通している。



色々と一段落したので、今は兵士を中心に集まっているのである。



「それにしてもキールがいてくれて助かった。」



「それにしても昨晩は。」

兵士の一人が呟くと、暗い雰囲気が立ち込める。




「救護の人間、料理番や荷物番までかなり殺された。」




「それにしても嬢ちゃんは運がよかったな。」

パプリカがボケッと突っ立っていると急に声をかけられた。



「まあ、ちょっと外に出てましたから。」



「でもアルビーちゃんは残念だった。」



「はい。」



「でもここに勇者様が戻ってくるってのは本当なんですかい?」

キンジャルは、素を出さないためか変な口調になっていたが、話題を変えるためなのか、目的のためなのかその両方のために皆に質問をした。



「なんだい、キール、お前も勇者様が好きなのか?」

少し年配の兵士が揶揄う。



キールは少し反応に躊躇ったが、一人のリーダー格の兵士が告げた。



「まあいいじゃないか。皆気になっていることだしな。


もちろん、昨晩の出来事は既に最前線で戦っている勇者様にも伝えてある。


しかし、勇者様がこの砦に帰還されるには、先にやるべきことがあるらしい。

そのため、先遣隊として、エリヤ様、遅れてイザベラ様が戻ってきてくれることになった。」



「それは心強い。」

皆口々に彼女たちをたたえあった。



「本来この砦は最前線で戦う友軍の補給基地であった。



わかりにくい地形にある上、かなり防御には向いた場所だったのだがな、誰かが魔族に情報をもたらしたとしか思えないのだが」

リーダー格の兵士は考え込んでいる様子であった。



「とにかくエリヤ様とイザベラ様がきてくれるなら安心だな。」



「ああ、例え魔族が大挙して押し寄せてきても負けることはないさ。」



パプリカはキンジャルの作戦がうまくいったことに対して、少し複雑な気持ちがあった。



パプリカは、昨晩傷ついた人を含めて、治療にあたった。昨日の戦いで回復系の奇跡が使える人員の多くは殺されたため、あまり効果的な処置にはならなかった。



また、魔族は聖女イザベラの奇跡を恐れて、即死の猛毒を仕込んだ武器を活用するようになっている。

キンジャルもそういった習性を理解した上で同様にしたらしい。



そのため、手の施しようがある人間はそんなに多くはなかった。


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その晩も襲撃があった。

魔族の連中は本格的にこの場所を落とすことにしたらしい。



パプリカは、昨晩アルビーと一緒に寝ていた部屋にはいくことはせず、砦の高い位置で様子を見ることにした。



当然のことながら、彼女は獣人なので人の何倍も夜目が効く。それに音にも匂いにも敏感である。



遠くの位置から、襲ってくる魔族とそれに応戦する兵士たちの姿が見えた。



「良いご身分ね。見物なんて。」



パプリカはキンジャルの登場を予感していたかのように動じない。



「あなたの護衛も兼ねてるんだからね。」


「そう。」


「あんたって変なやつよね。任務なのに情をかけるし、私たちの組織の一員としてはとっても弱い。」


二人は遠くの戦いを眺めている。



「このままじゃこの砦は落とされるかも。」

パプリカは戦いの趨勢を見てそう思った。



「あのさ、昨晩あんたたちを襲ったのは私だけど、東の門を超えて入ってきたのは私じゃないのよ。」

キンジャルは体を伸ばしながら話す。



「魔族、ターリク」



「そういうこと」



「やつは、リストに」



「そう。だから、この戦いに乗じて殺しちゃおうかなって。」



「そろそろエリヤがくるはずよ。彼女がターリクを仕留めればそれでよし。ダメなら、」

キンジャルはパプリカを見る。



「私たちでやる必要があると。」



「私はこの戦いが長引くように立ち回るわ。あなたの魔法が装填されるまでの時間が稼がないとね。」


キンジャルは戦いに戻った。



昨晩よりも魔族は数をそろえてきたし、毒もあいまって中々に苦戦をしているようである。



押され気味な兵士たち。一人で果敢に戦うキンジャル。

「暗殺者としての隠密行動はお構いなしか。」

パプリカは眉を顰めた。



パプリカの主義は目立たずにかつ最小限に任務を完了することである。

必要以上の殺しも必要以上の詮索もしない。

ただ淡々とやるだけである。



彼女がそうやって、砦の行く末を案じていると、遠くから真っ赤な槍が飛んできて、今にも兵士を殺そうとしていた魔族を突き刺した。

「エリヤ。」

パプリカは遠くから馬に乗って疾走をする彼女の姿を捉えた。




エリヤは30頭ほどの騎馬隊を連れてやってきた。よく見ると、我らが聖女イザベラも連れてきたようである。



エリヤは到着するとすぐに群がってきた魔族を焼き殺すと、槍を回収して告げた。



「すまない。遅くなった。皆のもの、よくぞ耐えた。ここからは反撃だ。」



パプリカのいる場所まで届くような声をあげると魔族を追い立てる。

暗闇の中で視界は不良なのにも関わらず、彼女の放つ奇跡と槍捌きは正確無比である。瞬く間に形成は逆転した。



「お主、なかなかの強者。」

エリヤはキール、キンジャルの戦いぶりを評している。



確かにエリヤの動きについてきている兵士は多くはない。

副官であろう人物とキールくらいのものであった。他の者は聖女イザベラを囲むように陣を取り、また戦いで傷ついたものをすぐさまイザベラによる奇跡にて、延命されている。




「エリヤ様、キールと申します。敵の主力は森の中のようです。」



「左様か。」

エリヤは目を凝らした。



その様子をパプリカは見ていた。

「そうか。エリヤの奇跡の本質は”熱”なのか。」

彼女はエリヤの奇跡がなんなのかを捉えきれずにいる。それは任務遂行においては理解しておきたい。



エリヤは森の中に潜む敵、暗闇の中に潜む敵もその熱によって感知しているのであった。



その後も魔族とエリヤを中心とした兵士たちは戦っていたが、日が昇ると共に形成の不利を悟ったのか、魔族は去っていった。そうやって2回目の襲撃からもこの砦は守られたのである。

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