池池どんどん

@chased_dogs

池池どんどん

 晩に酷い大雨があったその翌朝。

 雨戸の隙間から漏れ出る光を頼りに、滴々と頭に雫を受けつつ居間を横切り、軋む雨戸を押し開けると、真白い光の条が眼を焼いた。


 ちゃっ、ぷちゃ。


 池の上を魚が跳ねる。……魚?

 雨で流れ込んで来たかしらと、草履を履くもそこそこに、池のほとりへとぼとぼと歩き、中を覗き込む。

「あんたァ、お茶漬けぇお上がんなさい」

「あえっ、へぇ、こりゃどうも」

 茶碗片手に池を見る。青々とした水草が池を染め、深い緑の明暗をなしている。もっとよく見ようと、腰を屈め、膝をつき、鼻先を水面に押し付けるようにして池を覗いた。


 ぢゃぶぅん、ぶちゃ。


 尾が頬を掠め、ついで水飛沫が顔を濡らす。振り返ると、次々と、お手玉のように魚が池から飛び出して来ていた。

 途中、行き倒れる者もあったが、何尾かは手を生やし脚を生やすと、廊下の隅に押しやられた帽子掛けやら傘立てやらから、帽子やら杖やらを見繕うと、そのまま居間の向こうの暗がりに消えていった。

 呆気にとられ、どれくらいかわからないほどぼうっとしていたが、ふと草履の上を何かが通るのを感じ、我に返った。見やると足元をハゼのような顔をした子男が、風呂敷を背負って走っていた。

「子持ちししゃもも餅も子持つ、子持ちししゃもも餅も子持つ、……」

 などと訳のわからない言葉を、しかし切迫した様子で唱えていた。いつの間にやら、空には黒雲渦まき、雷とともに、またぞろ雨が降っている。やれやれとうとう分からないことになったと思いながら、池の方へ振り返ると、何か青白いものが浮かんできた。

 次第に輪郭が顕わになってくる。しなやかな胴体に長い腕、肘先に届くほどの指、獣じみた爪。知性を帯びた大きな瞳。虹のように輝く微細な鱗。気が付くと白い腕に抱かれ、水中へ引き込まれそうになっていた。

「わっ」

 驚き飛び退こうとした瞬間、手先に熱いものを感じる。『ギャッ』といったほどの悲鳴を上げ、白い腕が池の中に引っ込んで行く。程無く空は晴れ上がり、あとにはくるぶしほどの、底の浅い澄んだ池だけが残った。

 いや、それだけではない。左手に持った茶碗を傾けると、残った茶漬けを掻き込んだ。

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