弐話 勘違いと思わせておこう

 話を聞きたい? 何ですかあなた、急に。あなたとどこかで会った事ないですよね?


 ……論文の資料にするから話を聞きたい? 先輩なんですか? 卒論ですか? え、違う。なら四年生じゃなくて院生なんですね。


 ……はあ、『少し不思議】な話を集めているんですか。通ってた学部は俺と同じなんですね、だから俺に聞きに来たと。じゃあ先輩も文学部なんですね。国文ですか、それとも人科? 多分ですけど同じ人科ですよね、そんな雰囲気です。じゃあひょっとして、これも俺と同じで社会学でしょ?


 ……偶々じゃなくて、誰かから俺のあの話を聞いて、だから来たんですか。誰かに行ったっけ、言ったか。それにしてもその行動量すごいですね、院生だからですか?


 ……で、あの話ですか。先輩には言ったけど、他に誰かに言ったけかな? あったようななかったような、飲み会で言ったかな。でも、論文にはできないと思いますよ。ただの俺の勘違いだと思いますから。


 ……そこまで言うなら話しますけど、後で文句を言わないでくださいね。午後の講義からあるから学食が込む前に早めに飯食べるつもりだったんですけど、その後でいですか?


 ……いやいや、大した話じゃないしすぐ終わる話なんで、奢られるのも悪いですよ。


 ……そうですか、じゃあ遠慮なく。あ、じゃあどうせなら二階の柳で食べていいですか、あそこちょっと高いですけど。


 ……何でもいいって言いましたね? じゃあ柳特製の全部乗せカレーでもいいんですよね?


 ……やった、ラッキー。何でも聞いてくださいよ、何でも喋りますから。あ、知ってると思うますけど、柳は前券ですからなね。注文してくれたら喋ります。






 おおう、本当に買ってくれた、三千円もしたのに。初めて頼みましたけど、あれって滅多に出ないから時間がかかるんですね。

 十五分はかかるそうですけど、先輩は食べないんてすか?

 ひょっとして高すぎて自分の分には足りなくなったとか?

 朝が遅かったから遅めに食べるんですか。あ、さては寝坊したんでしょ?

 ……で、あの話ですね。もう一回言いますけど、正直『少し不思議』な話じゃなくて、単なる俺の勘違いだと思いますよ?

 ……絶対に怒らないでくださいね、やっぱり奢らないから金返せも無しですよ。

 じゃあ話しますね。

 まずはそうですね、俺は今は一人暮らしをしています。実家はここからニ十キロほど離れてて、あそこから通学は難しいからですね。

 で、実家の話です。

 小学校四年生の時に仲良くなった、徳、徳……長? 徳何とかとよく遊んでたんです。

 こいつがですね、家が遠いんですよ。俺達が通っていた小学校は公立で、普通は近くの小学校に通うじゃないですか。

 公立でもある程度は選べるらしいですけど、そいつの家は凄く遠いらしいんです。

 何でもあいつの親が弁護士で、近くの事務所で働いてたらしいんですよ。で、子供が心配だったのかどうかは知りませんけど、毎日親と一緒に車で登校していたらしいんですよ、一年からずっと。

 普通はしないけど、親が弁護士だからできたんですかね?

 で、『少し不思議』な話が関係するのはさっき言った四年生の時です。

 理由は忘れましたけど、とにかくそいつと仲良くなって学校でもずっと一緒に遊んでたんですよ。

 それである日、徳何とかが放課後も遊ぼうって言いだしたんです。なんか習い事が休みになったとかで。

 もちろんいいって言いました、仲が良かったですから。

 で、俺の家は兄貴が高校受験で駄目だったんですよ。だからどこで遊ぼうかって言ったら、あいつの家で遊ぼうって言いだしたんですよ。

 俺は驚きましたね。お前の家は遠いんだろうって、お前の親にわざわざ送ってくれるのか、帰りも俺の家まで送ってもらえるのか、って。

 そう言ったらこう返されたんです。

 大丈夫、歩いて行けるし歩いて帰れる、って。

 聞いたら登校の時は時間が無いから車だけど、家に帰る時は歩いて帰ってる時もあるって言うんですよ。もう四年生だから大丈夫だって。

 そう言われたらじゃあそうしようと、あっさりと決まりましたね。正直興味はありましたから。どんな家に住んでるんだろうって。

 で、俺がまず家に帰ってランドセルを置いてどこかで待ち合わせして、二人で向かったわけですよ。

 ……え、時間?

 四年生だったから多分五時間目で終わりだっただろうから、三時の前ですね。五時間目が一時からで、終わって帰りの会して、終わったのが二時ぐらい、それからランドセル置きに一回帰ったから、二時半前って所ですかね?

 それでそいつにの家に着いたんですけど、時間は覚えてませんね、あの頃は時間が分かるもの持ってませんでしたから。

 そいつの家に着いてさっそくゲーム始めて、ずーとやってましたね。

 ……一緒に行った他の奴ですか?

 行ったのは俺だけでしたね。急だったし大抵はみんな何かに通ってましたから、都合がつかなかったんじゃないんですか?

 確かうらやましいって言われたから、あいつの家に行った事あるのも俺だけですね。

 で、確か四時ぐらいにそろそろ帰ろうかって話になって、帰りました。俺の門限が五時だったんです、だから四時ごろ。

 で、家に帰って終わりです。行ったのはそれ一回だけでしたね。

 徳何とかとはその後も普通に遊んでましたけど、中学校は別の所に進学したんですよ。

 さすがに毎日車で送ってもらうのは恥ずかしくなったんでしょうね、六年の頃は文句を言ってましたし。

 どこに行ったかのは、どうだったかな?

 忘れたんだと思います、多分。考えたら俺達とは別の学校に行くっては聞いたけど、学校の名前はどうだったかな?

 でも塾には通ってるって言ってたから、私立に行ったのかもしれませんね。

 ……はい、ここまで聞いても『少し不思議』じゃ無いと思いますよね、でもこの話を含めて『少し不思議』なんですよ。

 正確に言えば、後から考えたら『少し不思議』な話だった、なんですけど。

 さっき言いましたよね、実家からは遠いから一人暮らししてるって。

 去年引っ越して、とりあえず家の周りを散策してたんです。どう行ったらどこに着くのか道を調べるとか、店は何があるかとか。 

 で、ふと思うけですよ。

 あれ、ここ俺前に来た事あるんじゃないのか? って。

 ここを曲がってあの家があったここを行ったら大通りに出て、って感じで。

 で、思い出すんですよ。

 あいつの家に遊びに行った時に通った道だ、って。

 そう思ったらもうそうとしか思えないんですよ。あいつの家に行ったときにはどこの店には入らなかったけど、あそこでジュース買いたいとは思ったとか。水筒持ってましたけど。

 で、あそこから来てあっちに行ったとか思ってたら、気がついたんですよたんですよ。

 俺、小学四年でここまで来たの、って。

 さっき言いましたよね、実家はニ十キロぐらい離れているって。遠いからこっちで一人暮らししてるって。

 小学四年生が遊びに行って帰れるなら実家から大学まで通いますよ。

 つまりですね、凄い遠い友達の家に普通に行って普通に帰って来たのが俺の『少し不思議』な話です。

 ね、俺の勘違いだって思うでしょ?

 心理学をやってる先輩は、デジャブがどうとか何だかんだどうこう言っていましたけど、よくある事らしいですよ。

 俺が来た事あると思い込んで、勝手に記憶を改ざんしてるだのなんのかんの言われました。確かにチェーン店はどれも似たようなもんですし、勘違いしますよね。

 小学生が学校が終わってから片道ニ十キロで友達の家に行って遊んで、また二十キロ歩いて帰る、しかもニ十キロに一時間かかってない。

 そりゃ無いですよね、勘違いに決まってますね。

 これで終わりです、論文には役に立ちそうですか?

 ……徳何とかですか、はい、卒業してから一回も会ってませんね。

 あいつの親もどこの事務所かまでは聞いてませんし、実は会った事ないんですよね。

 そう言えば、その事務所で車から降りるって言ってたけど、誰も見た事はないんですよね。

 ……あいつの家は……、見てませんね。と言うか、中に入ったから中身はおぼえてますけど、今気がつきました、外観は忘れたみたいです。

 あ、全部乗せカレー来た。凄い、とんかつとチキンカツとコロッケとコロッケとハンバーグとエビフライと……食えるかな、これ食べて講義行けるかな。

 もう何も無いですよね、早く食べたいんですけど。

 ……いえいえこちらこそ、こんなカレーをありがとうございます。

 あれ、先輩もう帰るんですか?

 ……ああ、用事。他にも聞く人が居るんですか。先輩も論文頑張ってくださいね。

 





 目的が終わった私は大学を出て、近くのパーキングに止めた車に座った。

 大学には様々な人が居る、だから今回は逆に隠れようとしなくても、人々からの記憶に残らないはずだ。

 こうゆう時は自分を隠そうとするとかえって目立ってしまうものだ。

 ……しかし、よくもあんな量を食べれるものだ。

 目立つ量だから早々に帰ってしまったが、聞き漏れた事が無かったかと頭の中で確認する。

「あの量を食べれるなら『少し不思議』かもしれませんね」

 そう自分で言って苦笑する。こんな事を言ってしまうとは、当てられたのかもしれない。ちょっと言っただけで勝手に想像して喋って納得してしまう、若い学生に。

 呼吸を整えてから上司に報告して、行方不明者はいない事が確認できたと報告する。

 少し不思議は少し不思議のままで言い。

 その為に私たちは活動をしているのだ。

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