【短編】二人はもうそろわないから大丈夫

直三二郭

二人はもうそろわないから大丈夫

 今からあんたに言うのは、もう何十年も前の話だ。

 昔俺は四階建ての鉄筋アパートに住んでいた。今はもう見かけない、高度成長期の残りのようなアパートで、何十人も住んでいるあれだよ。

 あの頃でさえ結構ボロくなっていたが、住む事にはそれほど不都合はなかったらしい。まああの頃の俺は小さかったから、不都合の意味なんて分からなかったけどな。

 俺が言う『少し不思議』な話は、その何十年も前にアパートの話だ。

 言っておくが、俺が懐かしいと思うだけの話で、面白い話だとは思わなでほしい。

 ただ本当に『少し不思議』なだけだ。落ちも無いし結論も無い。ついでに言うとSFでもない。

 俺が覚えているだけの話だけど、本当の事じゃないと言われたらそうかもなしれないとしか言えないな。

 それともう一人、知っている人がいるはずだ。だけど覚えていないかもしれないし、そもそも俺の事も忘れているかもしれない、と言うか忘れているだろうな。

 俺だって名字も名前も忘れているし、顔だってあやふやだ。

 ……それでもいいなら別に話しても構わないけど、本当にそれだけでこの料金は持ってくれるのか?

 ああ、わかってる。酒は話し終わってからだろ? それぐらいは守れるさ。

 ……所で、今ここに有る料理の他に、土産はいいのかい?




 で、俺の『少し不思議』な話だな。

 あれは俺が多分四歳か、下手すりゃ三歳の頃だった。俺は五歳から幼稚園に通っていたからその前だよ。で、さすがに二歳は無理だからその上だ。三歳と四歳なんて自分の子供以外なら自分でも区別は付けられないよ。

 で、何十年も昔は、言ってみれば大らかな時代だった。幼児でも一人で遊びに行くのも珍しくは無かったよ、……多分。

 少なくともうちはそうだったんだよ、ただアパートの近くだけだったけどな。

 単純にアパートから遠くに行くのは怖かったんだよ、幼児だって一人で遠くに行ったら怖がる事ぐらいあるし、考えたら親からそんな事を言われた気もする。

 それでその日は屋上で友達と遊んでたんだ。そいつがもう一人の友達で、多分女の子だったはずだ。同い年で、だからよく一緒になって遊んでたと思う。

 大らかな時代だって言ったろ、今の普通は知らないけど、幼児でも屋上に自由に行くのが普通だったんだ。

 当然大きな柵があって落ちないようにしていたし、あのアパートで誰かが落ちた話は聞いた事はないな。

 屋上で何をしていたかは覚えていないな。だって幼児だぜ、俺達には遊びじゃなくてもあいつらには遊びにできるんだ、走っても歩いてもあいつらには遊びだよ。

 で、そうしていると気が付いたんだ。

 石が落ちてるってな。

 小さい小石だったな、幼児でも片手で手のひらに隠せそうなぐらいの、小さな小石だ。

 屋上には当然そのくらいの石ぐらいは何個でもあったよ。そうじゃなくて、石が上から落ちたんだよ。

 そのアパートはその場所では一番高くて、屋上に石を落とせる場所はどこにも無かった。

、つまり俺の『少し不思議』は、何も無い所から石が落ちてきた、って話な訳だ。

 集合アパートって言うのか、何メートルか先に同じようなアパートは有ったけどな、そこから石を投げても届かないだろうし、届いてもそれは横から投げられた石だ。

 でも違うんだ。石は真上から、上には空しかない所から落ちてきたんだよ。

 子供ってのは何も知らないんだ、でも自分が何も知らない事は知っている。

 つまり何が言いたいかと言うと、当時の俺は上に何も無い所で石が落ちてきても、そういう物だとあっさりと納得できてしまったんだよ。

 普通かおかしいと思うし、怖く思うかもしれないけどな。

 でも気がついた俺達は、普通にしばらく見ていたよ。

 最初は落ちた石を二人でじっと見つめて、また石が落ちたんだ。それで上を見るとしばらくしてまた落ちてくる。

 そうして、上を見て石が落ちてくるのを二人で確認して、また上を見る。そんな事を繰り返してた。

 で、幼児でもそのうち気付くんだ、落ちた石が無くなってるってな。上を見ている内に落ちたはずの石は無くなってたんだよ。

 何で石は無くなってるんだろう。そう思って確かめようとじっと見続けたけどな、音がして石が落ちたらそっちを見てしまうんだよ。

 石が落ちてる所を俺が見るから落ちた後の石は友達に見ててくれって言ったけど、幼稚園以下の幼児には難しかったんだ。

 石が落ちらた、ついつい二人揃って上を見てしまうんだよ。

 やる事を逆にしても、どうしても上に目が行ってしまったんだ。

 で、その内にこれは、上から落ちて消える石、って結論を出したんだよ。

 凄いよな幼児、俺なんだけど。もうそんな結論は絶対にできないな。

 で、その日はしばらくしたら親が迎えに来て、二人とも家に帰ったよ。多分まだいたいって言った気もするけど、多分親は適当にあしらったんだろうな。

 で、俺には姉が居るんだ、七つ上だったからこの話だと小学四年か五年だな。俺は家に帰って姉に言うわけだ、こんな石があったってな。

 あの時は機嫌が悪かったのかそれとも嘘を言ったと思ったのか、言われた姉はこう言うわけだ。

『そんな石あるわけ無い、嘘をつくんじゃない』

 ってな。厳密には違うけど、そんな内容だったよ。

 そんな事を言われたら弟としては反発するわけだよ、さっきまで友達と一緒に見てたんだ、当然だろ?

 それで何を言って何をしたかまでは覚えていないな。姉が居る弟はケンカする、それが当たり前でケンカなんてしょっちゅうしてたから、覚えてないな。

 覚えているのは、最終的に姉にも見せるって事だけだ。

 俺としては見せればハッキリするし、姉もそんな物は無いとハッキリする。

 そうそう、その日はケンカしたから風呂は親父と入ったよ。

 次の日姉が学校から帰ってから一緒に屋上へ行った、二人で。

 昨日一緒に遊んだ友達は、今はもう無くなってるデパートに買い物に行って居なかったんだよ。

 で、結論から言うと、石は落ちなかった。

 どんなに待ってもどんなに歩いてもどんなに走っても、何も落ちなかった。

 姉は一時間も一緒に居なかった思う。何せ最初から嘘だと思ってるからな、むしろ今なら弟によく合わせて屋上に行ったと思うよ。

 俺は待つように頼んだけど姉は帰って、だからもう意地になってな。ずっと屋上で待ってて、その内に友達が来てくれたんだ。

 デパートで買った飴をお土産に持って家に来たら、俺はずっと屋上にいるって聞いたらしい。

 で、当時の俺は友達に言ったわけだよ。何でいなかったんだ、いたら石が落ちたのに、っな。

 幼児だからな、友達にも我がままを言ったわけだよ。友達がいないのが悪いって。

 当然友達もいきなりそんな事を言われたら怒って当然だ。お土産を渡そうとしたら怒られた、そう言われたら泣くか怒るかだな。

 友達は怒る方だったよ、屋上で幼児の決闘の始まりだ。

 と言っても言い合いだけどな。それも歳に合わせた語彙しかないから、バカとバーカとバカバーカの言い合いだ。

 でだ、そうやっている内にハッキリと音が聞こえたんだ、石が落ちる音が。

 小さな音だったと思うけどな、何故かハッキリとそれは聞こえた。

 もう言い合いを止めて近付くと、昨日と同じように何回も落ちてくる。

 最初に言ったのは、やっぱり居なかったから落ちてこなかったって事だ。

 だってそうだろう、俺一人じゃ何も無くて姉が居ても何も無かった。でもその友達がいたら落ちてきたんだから、そう思って当然だろう?

 その友達もそれを認めてな、すぐにごめんって謝ったんだろ。でも俺はもうそんな事はどうでもよかった、その友達と一緒なら証明できると思ったんだ、それしか考えてなかった。

 友達を連れて家に行って姉を連れて大急ぎで屋上に上がったよ。

 姉がまたついて行ってくれたのは、友達も俺と一緒に言ってくれたからだろうな。俺たちはそれぞれが姉の手も引っ張りながら屋上に急いだよ。

 でもな、さっき言ったろ、結論は石は落ちなかった、って。

 友達がいたからさっきよりは長い間一緒に居たけどな、やっぱり何も無かったんだ。

 しばらくしてから姉は、友達を巻き込んで嘘をつくな、って言って俺を怒って帰って行ったよ。俺は泣いてたけど姉は気にせずにな。多分怒ったんだろうな。

 俺としてはついさっき石が落ちたのに、すぐに落ちなくなったんだからな。俺は嘘つきじゃないって言いながら泣いたよ。

 友達も俺を慰めようとしながら泣きそうになってた。友達が泣きそうになった所で、また音がしたんだ。

 そう、石の落ちた音だ。

 それを聞いたら驚いて泣くのを止めてしまったんだよ。友達も驚いてそっちを見てたはずだ。

 しばらくしたら同じように石が落ちてくる。それで俺達二人は思ったんだ。

 俺と友達の二人が屋上に居る時だけしか、石は落ちないんだ、ってな。




 言ってみればこれだけだ。後で何回か試したけど、二人でいれば落ちるし、一人でも三人でも、俺と友達以外の組み合わせだと落ちない。これは変わる事はなかったな。

 それでしばらくしたら飽きて、別の所で遊ぶようになったよ。何せ言ってみれば石が落ちてるだけだからな、幼児にとってはすぐに飽きるような事だったわけだ。

 その後は、幼稚園に入る前に友達が引っ越して行って、もう屋上で石が落ちる事もなくなったよ。

 何年かしたら俺も引っ越して、アパートも潰れたらしい。前に調べたら周りにあったアパートも一緒に潰して、大型のスーパーができてたよ。

 えっ、重さ?

 ……そう言えば、考えたら不思議かもしれないけど、一度も持った事は無かったな。

 ああ、断言できる。重さと言うか、一度も触っていないな。

 汚いと思ったのかね、覚えてないけどな。

 これで終りでいいのか、それともまだ他に聞きたい事が有るのか?

 聞かれたら思い出すかもしないぜ。

 これだけ奢ってもらうんだ、思う出すのにも頑張るぜ?

 あ、もういい。そうか、じゃあもう酒を飲んでいいか?

 しかし本当にいいのか、こんな話を喋っただけで、酒に料理に土産まで奢ってもらえるなんて、信じられないな。いや、もう料理も酒も頼んでから今更嘘って言われたら困るんだけどな。

 あれ、あんたはもう帰るのか? 支払いは?

 多めに払ってある、本当に?

 すいませーん、ちょっといいかーい。

 ……本当だったよ、こんなには飲めないよ。

 まあいいや、あれだけ払っていれば好きに飲み食い土産付きでもお釣りが出るよ。そうだお釣りはどうするんだ?。

 店員のチップって、あんた日本人だよな?

 ……ああ、『少し不思議』な話な、さっきと言うかたった今、もう一個できたぜ。 

 ちょっと昔の事を話しただけでこんなに奢ってくれる、しかも居酒屋の店員にチップをくれる、十分『少し不思議』だろ?

 はっはっは、そうだよ、俺にしてみればあんたも十分『少し不思議』何だよ。

 何しろお前さんとはお互いに名字も名前も知らないし、何であんたに話したのかも覚えていないからな。

 きっと何年かしたら、この事をあんたに話すから期待して待っててくれ。俺もあんたの奢りを期待してるから。

 ああ、じゃあな、全然知らない人よ。あんたの事は忘れても奢られた事は忘れないよ。




 私は目的を終えると、早々に店を出た。この店は初めての場所だ、顔を見せた店員は少なく済んだはずだ。

 それにしても。

「……私が『少し不思議』ですか、そうかもしれませんね。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている、という事でしょうか」

 そう思いながら上司に連絡して、あの石はもう出てこない、誰も触っていない、そう連絡した。

 少し不思議は少し不思議のままで言い。

 その為に私たちは活動をしているのだ。

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